第26話『誰がために』
明朝。
クラウンヘイム冒険者ギルドの大広間には、多種多様な人種が集っていた。
大多数を占めるのは、所属構成員である冒険者たち。
先日の
次いで多いのが、守備隊の隊員たち。
みな場数を踏んだベテランであり、高位魔族の襲撃を経験しても、さしてうろたえているようには見えない。
ただし、中には入ったばかりの新人もおり、彼らは見るからにおびえ、顔を青くしている。
そして、もっとも少ない――というより、一人しかいないのが、白翼教会の審問官たるエルンストだ。
部外者であることを自覚しているのか、冒険者や守備隊隊員の輪からは少し外れ、壁にもたれかかって辺りを見回している。
刻限。
柱にかかった大時計が朝8時を告げると同時に、カイゼル髭のギルドマスターが現れる。
その場にいる者たちは自然とおしゃべりをやめ、彼のほうへ注目した。
「皆、昨晩は遅くまで対応にあたってくれていたのに、よく集まってくれた。
これより、緊急会議を始める。議題は言うまでもなく、件の人狼についてだ。
まず、ギルド、守備隊から被害報告をしてほしい」
ギルドを代表し、ダンが一歩進み出る。
「人狼の野郎……ヴォルガンっつったか。そいつに、昨日の夜警だったニッケスとフォルガーが殺られた。
それと、
ギリ、と拳を固く握りしめるダン。
その瞳には、仲間を傷つけられたことへの強い怒りが宿っている。
次に、ブリジットが一歩進み出て、被害を報告し始めた。
「昨夜の襲撃により、民家三軒が倒壊。負傷者は十二名。
幸いなことに死人は出なかったが、予断を許さぬ状況だ」
二人の報告を受け、ギルドマスターは感謝するようにひとつうなずいた。
「ニッケスもフォルガーも、ともにAランクの熟練だった。
彼らの歯が立たなかったとなると、ヴォルガンが
「あの犬っころが、クソッタレのなんとかオーダーの何位だろうと知ったことじゃねえ。
必ず俺の手でぶちのめしてやる!」
「気持ちはわかるが、落ち着け、ダン。
奴は撤退用の伏兵まで用意した上で、こちらに威力偵察を仕掛けてきた。周到で狡猾な敵だ。こちらにも相応の準備が必要だ」
「へっ。わかってんだよ、んなことは。
つーか、犬っころのことより! もっと大事なことがあるぜ。
水を向けられたエルンストが、落ち着いた口調で答えた。
「あの場に限り、特例で奴は見逃すこととした。くだんの
「ふーん……どうだか」
「何がいいたいの、ダン」
鋭く問いただすアリアに、ダンが肩をすくめた。
「あいつらの会話が聞こえちまってな。なんでも、
「それの、なにが問題?」
「大問題だぜ。もし
「それは……」
「そのときは」
言葉に詰まったアリアの後を引き取るように、エルンストがおごそかに宣言した。
「肉親もろとも
「ま、そうなるか」
なにも言うことができず、歯噛みするアリアに、ダンがついに疑いの目を向けた。
「前々から思ってたんだが、アリアちゃんさ。妙に
アリアの目が一気に吊り上がり、剣呑な気配を帯びた。
「なにが言いたいの」
「おいおい、この流れでわからないことねえだろ。
……本当はさ、知ってんじゃねえのか?
「ダン!」
ギルドマスターの強い制止の声を無視し、ダンがなおも言い募る。
「いつまでもなあなあじゃいられねえよ。
「いや、なあなあのままでいい」
「は? どういうことだよ」
ギルドマスターの予想外の発言に、ダンが食ってかかる。
しかし、ギルドマスターは理路整然と説明した。
「
だが、もしその者がこの場であぶり出され、迫害されたらどうだ?
それでも
グレーにしておくメリットを突きつけられ、反論を探すようにダンは視線をさまよわせる。
「……迫害なんてしねえよ。俺はただ、白黒つけてえだけだ」
「その後どうもしないなら、白黒つける意味はない。ただお前が満足したいだけだろう、ダン」
「……チッ、わかったよ」
ぶすっとした顔で引き下がるダンを
「
我々が判断すると……私情が混じるかもしれんからな」
思わせぶりな口調で締めくくるギルドマスターに、ダンが意味深な問いを投げかける。
「……心当たりでもあんのかよ」
「私は一般論を口にしただけだ」
素っ気なく返すギルドマスター。
ダンは片眉をくいっと持ち上げたが、なにも言わなかった。
「とにかく、
今は一致団結し、ヴォルカン討伐に向けて全力を注げ。いいな!」
パン、とギルドマスターが手を叩く音が響き、集まっていた者たちが散り始める。
ダンは不満げに口をへの字に曲げながら立ち去り、ブリジットは部下たちを引き連れて守備隊の詰め所へ向かった。
エルンストは最後まで動かず、壁にもたれたまま、立ち尽くすアリアの様子を観察している。
やがて、大広間にはアリアとエルンストだけが残った。
「……なんで、さっきは黙ってたの?
「私とて、損得勘定くらいはできる。
今、貴女を糾弾し、
「じゃあ、このまま見逃してくれるんだ?」
「時と場合による、とだけ言っておこう」
「ふうん。なら、私からは、はっきり言っておくね」
アリアは、エルンストを言い知れぬ気迫のこもった目つきで見つめた。
「ヴォルカンを倒したら、すぐにこの街から消えて。
それがあなたのためだから」
「肝に銘じておくとしよう」
くすりともせずにそう言って、エルンストはその場を去った。
◆
その夜。
いつものように街を巡回していたアッシュは、街外れの廃屋に、誰かがいることに気がついた。
(エルンストか……?)
彼の服に染みついた魔除けの香の匂いは、そう簡単に忘れはしない。
しかし、であればなぜ、あのように人気のない場所で、ひとり潜伏しているのだろう。
不審に思い、アッシュはコウモリの眷属を飛ばした。
目をつむり、コウモリと視界を共有する。
バタバタと揺れる景色の中、確かに廃屋に潜んでいたのはエルンストだった。
(武装はしていない。罠を張ってある様子もない。ふむ……)
相手の意図がわからず、しばし考えにふけるアッシュ。
試しに、わざと目につくような位置――窓のすぐ近くにコウモリを止まらせ、ジロジロと観察してみる。
すると、エルンストがコウモリと視線を合わせた。
『見ているのだろう、
このままでいい。少し、話をしよう』
アッシュは少なからず驚いた。
不死者と対話しようとする――少なくとも、対話の意志を見せた審問官は、エルンストが初めてだった。
(……罠も、伏兵もいない)
もう一度そのことを確認し、アッシュは黒い霧に変化して、エルンストのいる廃屋へ滑り込んだ。
目の前に突如出現した巨躯に、エルンストが目を丸くした。
「……警戒心というものがないのか?」
「腹を割って話すなら、多少のリスクは取らないとな」
「なるほど。やはり貴様は変わっているな、
「お前ほどじゃないさ、審問官」
天井の低い廃屋で、頭をぶつけないように前かがみになりながら、アッシュは本題に入ろうとする。
「話とは、なんだ」
椅子に腰掛けていたエルンストが、思慮深そうに指を組んだ。
「単刀直入に聞く。貴様の『肉親』は、アリア嬢だな」
アッシュは指一本動かさずに返答した。
「だとしたら、なんだ」
「早いうちに、彼女とは距離を置いたほうがいい。
それがお互いのためだ」
「何が言いたい?」
「貴様の敵と、アリア嬢では実力に差がありすぎる。
いつか必ず、彼女は貴様が守りきれずに死ぬだろう」
「…………」
薄々わかってはいたことだった。
アリアとて、人間の中では上澄みといってもいい。
しかし、魔王軍の層はそれ以上に分厚かった。
アッシュが思っていたよりも、はるかに。
エルンストは意地悪く口の端を歪める。
「それとも、あえて囮として泳がせているのか?」
「……なんだと?」
「冗談だ。……しかし、よく考えておくんだな。
アリア嬢の幸福を思うなら、どうするのが最適かを」
それだけ言い残し、廃屋を去ろうとするエルンストの背中に、アッシュは問いを投げる。
「なぜ、
すると、エルンストは振り向かずに答えた。
「……私にも、妹がいた」
物言いたげな沈黙が数秒間続く。
しかし、
「それだけだ」
それだけを言い残し、エルンストは今度こそ立ち去った。
◆
深夜。
巡回を終え、帰宅したアッシュは、暖炉の火がついていることに気がついた。
「おかえり、兄さん」
「まだ起きてたのか」
「眠れなくて」
台所から、紅茶の入ったカップとティーポットを持ったアリアが現れる。
アッシュが暖炉のそばのソファに腰掛けると、アリアもそこに並んだ。
しばらくの間、パチパチと火花が爆ぜる音を聞きながら、紅茶を飲む。
「……やっぱり、私足手まといだよね」
唐突に、アリアがそうこぼした。
「なぜそう思う?」
「ヴォルカンにも、私の剣はぜんぜん通用しなかった。
おまけに、奴は私を狙うって宣言してた。
これじゃ私、いないほうがましだよ」
最後のほうは涙声になり、言葉にならなかった。
はなをすするアリアの肩を、アッシュがそっと抱き寄せる。
「そんなことはありえない。俺はお前がいるから生きていける。
お前がいない人生なんて、考えられない」
「兄さん……」
涙に濡れた目で、アリアはアッシュを見つめる。
「私、頑張るから。兄さんと一緒にいられるように、もっと強くなるから。
だから、兄さんも……私を置いて、どこかに行ったりしないで」
「…………」
アッシュは即答できなかった。
その迷いを見抜いたのか、アリアがさらに言い募る。
「約束して!」
悲痛なアリアの訴えに、アッシュは苦しそうに顔をしかめていたが、やがて憑き物が落ちたように微笑んだ。
「……ああ。約束する。俺はどこにも行かない。俺はいつだってお前と一緒だ」
「兄さん……!」
感極まったように、アリアはアッシュにしがみついて泣き出した。
子どものように声をあげて泣きじゃくるアリアの背中を、アッシュはいつまでも優しくさすっていた。
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