魔法喫茶の恋と日常

柊 こはく

第1話 一杯のコーヒーと不機嫌そうな客

 朝の喫茶店ソレビアは、焙煎されたコーヒーの豆の香りと優しい魔力で満たされていた。

 換気の為に窓を開けると、爽やかな朝の風と暖かい太陽の光が流れ込んでくる。

 外の通りではパン屋の獣人の少年が楽しそうにパンを売る姿が見えた。

 

 喫茶店の外に出て、オープンの看板を出していると、郵便鳥が降り立ち手紙を差し出してきた。


「ピナちゃん、いつもお疲れ様です!お手紙ありがとう」


 その言葉に郵便鳥は嬉しそうにその場でぴょんっと跳ねてから再び大空へと飛び立つ。


 人間と魔族が混ざって暮らすこのルミエラでは、そんな朝がいつもの日常だった。


 ――ただし、今日はちょっと特別な日だった。



 少女は喫茶店内に戻り、新聞を読んでいたマスターの前へ立つ。


「マスター!今日こそ一人でお客さまの対応をします!」

「ほう?」

「だから、マスターの出番はなしです!見ててください、私の完璧な接客を!」

「そうか。なら、……火は使うなよ」

「えっ!?火を使えなきゃコーヒーを淹れられません!」

「じゃあ失敗だな」

「前提がひどいですっ!」


 見習い店員のソフィア・フェルナードは、両手にポットとカップを抱えながら抗議した。首元まであるウェーブのかかった薄茶の髪が動く度に揺れ、頬を膨らませるその姿はまるでリスのようだ。

 そんなソフィアの姿を見てカウンターの奥で新聞を読んでいた店主マスターセドリックはケラケラと笑っている。

 

 ソフィアはそんなマスターの姿を見て、さらにぷっくりと頬を膨らませた。


(ぜーったいに、今日は凄かったぞ!って言わせてあげるんだから!)


 そんな意気込みをしつつ、エプロンのリボンをしっかりと結び直すと、カラン――と、ドアベルが鳴った。


 入ってきたのは、灰青の瞳の青年。黒の外套を翻し、無言でカウンターに腰を下ろす。青みかかった暗い髪色も相まって、さらに冷たさを感じさせる。


 いつも通り、無愛想で。

 いつも通り、少し疲れたような顔。


「お、おはようございます。あの……ご注文は?」

「いつもの」

 低い声が返ってくる。暖かだった喫茶店内が一瞬で冷えた気がした。


 ソフィアは慌ててメモを取ろうとして、手が滑る。

 ペンがくるりと宙を舞い、落ちた。

 そう、よりにも寄って、青年の服の上に……だ。

 

「わっ!ご、ごめんなさいっ!」

「……俺の袖についたな」

「え?あっ!?すみません!でも落ちます!……たぶん!」

 袖を見るとペン先でついたであろう1本の線が波打ったようについている。

 そのまま慌ててしゃがんでペンを拾い、勢いよく立ち上がると今度はカウンターの机に思い切り頭をぶつける。


 ゴンッ!


 静寂だった店内に、ソフィアの悲鳴と痛々しい音が響く。

 

「いったぁい……」


 ソフィアの淡いピンクの瞳に、じわりと涙が滲む。

 そんな姿を見て青年は小さくため息をつき、ソフィアに手を差し出した。

 ソフィアはその手を恥ずかしそうに取り、ふらふらと立ち上がる。


「焦ると余計にミスをするだろう。落ち着け」

「うう、はい……。ありがとうございます。えっと、いつものって……何でしたっけ?」

「……オリジナルブレンドB。砂糖はひと匙のみ」


 ソフィアは慌ててコクコクと頷き、メモを取りカウンター内へと入る。そっとコーヒーポットを手にとり、一呼吸する。


(大丈夫。まだ、挽回できる。だって今日は私、朝起きた時から凄くいいコーヒーを入れられる予感してたんだもん!)


 今日は不思議と魔力がざわめいている気がする。魔力とリンクしたように、サイフォンの上球でコーヒーが泡立ち、やがて下のガラス球へ抽出されたコーヒーがポタポタと落ちていく。

 事前に温めていたコーヒーカップに出来上がったコーヒーを入れた瞬間、ふわりと、金色の蒸気が立ちのぼり、ソフィアの髪の毛を優しく揺らす。


 (……あれ?いま、なんか光った……?)


 頭をぶつけたから、まだクラクラしているのかと思い、出来上がったコーヒーを青年に差し出す。


「お待たせしました。オリジナルブレンドBです!」


 今日初めてのお客さん。ドキドキと緊張した面持ちでついお客さんの顔を見てしまう。


 青年はいつものようにコーヒーカップに口をつけ1口飲むと疲れた表情が、ほんのわずかに緩む。

 まるで、肩の重荷が一瞬軽くなったように。


「……不思議な味だ」

「へ?あれ?どうしてだろ。いつも通り入れたはずなんですが……」

「魔力が少し入っているみたいだな」

「あ、ご……ごめんなさい。私、魔力操作苦手でコーヒー入れた時にもしかしたら魔力無意識に入れてたのかもです……」

「いや。悪くない。むしろ、これで初めて“朝”を感じた」


 青年――ノア・クラインは、そう言って静かに笑った。

 その笑顔を見た瞬間、ソフィアの心臓がドキンッと跳ね上がる。いつもは不機嫌顔で、コーヒーを飲んだらすぐに帰ってしまうお客さん。

 しかし、初めて見た笑顔にソフィアは胸の高鳴りを抑えられなかった。


「次からも、君がコーヒーを入れてくれ」

「いいんですか?」

「ああ、気に入った」

 些細な一言。それでも、今まで失敗しかしてこなかったソフィアにとっては何よりも嬉しい褒めの言葉だった。

 

 これは、不機嫌な客と見習い店員の“いつもの日常”が変わった日だった。


 魔法の喫茶店ソレビア

 魔法とコーヒーの香り、そして少女の失敗から始まった。

 恋が始まる喫茶店です。

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