闇に堕ちた妖精③

あたりを包む闇が、ひときわ濃くなった。


空を覆っていた木々の葉がざわめきを止め、森の鼓動が凍りついたかのように静まり返る。


どこからともなく忍び寄る不穏な気配に、アインが思わず身をすくめ、怯えるように口をつぐんだ。


空気が重い。まるで肺にまで闇が入り込みそうなほど、圧倒的な魔の気があたりを支配していた。


「……ッ……」


地の底から這い上がるような、くぐもったうめき声が森全体に染みわたり、立っているだけで膝が震える。


そんな中、妖精王がクトゥルたちの前に立ちはだかる。


身体の輪郭は定まらず、まるで影そのものが凝縮し、無理やり人の形をとっているようだ。


髪は影そのもののように揺らぎ、皮膚の下では何かが蠢いている。


その体躯は40cmと小柄ながら、存在そのものが異形の象徴だった。


そして背に浮かぶ四枚の翅――真っ黒なその翅は端が千切れかけ、黒い液体がポタポタと滴る。


羽ばたくことなく空中に静かに浮かび、音ひとつ立てない。


だが、その無音こそが異常さを際立たせていた。


「フン…思ッタ以上二小サイナ…」


濁った低音が、空間そのものを揺らすように響く。


その声とともに、一歩前へと踏み出した影――それは、魔獣ルドラヴェール。


虎に酷似した巨体。だが、その体毛は赤く染まり、漆黒の縞模様が鋭利な刃のように全身を走っていた。


揺れる真紅の毛並みは、風に靡くだけで血の匂いを想起させる。


そして、まるで宝石を埋め込んだかのようなエメラルドグリーンの眼が、じっと目の前の敵を見据え怪しく輝く。


その一歩には大地を震わせるほどの重みがあった。


鋼鉄にも等しい毛並みが擦れ合う音すら、緊張を呼び込む。


その隣に、音もなく現れるように並び立つ影があった。


前髪をヘアバンドで留め、プラチナブロンドの髪を一本に束ねた凛とした女性。その名は――ティファー・エーデルシュタイン。


しなやかな脚が土を踏みしめ、戦士の姿勢を崩さぬまま構えた両刃の剣が、わずかな動きで月光を反射し、細く、鋭い光を放つ。


刃先がわずかに傾くたび、金属が小さく歌うような音を響かせる。


「……油断は禁物ですよっ…ルドラヴェール様っ」


その声に、魔獣が短く応じる。


「誰二言ッテイル。油断ナド、俺ハシナイ…」


わずかなやり取りの裏にあるのは、信頼と戦場を知る者同士の感覚だった。

ティファーの両足は大地を正確にとらえ、いつでも動けるよう全身に力を巡らせている。


そして次の瞬間――


「さぁ…貴様らも闇の贄となるが良イッ!」


妖精王オブスクロ・ルークが、両腕を高く広げる。


オブスクロ・ルークが叫んだ刹那、地面に落ちた木々の影が、まるで命を得たかのようにぐにゃりと捩れた。


それは細長く、滑らかに蠢きながら、黒く艶めく触手へと変貌していく。


まるで獲物に飢えた蛇の群れが地を這い、標的へと這い寄るように――その黒き波は、ルドラヴェールとティファーに向かって一斉に襲いかかった。


「『オーバークレスト』!」


ティファーが鋭く呪文を唱え、瞬時にその身へ強化魔法を纏う。


身体の動きが軽く、鋭くなる感覚とともに、彼女は鍛え抜かれた剣士の脚力で地を蹴った。


眼前に迫る影。


まるで生き物のように蠢くそれらを前に、彼女はわずかも怯まぬまなざしで剣を振るった。


「はぁっ!」


鋭い一閃。

空気を裂く音とともに、ティファーの剣が黒影を斬り裂く。

その剣筋は迷いなく、訓練された速度と力強さを兼ね備えていた。


「グオォォッ!」


ルドラヴェールが低く唸り声を上げる。


その魔獣の身体が地を蹴り、爆発的な勢いで突進する。


真紅の毛並みが闇の中に一筋の光のように揺れ、鋼の如き前足が振り下ろされた。


鋭い爪が、絡みつく闇を裂いた。


触れた瞬間、黒き影が弾け飛び、裂け目から緑色の閃光がほとばしる。


だが――影は、倒されてもすぐに形を取り戻し、まるで怨念のように再びルドラヴェールたちへと襲い掛かってくる。


「…ふンっ…小賢しイッ!」


オブスクロ・ルークが薄く笑い、手を掲げると、掌から黒い光球が浮かび上がった。


それは夜の空よりも深い闇を宿した球体――忌まわしい魔力の結晶だ。


光球はひとりでに空へと舞い上がり、森の上空に不気味な光を撒き散らしながら浮かぶ。


「ティファー…俺ノ後ロ二回レ」


「はいっ!」


ティファーは即座に動く。


まだ出会って日が浅い両者だが、迷いなくルドラヴェールの背後へと身を移し、低く構える。


その動作には一分の隙もなく、まるで一つの生き物のように連携が取れていた。


ルドラヴェールは、尾をしならせ、獰猛な一撃を空へと放った。

鉄塊のような剛尾が振り抜かれ、黒き光球を直撃。


衝突とともに空間が震え、爆ぜるような衝撃音が森にこだました。


「ルドラヴェール様っ…後ろですっ!」


その瞬間、ティファーの鋭い声が響く。


彼女の視線の先――ルドラヴェールの背後にて、地面から這い出た影の一群が再び蠢いていた。触手のように伸びたそれらは、音もなく忍び寄り、虎の魔獣の背後を狙っている。


「オオォオオゥゥッ!!」


咆哮が轟いた。


ルドラヴェールの背中がしなり、爆発的な力をその四肢に込める。次の瞬間、大地が砕けるような轟音とともに飛び出した。


前足の爪が振るわれ、影の触手を真っ二つに裂く。断ち切られた黒き闇は霧のように消え去り、続けざまに放たれた尾の一閃が、さらに別の影を叩き伏せる。


影の大群を相手にしてなお、二人は押されていなかった。


妖精王は小さく舌打ちを漏らすと、指先を軽く払った。


直後、闇の魔力が渦巻き、いくつもの漆黒の球が空間から生み出される。


それらは彗星のように唸りを上げ、ルドラヴェールたちへ向けて射出された。


「『ウィンドカッター』っ!」


ティファーの声が、緊張に包まれた空気を裂いた。


その右手には銀の剣。


そして左手には、緑の魔力が集束し、風の塊が蠢く。


ティファーはそのまま身をひねり、左手を鋭く振りかざした。


放たれた風の刃は、闇を裂くような軌跡を描いて前方へと飛ぶ。


同時に、黒い瘴気が渦を巻きながら対抗するように射出された。


空中で、風と闇が衝突する。


瞬間――轟音と共に爆ぜる衝撃波。


風と闇がせめぎ合い、爆風が渓谷の空気を巻き込んで荒れ狂い、草木を激しく揺らす。


ティファーの青いの瞳が鋭く細められる。だが――


その程度では、妖精王の動きは止まらない。


黒煙の中から姿を現したその存在は、まるで風のような静けさと共に、滑るように動いていた。


朽ちた木の枝を踏むことなく、地をも影と化すような流麗な動きで、次なる標的へと狙いを定める。


蛇のように、うごめく影は、まるで意思を持った生物の群れのようにルドラヴェールを狙う。


「グルル……来ルカ……!」


唸るような低い声が、ルドラヴェールの喉奥から漏れた。


「ルドラヴェール様っ…ここは、私がっ!!」


ティファーが声を張り上げると同時に、地面を蹴った。


足元の落ち葉が爆ぜ、彼女の身体が流れるような動きで前へ滑り出す。


強化魔法〈オーバークレスト〉によって上昇した身体能力は、もはや人間の域を超えていた。


視認すら困難なその動きは、残像を残す間もなく、音すら置き去りにしていく。


ルドラヴェール――獣の巨体。その下を、彼女はまるで風のようにすり抜ける。しなやかに身を翻し、反動を活かして跳躍。


「――ハァッ!!」


その叫びとともに、片手で握られた両刃の剣が円を描いた。剣は唸りを上げて回転し、影を切り裂く。


空気が悲鳴のような音を立て、漆黒の闇が斬り飛ばされて飛沫のように舞い散った。


そのままの勢いで、ティファーは空中から妖精王へと斬りかかる。

だが――。


妖精王の小さな翅が震えた瞬間、彼の身体はふわりと宙へと舞い上がった。まるで重力の支配を拒むように、音も風も立てずに。


「……無音飛行か。面倒だな」


ティファーは低く呟きながら、着地の勢いを殺さずに魔力を再び脚部に集中させた。


強化の波動が足元に走り、筋肉が軋むように高鳴る。


振り返ると同時に、背後から迫る影を一閃。


刃が黒を断ち、散った闇の残滓を踏み越えて再び跳ぶ。


彼女はルドラヴェールの傍らへ戻り、共に空中の妖精王を睨みつけた。


その瞬間だった。


妖精王の小さい手のひらに、再び漆黒の魔力が集束を始める。


影の如き力が渦を巻き、掌の上で黒球となる。


その球はただの魔力塊ではなかった。空間を歪ませ、光すら呑み込むような、圧倒的な密度と重圧を伴う力。


森の空間そのものが悲鳴を上げるかのように、ひずみ、揺れる。


ティファーの瞳がわずかに細められた。


――この一撃は、ただの攻撃ではない。森すら呑み込む、純粋な「破壊」。


緊張が、戦場に走った。


ティファーの喉元を、一筋の冷たい汗が伝った。


背筋に走る緊張と共鳴するように、肌が粟立つ。


――あの球は、放たれればこの森の地形すら変わる。


「これは…まずいっッ!」


彼女の警告が空気を震わせたが、それすら間に合わなかった。


妖精王の掌から放たれた黒球が、破滅の前触れのように唸りを上げる。


ゴゥッッ!!


空間そのものが引き裂かれるような無音の衝撃が、森全体に奔った。


球体はまるで彗星のごとき凄まじさで宙を駆け、軌跡に沿って現れた断裂は、現実を否定するかのように歪んで揺れていた。


周囲の空気が振動し、木々の葉は一瞬にして焼け焦げ、風は逆流しながら悲鳴のような音を立てて吹き荒れる。


その中で――ルドラヴェールが、低く唸った。

四肢の筋肉が瞬時に膨れ上がり、巨大な身体を弾丸のように跳ね上げる。


「グォオオオオッ!!」


唸りと共にティファーの前へ躍り出る。鋭い眼光が黒球を捉えた刹那、前脚を大地に打ち込み、ティファーを守るように壁になろうとする。


「ルドラヴェール様っ!」


ティファーの叫びも空虚に掻き消される。

轟音と共に迫り来る黒球の存在が、それほどまでに支配的だった。


そして、その瞬間――


ドンッ。


音なき爆発が大気を突き破った。まるで空間そのものが圧し潰されるような衝撃が辺りを襲う。


黒球は、地表すれすれで突如停止する。

まるで不可視の壁に叩きつけられたかのように、一瞬でその進行を止められた。


そして、静かに、しかし確実に軌道を逸らす。


「……っ!?」


妖精王の眉が僅かに動いた。

完璧に計算された攻撃が、中断された――その事実に、彼の意識が揺らぐ。


彼の放った全力の魔力の結晶。それが今、徐々に収縮しながら淡く消えていく。


「▼●■▲」


人の言葉では表せない音が、静寂に包まれた森へと滲むように広がった。


「…な、何…!?」


妖精王が視線を鋭く光らせ、戦場の中心を睨みつけた。


そこに現れたのは――緑の粘液。

どろりと這いずるそれは、まるで自我を宿しているかのように、意志をもって動き始める。


滑らかに地表を這うその姿には、尋常ならざる気配があった。


そして、姿を現したその異形――緑色のスライム。

どこか滑稽でいて、背筋が凍るような妖気を放っていた。


それは、マジク=イーター。


その体内には、黒曜石のような黒く鈍い光を放つコアが沈んでいる。

深淵を思わせる漆黒の輝きは、まるですべてを見透かす「目」のようだった。


マジクがプルプルと揺れ、闇の中で小さく脈打つ。


「●◆▲▲…」


謎めいた音がまた漏れ出る。


ティファーの瞳が驚愕に見開かれた。


「……あ、あれは…あの時の…」


彼女の声は微かに震えていた。リクスの存在を、確かに記憶している。


「……ま、まさか。こいつ、我の魔法を……喰らったと言うのカっ!?」


震える声を吐き出したのは、他ならぬ妖精王だった。

黒球を放った本人が、理解を拒絶するかのように驚愕に染まる。


「…ククク…その通りだっ」


その言葉と共に、ひときわ不気味な笑みを浮かべた影が、マジクの傍らに静かに立った。


黒い衣服を纏った人間形態のクトゥル。

闇に抱かれたようなその風貌は、森の空気をさらに濃く、重く染め上げていく。



―――



エリザベートは腕を組み、月光を受けたように白く輝く肌をさらしながら、静かに戦場を見下ろしていた。


その瞳は何者にも動じない氷のような光を湛えていたが、その端で手を口元に添え、わずかにあくびを噛み殺しているようにも見える。


「ふぁ…」


その様子はまるで、眼前の激戦すら退屈だとでも言いたげだった。


彼女の前方では、禍々しい影と鋼の肉体が交錯する死闘が繰り広げられていた。


その中心に、堂々と立つ一人の異形――クトゥル。


今や数多の信者と異形従えし"混沌の主"として崇拝される存在。だが、彼の中身は――中二病をこじらせている18歳の日本人である。


「(早すぎて俺には目で追いきれないな…流石、異世界で生まれた奴らだ…レベルが違う…)」


淡々とした表情の裏で、心の声が悲鳴を上げていた。


眼前では、影による奇襲を俊敏に見切り、剣や牙、爪、尾といった獣の本能が編み出す攻防が繰り広げられている。


その迫力に、彼はただただ心から感嘆していた。


「(敵と互角に戦える信者…なんて頼もしいんだ……)」


そんな彼は、戦場を眺めながら頭の中で異形の邪神としての戦闘シミュレーションに入り込んでいた。


「(俺は…ここで、回転しながら…避ける…っ。そして、鋭い触手で――)」


あの場で戦っている自分を想像し、酔いしれる。


「(追い込まれた妖精王。強力な攻撃を放つ。しかし、俺は余裕の笑みを込めて。異形を召喚するっ)」


脳内の邪神クトゥルは、宙を優雅に舞いながら敵を圧倒。暗黒の触手で大地を裂き、異形の軍勢を召喚する。


圧巻の勝利に酔いしれるその姿は、まさに伝説の終焉の具現化だった。


しかし、現実は異なる方向へと動いていた。

妖精王の掌に、漆黒の魔力が濃縮され始めたのだ。


闇を凝縮したような黒い球――それが形を成していく。


周囲の空気が震え、森の生気すら一瞬で奪われるような、破滅の気配。

ルドラヴェールとティファーの戦線が、一気に危機へと転じた。


だが、クトゥルは――まだ脳内の劇場から帰ってきていない。


「ルドラヴェール様っ」


ティファーの絶叫が木霊し、黒球が放たれる。

黒く歪む空間を裂きながら、彗星のごとく飛翔する闇の塊が、ふたりに迫る。


「(貴様の魔法など我には効かんぞ…。現れ出でよ、我が僕っ!『トリニティー・ディザスター』発動!)」


なおも脳内では、クトゥルが自身のスキルを叫んでいた。


その瞬間――

彼の体から黒曜石の球の一つが出現し、怪しく光り始めた。


ひび割れるような光の脈動ののち、そこから緑の粘液がヌルリとあふれ出る。


「▼●■▲」


ぬめる音を立てながら現れたのは、マジク=イーター。

コアとなる黒曜石が淡い光を放つと、彼は体全体を震わせた。


「…え…?(きゅ、急にどうして…スキル発動するんだっ!?)」


困惑するクトゥルの傍らで、マジクは迫りくる黒球へと真っ向から向き合った。


彼の体が波打つように揺れると、空間を蝕むほどの闇の球が、まるで吸い込まれるように徐々に縮んでいく。


吸収――否、喰らっている。


黒曜石のコアが輝き、周囲の魔力を歪めながら、破滅の魔法を取り込み始めていた。


「……ま、まさか。こいつが…我の魔法を……喰らったと言うのカっ!?」


衝撃と動揺を隠せないまま、妖精王が言葉を吐き捨てる。


その横で――クトゥルの思考は、既に限界を迎えていた。


「(ん…?意味わからない…と、とりあえず、邪神ロールだっ)…ククク…その通りだっ」


苦し紛れに、あらかじめ用意していたセリフを吐き出すクトゥル。

だがその背中には、想定外の展開に直面した中二病邪神の冷や汗が、音もなく伝っていた。



―――




「我の忠実な僕…マジク=イーターにより貴様が魔法を行使することは不可能っ(たった1分間だけどなっ)」


クトゥルの言葉が空気を裂くように響く。


どこか誇らしげに胸を張るその姿に、周囲の者たちは畏敬の眼差しを向けた。


「っ!」


信じられぬものを見るように目を見開く妖精王。

だが、驚愕に浸る暇などなかった。わずかに遅れたその反応が、彼の敗北を決定づける。


「これで終わりだっ!」


ティファーが踏み込み、鋭く突き出した剣が、妖精王の胸元を正確に貫いた。


さらに、地を蹴った影が続く。ルドラヴェールが咆哮と共に跳びかかり、鋭い牙を妖精王の首筋に突き立てた。


「グ、アアアアアアアア……!」


断末魔の叫びが森にこだまし、その肉体は音もなく霧のように空中へと溶けていった。


風が舞い上がり、戦場に静寂が訪れる。


冷たい風が木々を揺らし、乾いた音を運んだ。


ティファーは小さく息を吐き、剣を鞘に収めながら膝を折る。


「……終わりました、クトゥル様っ」


「グル…」


その声に応じるように、異形の主は低く呻く――が、その直後、どこか冷えた声音が辺りに落ちた。


「はぁ…遅い、遅いわ…クトゥル様の誇り高き信者としてしっかりして欲しいのだけど…?」


戦いの余韻などものともしない冷たい視線。赤黒いローブをまとい、腕を組んだエリザベートが、静かにルドラヴェールとティファーを睨む。


言い返す言葉もなく、二人は肩を落とす。どれほど命を懸けた戦いであったとしても、彼女の言葉は絶対だった。


だが、彼女の次の言葉はまるで別人のように優しく、柔らかく響いた。


「……それに比べっ…さすがはクトゥル様っ。あのタイミングでの異形の召喚っ…完璧でしたっ!」


その唇に微笑を浮かべ、エリザベートは静かに膝を折り、主人に頭を垂れる。


「信者のピンチに颯爽と立つ姿勢…私…感激しましたっ」


「…ふっ…こいつらは、我のモノ。失うには惜しい存在だからな…(たまたまスキルが発動して、運よく魔法吸収してくれるマジクが出て来ただけなんだよな…)」


満足げに腕を組み、威厳を保つクトゥル。だが、内心は冷や汗だ。状況は全くの偶然でしかなかった。


ルドラヴェールが、静かにクトゥルの前で震えた。。


「我ガ主ヨ。ソコマデ俺タチヲ大切二思ッテイタダケタノデスカ。」


まるで感動するかのように、淡く震えるルドラヴェールの声に、ティファーも涙を浮かべながら叫ぶ。


「な、なんと…なんという…あり難いお言葉…うぅっ…ありがとうございますっ」


クトゥルはゆっくりと頷き、全能の邪神としての演技を全うする。

周囲は皆、圧倒的なカリスマを前に言葉を失っていた。


「ご苦労…マジク」


「●▼●」


マジク=イーターは静かに光を放ち、小さく震えると、黒曜石の玉へと戻りクトゥルの体内へと帰還する。


スキルの制限時間――1分が過ぎたのだ。


その場に残ったのは、勝利の静寂と、崇拝の念に満ちた信者たちのまなざしだけだった。


「さて、アインよ…仲間たちの元に戻るか…」


その言葉に、遠巻きに見守っていた小柄な影――アインが、わずかに震えながらも頷く。


「は、はいっ」


少し暗い表情のまま、しかし確かな足取りで、クトゥルたちは村へと戻っていった。


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