第47章 ――「存在しない痕跡」
ソトが消えたあと、谷はまるで息を吐いたかのようだった。
赤い光は消えなかった。ただ静まり、深くなった。
灰の下でくすぶる熾火のように。
「わざとだな」
カスが低く言った。
「慣れ始めた瞬間に消える」
「慣れてはいけない」
リンは短く答えた。
彼は、ほんの少し前まで罰金の文字が浮かんでいた場所を見つめていた。
そこには何も残っていない。
魔力の痕跡も、残留コードも。
現実そのものが、丁寧に拭き取られたかのような空白。
レインは片膝をつき、地面に触れた。
「誰かがいた……だが……」
彼は眉をひそめる。
「痕跡がない。物理的にも、魔術的にも。システムすら沈黙している」
ミアが神経質に笑った。
「つまり、敵はいて、金は消えて……その後、全部“消された”?」
「消されたんじゃない」
リンが言った。
「連れて行かれた」
言葉が、空気に重く残った。
やがて道は集落へと続いていた。
家々は無傷。扉は閉ざされ、炉は冷え切っている。
死体も、血の痕もない。
「虐殺よりひどい……」
ミアが囁いた。
「まるで、最初から誰も住んでいなかったみたい」
広場の中央に柱が立っていた。
そこに金属板が打ち付けられている。
粗く切り出され、魔法陣も装飾もない。
刻まれていた言葉は短い。
> 防衛ではない。
生存でもない。
ただの快楽だ。
レインが喉を鳴らした。
「カルトか……?」
「違う」
リンは即座に否定した。
「奴らは象徴を好む。これは……署名だ」
システムが揺らいだ。
通常のウィンドウではない。
歪み、ノイズを帯びた表示。
> 【警告】
世界シナリオ外の事象を検知。
脅威クラス:判定不能。
「またあいつか?」
カスが吐き捨てる。
「ソトじゃない」
リンは首を振った。
「彼なら笑っている」
路地裏から焦げた臭いが漂ってきた。
普通の火ではない。
喉を焼く、重く息苦しい臭い。
家の壁には焼き付いた影があった。
人の形。
顔は苦痛ではなく――恐怖に歪んでいる。
ミアが後ずさった。
「焼かれた……?」
「違う」
レインが静かに言う。
「この状態で、長く生かされていた」
リンは拳を握り締めた。
「噂は本当だ」
「誰の噂だ?」
カスは分かっていながら聞いた。
「守るために殺した者には手を出さない存在」
「殺せたから殺した者のもとに現れる存在」
風が灰を巻き上げた。
一瞬、リンは窓の反射に奇妙な姿を見た気がした。
この場所には不釣り合いな、あまりにも滑稽な衣装。
だが、そこには誰もいなかった。
「見られてる?」
ミアが尋ねる。
リンは首を振る。
「違う。
ただ、同じ道を進んでいるだけだ」
再び、システムの声。
> 【噂】
彼は答えられない質問を投げかけるという。
彼への負債は返済できないという。
そして――火は、最悪ではないという。
リンは表示から目を逸らした。
「行くぞ」
「この先は、もっとひどくなる」
チームは前へ進んだ。
理解していた――
これはもはや勢力同士の戦争ではない。
世界の論理そのものを壊す者たちの領域であり、
しかも彼らは、決して急がない。
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