第34章 —「廃墟に映るもの」
通路はわずかな傾斜を描きながら下へと続いていた。
ここには幻影はない。
あるのは湿った石、古い工具の痕跡、そして――要塞そのものが生きた存在の接近に反応し、ゆっくりと「目を覚まし始めている」という感覚だけだった。
— 静かすぎる… — 最初に沈黙を破ったのはカスだった。
— 幻影の後だと、静けさの方がうるさく感じるわね、 — ミアが応じた。
リンは先頭を歩いていた。
システムは何も警告しない。
だがそれは、不安よりも悪い兆候だった。
空白は、未知を意味する。
やがて通路は崩壊した内庭へと繋がった。
かつては開けた空間だった場所は、今や陥没し、瓦礫、焼け焦げた梁、そして石そのものに直接刻み込まれた奇妙な紋様で満たされていた。
レインは片膝をつき、痕跡を調べる。
— これはデーモンじゃない。要塞の魔法でもない。
— じゃあ誰だ? — カスが問いかける。
レインはすぐには答えなかった。
— 人間だ。……あるいは、かつて人間だったものだ。
リンが近づいた。
刻まれた紋様は目に痛かった。
儀式ではない。
術式でもない。
それは……判決だった。
一本一本の線が、呪文ではなく「意志」を示している。
— ここで処刑が行われた、 — リンは言った。 — しかも、時間をかけて。
ミアの顔色が変わる。
— 何の罪で?
リンは崩落の縁を見た。
下には、鎖の残骸と溶けた金属が見える。
— 痕跡から判断するに……殺しだ。
沈黙が落ちた。
— もし裁きなら…… — カスは唾を飲み込んだ。 — 処刑人はどこだ?
答えはすぐには来なかった。
音がそれを運んできた。
金属が石を引きずる音。
大きくはない。
規則正しく、意図的。
— 隠れろ、 — リンが短く命じた。
彼らは崩れた壁に身を寄せた。
影の中から現れたのは――人間だった。
擦り切れた鎧、虚ろな目。
動きは遅いが、鈍重ではない。
不自然なほど正確だった。
— アンデッドじゃない、 — レインが囁く。 — 生きている。
一人が顔を上げた。
— 我々は、判決を待っている。
声は掠れていたが、理性はあった。
— 誰の判決だ? — リンは隠れたまま問いかける。
その人影は、ゆっくりと彼の方を向いた。
— 数える者の。
— 何を数える? — カスが耐えきれずに言った。
— 命だ。
別の者が続ける。
— 待てと言われた。殺しが少なければ、去れる。多ければ……残る。
ミアは身構えた。
— 「彼」とは誰?
人々は視線を交わした。
その目に浮かんだのは、本物の恐怖だった。
— 名は呼ばれない。彼は……自分で来る。
リンはシステムの揺らぎを感じた。
警告ではない。
記録だ。
《分類外の対象。観測中》
— どれくらい前からここに? — リンは尋ねた。
— 彼が三人を焼いてからだ、 — 答えが返る。 — 魂を。身体ではない。
カスの顔が青ざめる。
— 魂を……焼いた?
— 炎は黒かった、 — 別の者が言った。 — そして、消えなかった。
リンは理解した。
これはファントムではない。
別の存在だ。
方法。
原理。
現実に組み込まれた「裁き」。
— 彼はお前たちに触れたか? — ミアが訊いた。
— いいや。俺たちは私欲で殺した。守るためじゃない。だから……待てと言われた。
その時、空間が揺れた。
幻影ではない。
転移でもない。
ただ……ズレた。
内庭の縁、背後に影が生まれた。
それは形ではなく、光の欠落。
その周囲に黒い炎が灯る。
自らを喰らうかのように、濃く、重い。
リンは一歩踏み出し、背筋を冷気が走るのを感じた。
影は彼らを見ていなかった。
見ていたのは――待つ者たちだ。
— 計算は終了した、 — 声が告げた。
平坦で、感情はない。
一人が膝をついた。
— 十二だ、 — 声は続ける。 — 防衛ではない。
黒い炎がその人間に触れた。
叫びはない。
灰も残らない。
ただ、空白。
残った者たちは震え上がった。
影が部隊の方へ向いた。
一瞬、リンには――見られた気がした。
— お前たちは、まだリストにない、 — 声が言った。 — 今のところは。
影は消えた。
炎も消えた。
残ったのは石と、恐怖だけ。
— あれは……十三番目? — ミアが囁く。
リンは答えなかった。
ただ一つ、確かなことがあった。
この世界に、陣営を問わない裁定者が現れた。
そして――
もし彼が別の基準で数え始めたなら、
誰も、準備などできていない。
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