第31話
人影が多い。
あんなに人がいたのか──と、思わず目を細める。
十メートル近くの高さから落ちたが、身体は無事だった。
これもドッペルで纏ったヒトガタの効果、増した膂力のおかげだろう。
元の世界のオレなら間違いなく死んでいるか、大怪我を負っている高さだ。
少し苦く笑いながら上を見上げる。
多分、今のオレなら登れるだろう。
クマノは旋回しながら空中を舞っている。羽音が低く響く。
その瞬間、殺気が走った。
一緒に落ちてきたはずの男とは思えない、筋肉の塊のような大男がこちらに飛び込んでくる。
反射的に、思い切り殴った──
やってしまった。
大人になって、人を殴ったのは初めてだ。
ボゴッという鈍い音とともに、大男が仰け反る。嫌な感触が残る。
人を殴る手の感触に、慣れる気はしない。
同時に、胸の奥に小さな罪悪感が波打つ。
ヒトガタや仮面を倒せるほどの膂力を、人間に向けてしまったこと。クマノとの契約で「致命傷を与えられない」――その制約を思い出すと、ますます居心地が悪い。
だが大男は笑った。
「いいパンチだァ」と声を上げ、再びこちらに襲いかかる。
硬い筋肉に覆われた身体には、先ほどの打撃はほとんど効果がなかったらしい。
負けないが、勝てない。
その理不尽さが腹の底でくすぶる。闇雲に殴り合っても、結果は見えている。
「どうした、かかってこい!」
男の挑発に乗らず、オレはすばやく身を捌きつつ攻撃を繰り返す。だが相手の防御は厚く、言葉どおり軽くかわされるばかりだ。
「軽い、軽い。そんな攻撃じゃ一生勝てないぞ」
内心で毒づきながら、戦い方を切り替える必要を悟る。
感情に任せて当てるだけでは意味がない。相手の重心、筋繊維の走り方、呼吸の乱れ――観察して、そこを突く。
オレは手を振ると、掌の上に紋様の浮かんだ仮面を召喚した。
冷たい光を帯びたその仮面は、ヒトガタとは違う感触を放ち、オレの意識を鋭く整えていく。
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