第14話中編「クッキー」
リビングに通された。
父は、ソファに座った。
対面に、ハルが座る。
ジジョリーナは、父の近くで仁王立ちしている。
睨みつけるような視線。
シャルロットの姿はない。
「……シャルロットは?」
父が尋ねる。
「知りませんわ、あなたに会いたくないのではなくて?」
ジジョリーナが答える。
「そうか……」
父は、小さく息をついた。
しばらく、沈黙が続く。
父が、部屋を見回す。
小さな部屋。
質素な家具。
「……みすぼらしい家だな」
シャルロットの父が呟いた。
「こんなところ、貴族の娘が生活する場所ではない」
ハルは、苦笑いを浮かべた。
「あはは……」
「そんな家に嫁がせたのは、あなたでしょう!」
ジジョリーナが、父に向かって叫んだ。
「自分の娘を、こんな辺境に送り出しておいて! 今更、何を言っているんですの!」
「……」
父は、黙った。
ジジョリーナは、さらに続ける。
「それに見た目で判断するのは愚の骨頂ですわ!」
彼女の拳に力が宿る。
「ここはお嬢様にとって、王都よりも王宮よりも素晴らしい場所ですのよ!」
「……そうか」
「ここにきて、お嬢様は本当によく笑顔を見せるようになりましたわ」
「……そうか」
父は、気まずそうに視線をそらした。
そして、小さくため息をついた。
「……私に説教するのは、君くらいなものだ」
「当然ですわ! わたくしは、お嬢様に仕えているのですから!」
ジジョリーナが、ふんぞり返る。
ハルは、二人のやり取りを黙って見ていた。
「……どうぞ」
シャルロットがコーヒーを持ってやってきた。
父の前に、カップを置く。
「……」
父は、カップを見つめた。
「……ありがとう」
そして、一口飲む。
「……!」
父の目が、わずかに見開かれた。
「……美味い」
小さな声。
「コーヒーを、お前が淹れたのか?」
「はい」
シャルロットが、淡々と答える。
父は、驚きを隠せない様子だった。
「来客用のコーヒーなど侍女にやらせればよいだろう」
「ああん、わたくしはまだ、アナタを客とは認めていませんわ」
ジジョリーナがそっぽ向く。
「…………」
シャルロットの父は押し黙った。
シャルロットは、踵を返した。
「ハル様、私、さきほどの続きをしてきます」
「あ……」
父が、何か言いかけた。
でも、シャルロットは振り返らず、リビングを出ていった。
バタン。
扉が閉まる音。
「……」
父は、コーヒーカップを見つめた。
「随分と、嫌われているな」
自嘲気味に呟く。
「当然ですわ」
ジジョリーナが、冷たく言った。
「そんなことないと思うけどなぁ……」
ハルが、苦笑いしながら言う。
父は、コーヒーをもう一口飲んだ。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……私は、これでもシャルロットのために手を尽くしたつもりだった」
「手を尽くした……ですって?」
ジジョリーナが、眉をひそめる。
「ああ」
父が、遠くを見つめる。
「シャルロットは、幼い頃からかわいい娘だった」
「……」
「賢く、優しく、美しく育った。私の自慢の娘だった」
父の声が、少し震える。
「だから最高の家庭教師を雇い、花嫁修業もさせ、最善の婚約者も用意したつもりだ」
「……第四皇子に目をつけられたとき、私は何としても娘を守りたかった」
「守る……?」
ハルが、首を傾げる。
「ああ。あの男は、危険だ。権力を傘に、好き放題していた」
父が、苦々しく言う。
「シャルロットを、あの男の手から遠ざけるには……」
「辺境に送るしかなかった、とでも?」
ジジョリーナが、冷たく言った。
「……そうだ」
父が、頷く。
「物理的に距離を離せば……あの男も、手を出せなくなる」
「……」
父が、ハルを見る。
「辺境とはいえ、男爵の地位を独力で得た男だ。人柄も聞き及んでいた。きっと、シャルロットを守ってくれると思った」
「……」
ハルは、黙って聞いていた。
「でも……」
父の声が、さらに沈む。
「……それは、ひとりよがりですわね」
ジジョリーナが、静かに言った。
父が、顔を上げる。
「お嬢様に本当に必要だったのは、きちんとした助けではありません」
ジジョリーナの目が、真剣だ。
「寄り添うことだったんですわ」
「……寄り添う?」
「ええ。間違っていても、自分の味方になってくれる人」
ジジョリーナが、父をまっすぐ見つめる。
「お嬢様が欲していたのは、そういう人だったんですわ」
「……」
父は、黙った。
コーヒーを、一口飲む。
そして、ゆっくりと立ち上がった。
「……そうか」
小さな声。彼は目頭を抑えた。
父は、扉に向かって歩き出す。
「急に邪魔して悪かった」
「……お帰りになるんですか?」
ハルが、尋ねる。
「ああ。突然訪ねてすまなかった。明日の結婚式には、出席しない」
父が、扉に手をかける。
「娘には幸せにと伝えてくれ」
「……」
扉が、開く。
その時。
「父上」
声が響いた。
振り返ると、シャルロットが立っていた。
「……シャルロット」
父が、娘を見つめる。
シャルロットは小さな包みを差し出した。
「手土産に、どうぞ」
袋を、父に差し出す。
「……これは?」
「クッキーです。朝から3人で作っておりました」
「……」
父は、袋を受け取った。
「……ありがとう」
それだけ言って、父は小屋を出ていった。
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