第一話【訪れ】
レイヴンウッド王国という城塞都市の城下町。その裏通りには、この国一番の魔法具専門店がある。
その店主こそが私、アイリス・アストレア。
学園を首席で卒業。卒業証書と一緒に王国の宮廷魔術師の推薦状をもらい、史上最年少の宮廷魔術師になった。
宮廷魔術師になるには、数々の功績と厚い信用を積み重ねる必要がある。通常は、長い年月をかけてようやく辿り着ける職だ。
つまり、異例中の異例。スピード出世である。
だが、就任後初日から遅刻。会議はサボって厨房でつまみ食い。実験室は計十三回爆破した。
そんなこんなで就任して六日でクビになった。
一週間ももたなかった。
史上最年少で宮廷魔術師になり、史上最短でクビになった、伝説の魔術師。
そんな私は自由気ままにやるために店を構えた。
それがここ、レイヴンウッド裏通り魔法具専門店。魔法に関する物をすべて専門に取り扱う店だ。
今は、とある匣を解析しているとこだ。
複雑な魔術式、難解な数式パズル。あらゆるものを落とし込んだこの七面倒な匣を解析していると、店の扉が勢いよく開かれる。
「儲かってっか〜?」
扉から現れたのは、燻んだ金髪を首元あたりでバッサリと切った童顔で三白眼の女。
彼女の名前はケイシー・ルーアン。魔術学校からの友達……というよりも商売仲間だ。
「何回も言うけど壊れやすいからゆっくり開けてよね」
「わるいわるい。荷物が重くてさ〜」
そう言って荷解きを始めるケイシー。
「で、どうだった? 仕入れてこれた?」
「ん〜、何品かは取引出来なかったけども、大体は用意出来たぜ」
ケイシーは荷物の中身を机に並べる。
「苦しめ草に、呪いの品も手に入ったが、アルトースの眼球は戦争の影響で流通ストップしてて仕入れることできなかったよ
「まあ、そんな期待してなかったからいいよ。むしろ上々」
「なんだとこの野郎」
ジト目で睨んでくるケイシー。
「それよりも昼メシちゃんと頼んだんだろうな?アタシ腹減ってしょうがないよ」
そう言ってお腹をポンポンとだ叩くケイシー
「ついさっき出前が来たから届いてるよ。一緒に食べようか」
「なになに〜? 今日のメシは」
そう言って目を爛々と輝かせる彼女はまるで餌を求める野良猫のようだ
かわいい。なでなでしたい
「今、王都で流行ってるらしいラーメンを頼んだよ」
「ラーメン? なにそれ?」
「皇国の料理らしい。本来は箸というものを使うらしいけれど、あなたどうせ使えないでしょ? だからフォークで食べようか」
「食べれればなんでもいいよ〜」
こいつは風情というものを分かっているのか?
「美味そう〜」
「いただきま〜す」とケイシーはそのままフォークで麺をクルクルと絡め始める。
「ちょっと待って。パスタじゃなんだから」
「だってー、アンタみたいにその箸? ってやつ使えないからさー」
それもそうか。
気持ち悪い食べかたに思わずツッコんでしまった。
私は、ラーメンを完璧に美味しく食べれるために箸をマスターしたのだが。
ずるるるると麺を啜っていると正面のケイシーが私を胡乱な目で見つめる。
「行儀悪いよ?」
「ラーメンは音を立てて啜るのがマナーなの」
オマエもそうしろ。ラーメンの良さが半減だ
「無理だって。フォークで掴めないもん」
そう言ってラーメンを絡めながら食べ進める。
まあ、フォークを用意したのは私なんだが、パスタ扱いで食べるのはムカつく。
あまり集中できずに食べていると、先に食べ終わったケイシーが話しかけてくる。
「そえばさー。今日はアレきたの?」
「アレ? なによアレって?」
「これさ、これ〜」
そう言いケイシーはチラシをテーブルに置く。それは、わたしが作成したこの店のチラシだ。
「ほら! ここ、下の方に求人募集してるでしょ?」
「来てないけど」
「やっぱかー」
やっぱとはなんだ。そう簡単に来るものではないでしょう
ケイシーはため息をつき、チラシを指差す。
「あのね、こんな最後の方にちょこっと求人書いても気づかないよ。しかもその上に『アウルム学園魔術研究会は出禁』ってでかでかと書いてさ」
「だってあのバカども、この私の店で未完成のゴミを暴発させて」
あの時は酷かった。暴発して爆発しそうになったものを魔力で押し潰して、幸い商品には傷つかなかったけれども。あいつら謝りもせずに『実験に失敗はつきもの』だって。今も思い出すと腹が立ってくる。
手の平に魔力を貯めていると、ケイシーが呆れた顔で言う。
「アンタがそれを言う?」
「なによ?」
「アンタも学生時代に何回も教室吹き飛ばしてたじゃん」
「あれは正当な爆発」
「爆発に正当性はあるのかよ」
他人の店で爆発させるバカに正当もクソもあるか。
「アイツらもアンタの事知ってたら、持ってこなかっただろうよ」
「どういうことよ」
ニヤニヤと笑いながらケイシーは言う。
「竜殺し、偉大な錬金術士、首席魔術師、爆撃の魔人、爆竜の魔術師、双龍歴九〇〇年代を代表する最も偉大な魔術師、歴史上最年少で教科書に載った魔女、レイヴンウッドの爆撃機と呼ばれてるアンタの前に、あんなガラクタ見せてはこれないだろ?」
肩書きが多いな。それに九〇〇年代を代表する魔術師って、もう認定しちゃっていいものなの?
「ねぇ、爆撃機ってなに? 私、影でそんな呼ばれ方されてんの?」
少し、というかかなりショックなのだけど。
悲しみを消し去るように残りのスープを飲み尽くすと、扉のドアがノックされる。
「あれ? お客さん?」
ケイシーがテーブルの上の容器を片し始める。
「お昼ご飯タイムって看板出してたんだけど」
椅子から立ち上がり、扉を開ける。
扉の外には、女の子が立っていた。
背は私と同じくらいの小柄で、二の腕くらいまでの長さの金髪ツインテールが印象的な、可愛らしい女の子だ。
どうしてこんな小さな女の子が、こんな場所にいるんだろう。親とはぐれてもしたのかな?
「迷子かい? 詰所なら、あそこにいるお姉さんが詳しいから連れて行ってあげよう」
ジロっとジト目で睨むケイシー。スラムでグレーな仕入れ屋なんてやってるのは、悪党だろう。
「詳しいってどう言うことだ」
「だって悪党でしょ?」
「小悪党だ」
「悪党なのは変わりないじゃない」
どっちもほぼ一緒じゃない。粒あんとこしあんの違いみたいなもんでしょ。いや、それは違うか。
脳内でくだらないことを考えていると、ツインテールの女の子が遠慮気味に呟く。
「ここはレイヴンウッド魔法具店で合ってますよね?」
「合ってるよ」
「よかった! 実はこのチラシみて来たんですよ」
女の子はチラシをビシッと広げる。
もしかして、おつかいなのかな? 流石にこんな可愛らしい女の子が来るような場所ではない。ここはアングラな店である(自称)。
「違います! ここで働くために来たんです!」
働く? こんな小さな女の子が? 学園からインターンシップの話は聞いてないが……。
「えっと……君はいくつかな?」
「十六です!」
彼女は、この店に似つかわしくないほどの笑顔で答える。
まじか。てっきり十三とかその辺だと思っていたが、成人一歩手前の歳であった。
王都では十七から成人で十五、早ければ十四から働き始める子もいる。これなら、まあ働き手としては雇える範囲ではある。
「それでは面接を始めようか」
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