12. レオニクスは妖精狩りと出会った

 翌朝、朝食を食べたレオニクスたちは家を発った。

 昨日買った食材は夕食と朝食でそれなりに減り、残りは全て調理して軽食として食べられるように紙袋に詰めて持ってきた。携帯型倉庫を含む魔導収納庫内では時間が経過しないため、鮮度が保てるのだ。

 次にいつ帰ってくるかはわからないが、しっかりと鍵もかけたし、これで長期間家を空けておいても大丈夫だろう。


「今日は昨日の格好じゃねえんだ?」


 レオニクスは出かける支度をしていたチェラシュカにそう声をかけた。

 今の彼女は昨日出会った当初の服装――濃紺のケープに膝丈のワンピースを身に付け、髪も上半分を左右に分けて結んでいる。


「折角買ってもらったものだから、大切に着たいなと思って。後、自分でシニヨンにするのは難しいのよ」

「ふうん……」


 シニヨン……? と内心なんだろうと思っていたのが顔に出ていたらしい。彼女から、昨日みたいなお団子の髪型のことよ、と補足された。

 大切に着たい、と彼女が言うのを澄ました顔で聞いているラキュスからは、なんだか余裕を感じる。

 というか、今更だが妖精にとって異性間で服を贈るのは普通のことなのだろうか。自分は妹にねだられて買ってあげたことしかないのだが、と疑問に思う。

 よくあることでもそうでなくても、どちらにしろその答えにダメージを受けそうだ。

 

 そんな小さなモヤモヤを抱えつつ、昨日来た道をまた逆戻りする形でメリスへと向かう。

 道中、レオニクスがチェラシュカたちについていきたいと思った理由を、彼女に改めてざっくりと伝えた。

 

「どうして街の外で一人で暮らしているのかと思っていたけれど、そういうことだったのね。信頼に値すると思ってもらえる振る舞いができていてほっとしたわ。私はできるだけ誰にでもフラットに接したいと思っているけれど、もしも良くない言動があったら教えてね」

「チェリちゃんなら大丈夫だと思うけど……わかった」

「あと、ラキュスのことを褒められるのもとっても嬉しいわ。ありがとう、そう思ってくれて」

「ラキュスはいい奴だからな」

「おい……」


 咎めるような声ではあるが、ラキュスが怒っているのではないことくらいはレオニクスもわかってきた。

 そんな話をしていたレオニクスたちは、昨日と同じようにメリスの門を抜け市内に入った。まだ比較的朝が早いためか、通行人は少ない。

 

 祖父や家族、その他付き合いのある店宛に、しばらくアウステリアを離れる旨を簡潔に記した手紙を出しておく。いつも訪れるのは不定期で結構間が空くことも多かったので、特に問題ないだろう。

 それから北側の門へ向かう。中央の国モディトゥムの首都であるメディオンへは、北側から真っ直ぐ向かった先にある。

 歩いていくと今居るメリスからは十日程かかるそうだが、道中にいくつか村や小さな町もあると聞いたので、そこで休み休み行くことになるだろう。


 ◇◇◇

 

 レオニクスたちが北門から出て休憩を挟みつつ数時間ほど歩き、モディトゥムとの国境を超えるかどうかあたりの場所に来たときのことだった。

 

 突然五人の獣人が目の前に立ち塞がった。

 怪訝に思いつつも、脇道に逸れて彼らを避けようとすると、その五人に周囲を囲まれた。


「何の用だ」


 ラキュスがそう尋ねると、一人の獣人の男がニヤリと笑った。その額には大きくて太い角があり、その上にやや小さな角が縦に並んで生えている。その特徴からして、さいの獣人だろうか。

 

「お前、妖精だな? そっちの女も」

 

 ラキュスがチェラシュカをその視線から庇うように前に出ると、「それが何だ」と返す。

 

「ならば、俺たちの獲物になってもらおう」

 

 その途端、獣人たちが一斉にこちらへ向かってきた。どうやら早速噂の妖精狩りに遭遇してしまったようだ。

 犀の獣人は他の四人のまとめ役らしく、その場を動かずこちらの動向を監視しているようだった。

 

 レオニクスは一瞬驚きで固まっていたが、後ろから襲いかかってこようとする獣人の前に出ると、さっと獣化して彼女を背に庇った。

 獅子の姿になると人型時の身長の倍以上の体長になるため、獅子以外の大体の獣人相手なら脅威になるはずだ。

 

 すると、目の前の獣人二人は一度後ろに飛び退き、獣化してこちらに対峙した。

 どうやら猪と蛇の獣人だったようだ。レオニクスは尻尾をぱたりと動かして彼女の足に触れ、彼女がそこから動いていないことを確認する。

 

 相手がどう動くかと様子を窺っていると、猪の獣人がこちらへ突進してきた。猛スピードではあるものの、そいつは今の自分の半分以下の大きさのため、レオニクスの敵ではなかった。

 少し前に出ると突っ込んできたところをひらりと躱し、前足で思い切り押さえつける。

 とりあえず頭に衝撃を与えれば意識を失うだろう、ともう一方の前足で思い切り殴りつけて昏倒させた。

 

 ……大丈夫、死んでない、はず。獣化時のほうが身体は丈夫なので、致命傷ではないはずだ。

 

 問題は蛇だ。毒を持っていると厄介なため、咬まれないようにしなければならない。

 なお、蛇なのに何故獣人と呼ぶのかはよくわからない。

 

 そのとき、背後で風を切る音が聞こえた。意識は蛇から逸らさずに慎重に音のした方を見ると、ラキュスとチェラシュカが羽で空中に飛び上がっていた。

 

 よく考えると、二人は妖精だから飛べるのかと気付く。ならば、一旦二人で飛んで逃げたほうが良かったのでは? と思ったものの。

 敵も当然ながら妖精の飛翔対策をしているらしく、鳥の獣人二人が彼らを追って飛び上がった。

 それに対し、ラキュスは出会ったときと同じ水のドームを作ったようだ。ラキュスは水での攻撃も得意と言っていたし、多分大丈夫だろう。

 

 ちなみに、鳥の獣人は獣人と呼ばれると怒る奴が多い。きっと分類した誰かが適当だったに違いないので、一緒くたにするな! とこちらに怒ってくるのはやめてほしい。

 

 直後、咬みつこうとしてきた蛇を間一髪避ける。余計な考え事をしている場合ではなかった。避けた動きの勢いのまま、犀の獣人も視界に入るような位置に移動する。

 あの蛇は今の自分の大きさから見るとそうでもないが、それでも人一人丸呑みできそうだ。人型のときに会ったとしたら、さぞかし恐ろしい相手だろう。

 猪相手のように至近距離で戦うのはできるだけ避けたい。しかし、獣化したレオニクスの攻撃手段は物理的に殴るか咬み付くか切り裂く、そして。

 

 ――加減が難しいから、できるだけ使いたくなかったんだけどなあ。

 

 そう思いながら蛇の奴を見据える。的としてはかなり大きいので外すことはないが、やりすぎないように気を付けないと、と気を引き締める。

 すうっと息を吸うと、右前足を持ち上げてその爪先に意識を集中し、勢い良く振り下ろした。

 その瞬間、ぶおんっと音がして空気の斬撃が放たれる。勢い余った右前足が、地面に大きく爪の跡を付ける。

 爪の数だけ真っ直ぐに放たれた斬撃はそいつに向かって飛んでいき、その身体をずたずたに切り裂いた。爪先に集めた魔力を空を裂く刃として放つこの技は、猫化の肉食動物が使うことのできる唯一の遠隔攻撃だ。

 

 ――やりすぎたか……?

 

 レオニクスの放った斬撃で切り裂かれた蛇の胴体のあちこちから血が流れていたが、獣化を解いたようで人型に戻っていった。

 獣化は消費する魔力が大きいため、怪我で血とともに魔力が流れ出してしまうことを考えると、獣化を解いたのは当然だろう。

 

 自分も獣化を解いて、すうっと人型に戻る。

 レオニクスの場合は、ベルトが衣類や持ち物を仕舞う魔導具になっている。獣化時には自動的に服や荷物がその中に収納され、獣化を解くと元に戻るようになっていて、獣人の殆どが持っている必須アイテムである。

 

 呼吸を整えてから、改めて倒した相手の様子を窺う。

 少し離れた位置からでも聞こえる、蛇の妖精狩りの荒い息遣い。その全身から流れ出る血。徐々にそいつの服が赤く染まる様子を見ていると、ある記憶が脳裏を掠める。


 ***

 

 ――それはレオニクスがかつて所属していた警備隊での出来事。

 足元の血溜まり。倒れ伏す確保対象。遅れてやって来た仲間たち。

 

『それ、お前がやったのか?』

『いや、オレがここに着いたときには既にこうなってて、』

『でもさ、レオニクスって前に力のコントロールむずいっつってたじゃん。今回はうっかりやりすぎちゃったんじゃね?』

『ちげえよ! 確かにそう言ったこともあっけど、今までだってちゃんと手加減して、』

『だーかーらー、今回うっかりっつってんだろ?』

『お前がこういうことする奴だって知ったら、今まで紳士的だのなんだのって騒いでた女共も手の平返すんじゃね?』


 下品に笑いながらそう話す彼らに、何を言っても無駄なのだと悟った。

 

 ***

 

 ――落ち着け、大丈夫。今回はこっちがやらなきゃオレらがやられるところだった。そもそも、こういうときの為に二人と一緒に旅するって決めたんじゃねえか。

 それにチェリちゃんもラキュスも、あいつらと違ってオレの話をちゃんと聞いてくれる……。

 

 いつの間にか震えていた右手を、左手でぐっと押さえつける。

 頭の中でぐるぐると回る言葉たちから目を背けようとしていたとき、どさどさっと何かが落ちたような大きな音がしてはっと我に返った。

 

 レオニクスが振り向くと、そこには鳥の獣人二人が気を失って倒れていた。

 濡れてビシャビシャになっていることから水で何かしらの攻撃を行ったのだろうが、どんな風に対処したのだろう。

 上を見上げると、ラキュスが飛んだまま周囲を見渡していた。他にも敵が潜んでいないか警戒しているらしい。

 

 ――チェリちゃんはどこだ?

 

 慌てて犀の獣人がいた方に目を遣ると、なんと彼女は一人でそいつの方へ向かっていた。

 

「……!! あぶね、」

「待て」

 

 思わず飛び出して彼女の方へ向かおうとしたが、すっと隣に降りてきたラキュスに、肩を掴んで止められた。

 あたりには砂を踏む彼女の足音だけが響く。そいつの近くで足を止めた彼女は、右手を頬に当てて小さく首を傾げた。

 

「全く。こんな困った方には、いい夢を見てもらおうかしら」

 

 犀の獣人はあっというまに仲間がやられたことに動揺していたようだったが、彼女が一人で目の前まで来たのを見てニヤリと笑った。

 

「ははっ、小娘一人が笑わせる。お前一人に何ができる? どうせ男がいないと何も出来んくせに、調子に乗りやがってこのクソアマが! のこのこ一人でやってくるなんざ、とんだ間抜けだなぁ!」

 

 あまりに彼女を馬鹿にする発言に再度飛び出しそうになったが、肩を掴まれる力が強くなった。振り向くと、険しい顔をしたラキュスが彼女を見たまま小さく首を振っている。

 何で止めるんだ、お前だってムカついてんだろうが……! と思いつつハラハラしていたのは、彼女が盛大に煽り返すような文句を口にするまでだった。

 

「あら、弱い犀もよく吠えるのね。知らなかったわ」

「なっ……!?」

 

 その直後、犀の獣人を冷ややかに見据えていた彼女の目が一瞬紫に輝く。すると、先程まで彼女を馬鹿にするような表情を浮かべていたそいつは、急にぼうっとしてどこにも焦点があっていない様子を見せる。かと思うと、苦しそうな呻き声を上げ始めた。


「う、うう……ああ……やめろ! やめてくれ……!」


 一歩、二歩、と前へ進むそいつの足取りは覚束ない。例えその踏み出す先に足場が無かろうと、気付かず進んでしまいそうだ。

 そんな奴の様子を、彼女はその場から数歩下がって距離を取り、冷めた目で眺めていた。


 奴はそれから更に数歩進んだかと思うと、何かにつまづいたのか地面に膝をついてしまった。そのまま目の前に向かって手を伸ばす。まるでその先に、何か大事なものが見えているかのように。


「お願いだ、シーラは、シーラだけは……!」

 

 そう言った奴の顔はどんどん歪んでいき、最後には絶望に染まりきった表情で倒れてしまった。

 一体何が起こったのだろう、と不安になる気持ちを抱えたレオニクスは、その光景から目が離せないまま隣のラキュスに話しかけた。


「な、なあラキュス……あれ、チェリちゃんがやったってことだよな?」

「ああ。あの獣人は今、チェリの幻惑魔法にかかっているはずだ。……恐ろしい悪夢を、見せられている」


 恐ろしい悪夢とは、一体――。思わず背筋に冷たいものが走ったのを誤魔化すように、わざと軽い口調で返事をした。

 

「…………マジ? なんつーか、えげつねえな。オレ、ぜってえチェリちゃんのこと怒らせねえ」

「……ああ。そうだな」

「てか強すぎじゃね? こんなこと言うのもあれだけど、もしかしてチェリちゃん一人で勝てたんじゃ……」

「ああ……」

 

 返ってくる返事が適当になってきた気がして、ラキュスに目を向けた。少し眉を顰めた彼は、どこか悲しそうな表情を浮かべて彼女を見ている。


「なあ、一個聞いていいか」

「……なんだ」

「二人ともなんか……戦い慣れてねえか? オレはまあ、その……それなりに経験あるけどよ、妖精の街って実はすさんでるのか……?」


 話を聞く限り、二人は争いとは無縁な平和な所に住んでいたのだと思っていた。一方、自分には前職での経験も一応ある。それもあって、レオニクスは用心棒として名乗り出た。

 その割には、鳥の獣人もあっという間に伸されていたし、現にチェラシュカも物理的な攻撃ではないにせよ戦っている。

 

 彼女はどうやら犀の獣人が倒れたのを見届けるだけでなく、しっかりと気を失うまで確認する気らしい。

 一瞬目にしてしまった金に輝く冷ややかな彼女の瞳に、レオニクスは不覚にも寒気を感じてしまった。

 

「そんなわけないだろう」

「ならなんで……」

「学校で徹底的に自分の得意な魔法、苦手な魔法を身体に覚え込まされる。その時に何度も実践をするからある程度慣れてるし、卒業後も年に一度全住民が参加する戦闘訓練がある」


 まさかの戦闘訓練という単語に驚きを隠せない。それほど妖精に戦うことが仕込まれているとは思ってもみなかった。

 

「マジか……。でもそれって危なくねえのか?」

「実践演習用の特殊な結界を張るから、怪我はしない」

「へえー……、やっぱ魔法ってすげえな」

「それでも、精神干渉系には効果がないが……」


 ラキュスはそう呟いたきり口を閉ざしてしまった。

 妖精は思っていたより戦う機会が多いらしい。それもかなりの衝撃ではある。

 

 だが、さっきのことといい、昨日ラキュスに彼女が好きなのかと聞いたときのことといい、明らかに二人の間には何かがある。

 ただ、今それを聞いたところで、きっと答えてくれないのだろう。

 いつか教えてくれる日がくるかな、と考えつつ、レオニクスはそっと溜息をつくのだった。

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