7. 雑貨店です
「まさかあんなに買うとは思ってなかったけどよ、チェリちゃんとラキュスが気に入ってくれてよかったぜ」
「とっても素敵なお店だったわ。連れて行ってくれてありがとう」
「チェリは何でも似合うからな」
何故か得意げにそういうラキュスの言葉を流しつつ、チェラシュカは次の目的地をレオニクスに尋ねた。
「次はどこへ行くの?」
「ああ、なんか旅道具を見たいっつってただろ? そういうの含めて色んな雑貨が売ってる店があんだよ」
そんな話をしていると見えてきたのは、そこそこ大きな白っぽい建物だった。
レオニクスが木の扉を開けて中へ入るのに続くと、目に入ったのは所狭しと並べられた雑貨の数々だった。小さな文房具類から椅子などの家具まであり、品揃えが幅広い。
彼は小物が並べられた棚の間をスイスイと進んでゆくが、チェラシュカは下手に動くと物を落としてしまいそうだと思い、慎重に足を進める。
新しいワンピースを着たものの、なんとなく落ち着かない……と思っていつものケープをその上から羽織っていたのだが、裾が当たらないか少し不安だ。
「こんちはー」
彼が誰かに声をかけているが、その相手はどこにいるのだろうか。通路はギリギリ二人が並べるかどうかの幅なので、チェラシュカはゆっくりと彼の背に近付いて、その横からひょいっと顔を出す。
ラキュスがチェラシュカの両肩に手を置いて背後に立つ気配を感じたので、チェラシュカと同じように彼も後ろから顔を覗かせているようだ。
レオニクスの向こう側には、レジカウンターで新聞を読む片眼鏡をかけた人物が居た。深い森の奥のような暗い緑色の波打つ髪を、後ろで無造作に束ねている。なんとなくだが、気難しそうな人という印象を受けた。
「……ん。レオニクスか」
「おう。……あれ、さっき誰かここに居なかったか?」
「いや、気のせいだろ」
レオニクスと話しているその人は、新聞から目を離さない。きっとそれが許されるほどには気安い関係なのだろう。
「それより、今日はどうした」
「この二人が旅をするための道具を揃えたいんだって」
「この二人?」
レオニクスのその言葉を聞いてやっと顔を上げたその人は、レオニクスの背中から顔を覗かせるチェラシュカたちに薄いオレンジ色の目を向けた。
「……妖精か」
彼はこちらを一瞥してそう呟いた。妖精とは異なる丸みを帯びた耳と低くて少しざらついた声に、恐らくヒトの男性体なのだろうとチェラシュカは判断する。
「そうだけど……なんかあんのか?」
「いいや。単にこの辺では珍しいなと思っただけさ」
「ならいいけどよ……」
レオニクスと会話しながらも彼は鋭い目をこちらに向け、上から下に視線を動かしているのが見える。観察されているなぁと思いながら、チェラシュカはこんにちは、と声をかけた。
「……どうも」
ぶっきらぼうに必要最低限だけの挨拶を返した彼に、チェラシュカも会釈を返す。そこでレオニクスがこちらを向いて、この人がこの店の店主だと説明してくれた。
「道具関連にはマジで詳しいし、必要なもんは大体見つかると思うぜ」
「それはとても頼もしいわ」
チェラシュカはレオニクスに返事をすると、改めて店主に向き直る。
「私たち、今日レヴァノスから来たところなんです。必要最低限の荷物は揃えてきたつもりなのですが、他にも持っておいたほうがいいものや便利なものがあれば、教えていただけませんか?」
「……ふうん」
しばらく目を伏せて考える様子を見せた彼は、顔を上げるとこちらに手を差し出してきた。
「何を準備したんだ。見せてみろ」
「わかりました、少しお待ちください」
チェラシュカが、携帯用金庫から荷物を出そうと左手首にもう一方の手を近付けたとき、ラキュスが前にずいっと出てきてカウンターに小さな巾着袋を置いた。彼が手を離すと、中身がじゃらりと音を立てて巾着の形を崩す。
「まず非常食が数日分」
ラキュスがカウンターに置いた巾着の中には、親指の先くらいの小さな丸い塊が入っている。これはチェラシュカの携帯用金庫の中にも同じものがある。
一日三食食べるとして、一食分に大体必要な栄養が詰め込まれたそれ――通称「栄養の塊」は、チェラシュカも何度か食べたことがある。
ただ、これといって味はなく満腹感も得られないため、ただただ栄養補給のためのものだ。
小さく持ち運びやすいので旅に持って行くのに重宝されるほか、口の中に含んでいるだけで溶けて身体に吸収されるので、胃に重たいものを食べられなかったり咀嚼が難しい病人にもありがたがられている。
そのため、元気な妖精たちも何かあった時のために家に保存食として置いていたりする。
なお、食べること自体にあまり興味のない妖精は、調理や食事の時間が惜しいとこれで三食済ませてしまうらしい。美味しいものを食べることが大好きなチェラシュカにとっては、かなり信じ難いことである。
「それから数日分の着替えと、歯磨き、コップ、皿が数枚、フォークとナイフ」
トントンとカウンターの端から並べられたラキュスの荷物は、どれも魔法で縮小されて半分ほどの大きさになっており、食器類に関してはバラバラにならないように箱に仕舞われている。
「後は動物除けの結界を展開する道具――
ラキュスが最後にカウンターにコト、と置いたのは、手の平の半分くらいの大きさの四角錐だ。鏡面のようにこちらが映り込む黒い面の繋ぎ目を
「ふむ」
急にラキュスが割って入ってきたことを気にする様子もなく、店主は最後に置かれたそれを手に取った。魔法でふわんと元の大きさに戻すと、手の中でくるくると向きを変え、
「お前たちがどこまで行くつもりかは知らないが、動物除けは魔獣には効かないぞ」
その言葉に、つい数時間ほど前に見た魔界ネズミを思い出す。ラキュスの水のドームで守られていたからなんとかなったが、もし野宿をして寝ている間にあれに襲われたら大怪我を負っていただろう。
「魔獣はもともとは普通の動物だが、身体の作りが完全に魔界向けに変えられてやがるからな。これじゃ防げない」
彼はそう言いながら
「じゃあどうすればいいんだ? 何か別の道具が必要なのか」
ラキュスがそう尋ねると、彼は手元を見ながらこう答えた。
「俺がこれを修正してやってもいい」
「……修正?」
「ほれ、ここに刻まれているだろう」
言葉をそのまま繰り返したラキュスに、彼は再び
魔導具にはほぼ必ずあると言っていい、魔法陣だ。
「こいつをちょっといじくりゃあ、魔獣も対処できるようになる」
「まあ、そんなことができるのね」
「なるほど」
「どうする?」
店主は底面を下にしてカウンターの上にそれを置いたあと、片眼鏡越しにチェラシュカ、ラキュスと順に目線を動かす。
チェラシュカはラキュスの方を向いて小首を傾げ、やってもらう? と聞いた。
するとラキュスは、レオニクスの服の裾をちょいちょいと引っ張っている。少し屈んだレオニクスにラキュスが何やら耳打ちすると、不思議そうな顔をしていた彼はパッと笑顔になった。
「こいつの描く魔法陣はめちゃくちゃ綺麗だぜ! 出来上がるのもすげえ早えし、効果もバッチリだ。オレがいつも武具に付与してるやつも描いてもらってんだ。なあ! イテリウス」
「急に大声を出すなといつも言ってんだろ……」
どうやらラキュスは、イテリウスと呼ばれた店主の魔法陣を描く技術力が気になったらしい。
魔法陣は、ある程度の柔軟性がある部分もあれば(例えば円がガタガタでも割と問題無い)、描き間違えると効果が変わる部分もある。それを
一応学校では基礎的なものはいくつか教えられたものの、一つでも何も見ず空で描ける妖精はかなり少ない。
そこまでして学ぶより、普通に現代的にイメージで魔法を使うほうが、早いし楽なのだ。
――私は割と趣味でそういう本を読み漁って描く練習もしていたけれど、他にしている子が全然いなかったのよね……。
既製品として広く世に出回っているものを買うならともかく、見ても自分では効果がわからない魔法陣をその場で描いてもらうというのは、確かにリスキーなことなのかもしれない。
チェラシュカも、魔獣に対処するための魔法陣というのは見たことがない。
レオニクスの答えを聞いて尚も渋る様子を見せるラキュスに、店主が目を細くする。
「お前、俺が使い物にならない魔法陣を描くとでも思ってんのか?」
明らかに苛立っているとわかるほど低くなった声に、チェラシュカは思わず身を固くする。
だが、これは自分に向けて言われたわけではない。そう思って一度ふうと息を吐くと、ラキュス、と小声で呼びかける。
「……そうは言っていない」
「そうだぜイテリウス、お前が魔法陣を描いたのを見たことがあるのかって聞かれただけだ。なあ、ラキュス!」
「……ああ」
レオニクスが明るい声で取り繕おうとしてくれるのを聞いて、感謝すると共に少し申し訳ない気持ちを抱く。もしラキュスと二人で立ち寄っていたら、喧嘩になっていたかもしれない、と思っていると。
「俺はなあ……、魔導具を大事に扱わない奴も、適切に扱えてない奴も、大嫌いなんだ」
ゆらり、とイテリウスが椅子から立ち上がる。それを見たレオニクスが「ダメだったか……」と酷く暗い目をして、明後日の方向を向いて呟いた。
どういうことかと思った次の瞬間、彼は両手をカウンターの何も置いていないところへバン! と叩き付けた。
「『何もしてないのに壊れました』だあ? お前が雑に扱うからだろうが! 『なんか思ったより効果が無い』? 説明書きをよく読め! まともに使いこなせる頭が無いくせに欲しがりやがって、折角の魔導具が勿体無いにもほどがある!」
彼は手元に鋭い目を向けたまま、大声でつらつらと話し続けている。大きな音に思わず肩が跳ねてしまったが、きっとうんざりするくらい同じ様な訴えを聞かされ続けたのだな、と想像する。
「な、なあ、イテリウス……、」
「だが俺は、そんなゴミクズ使用者共以上になあ……。そいつらを騙そうと適当な魔法陣を描いた魔導具を売り付ける奴が、この世で一番、大っっっっ嫌いなんだよ!!」
彼は再びカウンターの上を片手で思い切り叩いた。先程より強い力なのか、より大きな音が鳴ったのでチェラシュカの肩がぴょんと跳ねる。ついラキュスの服の裾をきゅっと掴むと、ラキュスとレオニクス越しに、店主が顔を上げて目の前――ラキュスを睨み付けているのが見える。
その様子を見たチェラシュカは、昔近所に住んでいた妖精が、大切に育てていた野菜を野生動物に全て荒らされた時の怒り狂った様子を思い出した。
「よりにもよってそんな奴らと俺を一緒にするなんざ、酷い侮辱にもほどがあるってもんだ。なあ?」
店主が伸ばした手にラキュスは襟首を掴まれ、グイッと引っ張られていた。勢いよく引っ張られたことで、チェラシュカの手からラキュスの服の裾が抜けてしまった。
慌てたレオニクスが二人の間に割って入り、店主の腕を掴んで「お、おい、暴力はよくねえって!」と引き剥がそうとしている。
――どうしよう、助けなくちゃ。本来なら話し合いで穏便に解決するのが望ましいけれど、彼が先に手を出したのだからこちらも武力行使するしかないわよね?
と、チェラシュカの頭に少し物騒な考えが過る。
「暴力? ただこのお坊ちゃんと目が合うように引き寄せてるだけだが。その方が俺の話をちゃんと聞けるだろう?」
店主は横目でレオニクスをじろりと見遣るものの、襟首を掴む手の力は緩めない。そのとき、ラキュスが口を開いた。
「すみません、でした。……あなたに、勘違いをさせるつもりは、ありませんでした」
「……勘違いだあ? この俺の作るもんにケチつけようとしてたのは一緒だろうがよ」
ラキュスの着ている服は首が詰まっているからか、少し喋るだけでも苦しそうだ。
自分の能力を疑われていい気がしないのは当然のことだろうが、それにしたって初対面なのだからそもそも何ができるかなんて知らないのに、そうやって怒られるのはあまりにも理不尽だと感じる。
店内を荒らさないように、火や水ではない
「イテリウス! いい加減手を離せって! お前の腕の良さを、今日会ったばっかのラキュスが知らねえのは当然だろ!?」
「んなこたあどうでもいいね! お前だって、『お前の作る防具って本当に身を守れるのか?』なんて言われてみろ、カチンとくるだろうが」
「そ……、カチンとくるに決まってんだろ!? でも、そこで手を出さずに技術力で黙らせるのが職人ってもんじゃねえかよ!」
「はっ、綺麗ごと抜かしやがって。大体お前はなあ――」
……まさかのレオニクスと店主の口論が始まってしまった。ラキュスの襟首は依然として掴まれたままだ。
大丈夫? と小声でラキュスに問うと、困惑気味に眉を寄せて小さく頷かれた。
服を引っ張る力は弱まっているのか、先程よりは苦しくなさそうだが、このままだと埒が明かないため「あの、」とチェラシュカが声をかけようとしたときだった。
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