5. ちょっと聞きたいのだけれど

 店を出たレオニクスが、何か言いたげな顔をしている。

 どうしたのかとチェラシュカが聞いてみると、ものすごく言いにくそうな顔で彼はこう尋ねてきた。

 

「チェリちゃんたちのその金銭感覚って、妖精の中では普通なのか……?」

「どういうこと?」

「アトラトゥスさんが仕入れてるのはいいモンばっかだって信用してっけど、さすがに即決すぎてびっくりしたっつーか……」

「チェリはこうと決めたらすぐ動くからな」


 ラキュスがなんてことないようにそう言うと、レオニクスは少し考えてからこう言った。

 

「……そのブーツ、魔法陣とか色んな加工とかがされてるからあの値段なのには納得だけど、それを聞く前に買うことを決めてただろ? 正直、ただ履き心地が良いだけのブーツなら半分以下の値段で買えるしさ……。や、すっげえ似合ってるんだぜ? 似合ってるんだけど……」


 彼の持って回った言い方にしばし考えたのち、簡潔にまとめてみることにした。

 

「つまりレオニクスは、私たちが無闇に高い値段で物を買わされないかが心配なのね」

「そ……そういうこと」

 

 とりあえずお店の前だと邪魔になるため、チェラシュカたちはレオニクスの案内で次の目的地に進み始めた。

 正直金銭感覚についてはなんとも言えないところだったので、隣を歩くラキュスに聞いてみることにする。


「ラキュス、どう思う? 正直、物の相場はあまりわからないわ。今回のは良いものだと思ったし、これからも使うだろうから多少高くても元は取れると踏んだのだけれど」

「確かに俺もそう思ったし、これまで履いてた靴だと心許こころもとない場面も出てくるだろうからちょうど良かったんじゃないか? ただ、フロリニタスにいたときの感覚でいると良くない気はしている……」


 悩ましそうなラキュスの言葉を聞いて、レオニクスが小さく頷いた。

 

「……そっか。少なくとも今日はオレがいるし、ぼったくられることはねえと思うから、安心しろよな」

「頼もしいわ、レオニクス。ありがとう」

「……世話になるな」

 

 レオニクスがいる間にできるだけ色んなものの相場を身に付けたいところだなと思いつつ、先程気になったものの保留にしていたことを聞いてみることにした。

 

「ちょっと二つ質問があるのだけど、まずレオニクスに聞いていいかしら」

「ん? おう」

「アトラトゥスさんって何の獣人なの? 興味本位で聞いてもいいことなのかわからなくって」

「ああ、黒豹だよ。別に獣人内でそういうタブーはねえから、自由に聞いても問題ねえよ」

「黒豹なのね……わかったわ」

 

 黒豹といえば、昔ペルシュカが何か言っていたような気もするな、と頭の片隅で思いつつ次の質問に移る。

 

「二つ目の質問なのだけれど、美人局つつもたせってどうしてお金を取られてしまうのかしら」

「んぐっ」

「チェリ……」

 

 レオニクスはげほげほとせており、ラキュスは呆れたような顔をしている。

 

「あのときはラキュスも納得していたみたいだし、あんまり突っ込んで聞かなくてもいいかなと思ったのだけれど、やっぱりよくわからなくて」

「わからなかったんだな……」

「レオニクスは、私に誘われたらのこのこついてくるの?」

「え!? ええーーーーっと……その……」

 

 レオニクスは左右に視線を彷徨わせており、あからさまに困っていることが見てとれた。

 ラキュスがレオニクスの脇腹を小突いて何かを訴えているようだが、こちらにもわかるように説明してほしい。

 

「例えば、今日のお昼ご飯も買い出しもこちらからのお誘いではあるけど、どちらかというと私たちがついていった側でしょう? それに、怖い奴にお金を脅し取られるというのもよくわからなくって。それは誰なの?」

「あー……。チェリちゃんの考えはわかったけど……ラキュス、これ本当にオレが説明しねえとダメな奴か」

「俺もさっきまで知らなかったことだからな。変なことは言うな。いい感じに説明しろ」

「都合のいいことばっか言いやがって……。つかなんでお前はわかってチェリちゃんはわかんねえんだよ」

「俺がわかったとは言ってない」

「はあ?」

「俺たちに縁の無い、良くない意味の言葉だということが分かれば十分だ」

「お前なあ……」

 

 ラキュスとレオニクスはお互いに小突き合っているようだが、チェラシュカもその中に入ったらまともに説明してくれるのだろうか。なんだか仲良さげな様子に、仲間はずれにされた気分になってしまう。

 諦めたほうがいいかな、と考え始めたとき、やっとレオニクスが返事をする覚悟を決めたようで身体をこちらに向けた。

 

「えー……誘いっていうのがそもそも食事だけじゃなくて……、普通夫婦とか恋人同士でしかしないことってのも多くて……」

「夫婦とか恋人同士でしかしないこと……」


 獣人やヒトのいう夫婦というと、妖精でいえば彩羽コロラーレにあたるはずだ。普通彩羽コロラーレとなった伴侶同士でしかしないことといえば、魔力を移すことくらいだろうか。

 少量であれば伴侶以外に移すこともなくはないが、その前提で考えてみることにした。

 

「わかったわ。話を続けて?」

「え」

「私がレオニクスを誘って、ついてきて、怖い奴が出てきて、レオニクスからお金を取るのよね?」

「そ……そうだな」

「その怖い奴って誰なの?」

「えーと……一言で言うなら犯罪集団の一員とか」

「ふうん……? 力で対抗できないほど強い相手なのかしら」

「それもなくはねえだろうけど、どっちかっつーと、誘いに乗ったこと自体で脅されてる、と思う」

「……それが脅しになるの?」

「やっぱその……んー……誘いに応じちまったことを、周囲に知られたくねえんじゃねえか」

「そうなの?」

「ほら、そういう関係じゃねえのにそういう関係になると外聞が悪いっつーか……」

「……ラキュス」


 レオニクスの説明があまりにも遠回りすぎると感じたため、ラキュスに補足を頼んでみる。

 声をかけられたラキュスは溜息をつき、仕方ないなと呟いていた。

 

「チェリ、諦めろ。恐らくレオニクスはチェリが納得できる答えを持っていない」

「ちょ……、今更そんなのありかよ!?」


 レオニクスが信じられないと言いたげな表情でラキュスを見ていたが、ラキュスは全く気にしていないようだった。


「そもそも誘いに応じたことを知られたくないと思う感覚が、俺たちにはわからないだろう?」

「そうね」

「ええ……?」

「あと、これは誘う奴と怖い奴がグルで、共謀して脅し取ろうとしているんだろう?」

「まあ、そうなの?」

「あ、そっから?」

「……確かに、そこまでして他者から奪い取ろうとするのも、奪われてでも知られたくないのも、ピンとこないわ。秘すべき関係というのが妖精にはないのかもしれないわね」


 チェラシュカの言葉を聞いたレオニクスが「マジかー……」と言いながら空を見上げていた。


「レオニクス、説明してくれてありがとう。概念的な理解だけはできたと思う」

「……そうか?」

「悪いことだってわかっていればいいだろう」

「そうね」

「……でもなんか意外だな。納得できるまで質問攻めにされるかと思ったぜ」


 レオニクスからまじまじと視線を向けられたので、チェラシュカは目を瞬かせた。

 

「物事には理解できるタイミングというものがあると思うの。今はそうじゃないってだけよ」

「へえ……なんか大人だな」

「レオニクスだって大人でしょう」


 ふふっと笑ってそう言うと、まあな、と返された。

 何事も、必要なときに必要なものと出会うとチェラシュカは考えている。本当に知るべきものと出会ったときには、納得できる素地が自分の中にできた状態であるはずなのだ。

 とはいえ、この言葉に関しては恐らくもう出会わなくていいのだろうという理解に留めるのだった。

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