2. 立食パーティーです

 アナウンスに従ってチェラシュカたちが隣の会場に移動すると、いくつかの大きなテーブルに様々な料理が並べられていた。

 入口付近でノンアルコールワインを受け取ると、ひとまず六人で近くのテーブルへ向かう。

 テーブルの上には一口サイズのフィンガーフードが並んでおり、どれを食べようかなと見ていると、トゥヴィアに声をかけられた。

 

「ねえチェリ! あのカフェ辞めちゃうって本当?」

 

 その声に、コピたちがこちらを振り返った。

 

「え、辞めんのか?」

「大丈夫なの? 成人したから服や食料の配給も無くなるでしょ」

「チェラシュカちゃんは派手な買い物とかするタイプではないと思うけど……」

「ええ。そこそこお金も貯めたし、しばらく自由に過ごそうかなって」


 ヘリスの言うとおり、チェラシュカはお金がたくさん必要になるような嗜好品を買うことはほとんどない。

 食べ物などの生活必需品は物々交換で手に入るし、数十年の間毎週働いてきたのだから、ちょっとくらい労働から解放されても問題ないだろう。

 

「へえ、そうなんだ。あのカフェ、チェラシュカが看板娘だったから惜しまれたでしょ」

「あの制服可愛くて似合ってたのに、もう見られないなんてすっごく残念!」

「チェラシュカちゃんがいる時間が一番賑わっていたよね」

「そうかしら」

 

 クラッカーを齧りながら、数ヶ月ほど前のことを思い出す。

 職場の人たちに、チェラシュカは成人したら辞めるつもりであることを告げた。

 それを聞いた店長は、渋柿を食べたような顔をしながら辞めることを了承しつつも、「いつでも戻ってきていいんだからね」とチェラシュカに何度も念押ししていた。チェラシュカと同じように働いていた子たちからも、寂しくなると泣きつかれた。

 お客さんを席へ案内したり、注文を取ったり、料理を運んだり、会計をしたりとなかなか忙しかった。働いていた時間はそう長くないのに、家へ帰ればいつもくたくたになっていたなと懐かしく思う。

 

「ラキュスは? 確か同じカフェで働いてただろ?」

「俺はまあ……何もなければ正規雇用に移るかな」

「ふーん。まあそうだよな」


 未成年の間は、働ける時間も決まっているし自分のお店を持つこともできない。

 そんな妖精たちの多くは、成人を機にそのまま正規雇用されたり、もしくは自分で店を出したりしている。

 妖精にとって、働くこととはお金を得ることと自己実現の手段の一つであるため、別の何かでそれが叶っているのであれば、定職についていなくても不思議ではない。

 なおチェラシュカの場合、いつかは森の外へ行くだろうと思っていたので、地道にコツコツと貯金をしていたタイプである。

 

 聞けば、コピもジェンナもトゥヴィアも、今働いているところでそのまま正規雇用に移る予定らしい。ヘリスは高等教育機関で星の研究を続けるのだとか。

 

「だって、働いてないと時間余るじゃん?」

「だよな。何してもいい日とか何したらいいかわかんねえ」

「あたしはたくさん貯めて、家の中を充実させたいんだ」

「そうなのね」


 チェラシュカ自身は、自由な時間なんてどれだけあってもいいと思っていたので、トゥヴィアやコピのように時間を持て余すというのは、自分の価値観に無い感覚だなと感じた。

 

 そんなこんなで話が一段落したところで、コピとヘリスが向こうの方に別の友達を見つけたからと、ラキュスを連れて行ってしまった。

 残ったジェンナたちと軽食をつまみながら話していると、不意に後ろから名前を呼ばれた。

 

「チェラシュカさん!」

 

 振り返ると、そこにいたのはかつての同級生だった。一緒に授業を受けていたので当然見覚えはあるのだが、すぐに名前が出てこなかった。

 

「……えっと」

「あ、その、……いつもカフェで見てて」

「ああ! いつもご贔屓にしていただいてありがとうございます」

 

 言われてみれば、カフェでも彼の応対をしたような気がする。それにしてもこの人の多さの中で、よく見つけられたものだなと感心した。

 

「い、いえ! こちらこそありがとうございます! それでその……さっきカフェを辞めちゃうって聞こえてきて……」

「ええ、そうなの。少なくともしばらくの間はあそこで働く予定はないわ」

「そうなんですか……残念です」

 

 彼は少し俯くと、自分の手元とチェラシュカの顔を忙しなく交互に見ていた。瞬きも増え、よく見ると腕も震えているように見える。

 

「……あの、自分、ずっとチェラシュカさんのことが、気になっていまして」

 

 仕事仲間以外からチェラシュカが辞めることに対して残念がる声を聞くと、若干惜しむような気持ちが湧いてこないこともない。

 とはいえ、この機会を逃して惰性で働き続ける気もなかったのよね、と思っていると。

 

「その、チェラシュカさんのことが…………、す、好きです! 伴侶になることを前提にお付き合いしてください!」

「……まあ」

 

 まさかこんな場所で告白されるとは思わず、まじまじと彼を見つめてしまった。

 すると、ばっちりと目があった彼の顔は熟れた林檎のように真っ赤に染まっていき、呼吸が止まってしまうのではないかと思うほど緊張しているのが見てとれた。

 チェラシュカの中で答えは決まっていたが、この衆人環視の中そのまま伝えてもいいものか逡巡する。

 近くにいる同級生たちは聞き耳を立てているようだし、後ろではジェンナとトゥヴィアが面白がってひそひそと話しているのが漏れ聞こえてきている。

 

「あいつ、こんな大胆なやつだったんだね」

「ねー! 意外! でもチェリ相手なら仕方ないか」

「珍しくラキュスが側にいないし」

「今がチャンス! って感じかな? ならもっともっと押さなきゃ!」

「チェラシュカその辺鈍いもんね。ストレートに言わないと汲み取る気無い感じ」

 

 好き勝手言ってくれているなと思いつつ、仕方がないのでここでそのまま返事をすることにする。ここで伝えることを選んだのは彼なのだから、こちらが気を使う必要もないだろう。

 

「あなたには申し訳ないのだけれど、その話は受けられないわ」

「……そうですか。それはやっぱり、ラキュスがいるから……?」

 

 何故ここでラキュスが出てくるのだろう、と小首を傾げつつ言葉を重ねる。

 

「ラキュスは関係ないわ。私があなたを選ぶ気がないというだけの話よ」

「うっ」

「うわあ。チェラシュカ、それは言い過ぎ」

「切れ味良すぎて、ニュートが刺されたみたいな顔しちゃってるよー!」

 

 いつの間にか隣に来ていたジェンナたちに窘められてしまった。が、名前を聞いてやっと思い出した。

 

「あ、そうそう。ニュートだったわね」

「……うわ」

「えー! チェリってば名前まで忘れちゃってたの!?」

 

 トゥヴィアが口元を両手で隠し、さもびっくりしたという声を出している。しかし、横から見ると口角が上がっているのが見えるため、笑いを堪えきれていないのが丸分かりである。

 そんなチェラシュカたちの様子を見ていた彼は、まるで一人だけ魔界に置き去られたかのような、悲壮感に満ちた表情に変わった。

 

「あ、あの! す、すみませんでした!!」

「あ」

 

 そう告げたニュートは、早歩きをして会場から出ていってしまった。

 

「確実に最後のあれがとどめになったね」

「めっちゃかわいそー」

「そういうトゥヴィアは、わざと『名前忘れたの?』って言ったでしょ」

「へへ、バレた?」

「もう二人とも……面白がらないで」

 

 くすくすと笑いあう二人にため息をつく。彼女たちはたまに悪ノリすることがあるので、困ったものである。

 だが、そんなところも憎めないと思っているあたり、チェラシュカもそういうノリが嫌いではないのだった。


「ま、あいつもどうせ無理ってわかってたでしょ」

「だよね! カフェで見てたなら尚更じゃん」

「たまにあたしたちが行ってチェラシュカと喋ったりしてると、他のお客さんの視線が痛いのなんのって」

「ほんとに! 逆に仲良しマウントとってやろって思ったよね!」

「何を言っているのよ、もう」

 

 基本的に店員が視線を集めるのなんて、注文を取ってほしいというアイコンタクトに決まっている。

 さすがに今までの経験上、先程の彼のような好意を持っていた人がゼロだとは言い切れないものの、痛いほどの視線というのは言い過ぎだろう。

 そう思いながら、ハムと卵の挟まった小さめのサンドイッチを頬張った。

 

「でもさー、ラキュスとはずっと一緒に居るのに本当に何もないの?」

「それはあたしも気になってた」

 

 二人から興味津々といった表情を向けられたので、返事をするために、頬いっぱいに詰めたサンドイッチをごくんと飲み下した。

 

「何もって何かしら」

「えー? そんなの決まってるじゃん!」

「付き合っているとか、伴侶の約束をしているとかよ」

 

 完全に想定外のことを言われたため、一瞬言葉が出てこず、ぱちぱちと目をしばたたかせた。

 

「ラキュスと? 考えたこともなかったわ」

「ほんとにー? なんか言われたりしてないの?」

「家も近くて職場も一緒だったのに? ラキュスって意外とヘタレなのか」

 

 二人ともどこか納得のいっていない顔で、両側からチェラシュカを取り囲んだ。

 そうは言われても、ラキュスはこの世で最も大事な幼馴染であってそれ以外の何者でもなく、そばにいるのが当たり前なだけである。

 

「じゃあさ、今までこの人と伴侶に! とか考えたことないの?」

「ラキュスがないならないんじゃない?」

「それは……」


 わくわくとした表情のトゥヴィアと、学生時代の記憶を辿っているのか斜め上を見るジェンナを目の前に、つい口籠ってしまう。

 この楽しい雰囲気の中で正直に言うか少し迷ったが、彼女たちの追及も止みそうにないなとも思う。チェラシュカは少し目を伏せ、ぽつりと零すように呟いた。

 

「……小さいときはね、シュシュが伴侶になるかなって漠然と思っていたわ」

 

 それを聞いた二人は「ああ……」と言って察したようだ。

 

「それはまあ、仕方ないね……」

「なんかごめん」

「いいの。気にしないで」

 

 妖精は、心を預けられる相手と魔力を移し合うことで羽が色付き、伴侶として互いを認めあった証となる。色付いた羽が透明に戻ることはなく、透明であったときよりも寿命が長くなるという。

 具体的に何故そうなるかまでは判明していないそうだが、そういった理由でこれから先伴侶を持つことを検討はするだろう。

 だが、チェラシュカ自身は少なくともあと百年くらいは、伴侶については考えなくてもいいかなと思っているのだった。

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