第9話 天女化した皐月、取り戻す策を考える。
職員室で入館許可証を返し終わった後、皐月と夏は、栄生駅前にあるカフェに向かった。あらかじめ電話をして呼び出していた青菜を交えて、三人で話し合いをしている。
夏は、事の経緯を全て青菜に話した。
「どうしよう、青菜」
「どうしようと言われてもそうすることもできないよ」
「そうだよねー」
「でも、やっぱり力を使うと、本当に天女に近づいてしまうっぽいね。皐月? 私のことは覚えてる?」
皐月は、ぼんやりとした顔をする。
「ごめんなさい。分からないです」
夏は、頭を抱える。
「まじか。もう、どうすればいいのー!」
皐月は、申し訳なさそうな顔をして夏と青菜のことを見る。
「ごめんなさい。私のせいですよね?」
青菜は、優しそうな笑顔を皐月に向ける。
「大丈夫だよ。私たちもいろいろあって困惑してるだけだから。気にしないで」
「はい。ありがとうございます。それと一ついいですか?」
「ん? どうかしたの?」
「ここはもしかして人間界ですか?」
「う、うん。そうだよ」
「なら、天に帰る方法とか知らないですよね?」
「うん。ごめんね、私たちには分からないんだ」
「そうですよね」
三人の空気は重く気まずい感じとなり、沈黙がしばらく続く。
夏の口がふと開く。
「健太さん」
「呼んだかい?」
「え? 健太さん!?」
周囲はモノクロになっており、三人が座っている席の前に健太が立っている。
「遅くなってごめん。状況から察するに、どうやらちょっと後手に回ってしまったね」
「はい、僕の記憶は完全に戻ったんですけど、華さんに邪魔されて、今度は皐月の記憶が綺麗さっぱり消えてしまいました」
「完全に天女になってしまったか」
「はい」
「実は、少しだけその一部始終を見ていたんだけど、縁繋ぎをやったんだね」
「え? はい、やりました。やっぱり、皐月の記憶がなくなったのは天女の力を使ったからですよね?」
「まあ、それもある。ただあの状況で縁繋ぎをしなければ、夏くんと皐月さんとの間の縁は完全に絶たれたままになるから、しょうがない」
青菜は、真剣な表情をしている。
「健太さん。皐月を人間に戻すにはどうしたらいいですか?」
「できることは一つだ」
「一つ?」
「うん。皐月さんから天女であるという記憶を完全に消滅させること。これができれば、彼女は人間に戻れる」
「ではどうすれば、それができますか?」
「これは華を止めることと繋がっている話になるんだけど、これからやらないといけないのは華から絶縁剣を奪い取ることだ」
「え? 絶縁剣を奪い取る? そんなことできるんですか?」
「できるも何もやるしかないし、考えられる方法はこれ以外存在しない」
「・・・・・・そうですか」
「決行は今夜だ。とにかくやるしかない。おそらく今日、華が皐月のことを天に連れて帰るために迎えにくる。そこで絶縁剣を奪うんだ」
「分かりました」
「そんな顔をしなくていい。一応俺も行く。俺に何ができるか全く分からないし、思いつかないがとりあえずその場には必ず現れる。だから、みんなで必ず成功させよう」
夏と皐月は、頷く。二人からは、強い決心を感じる。皐月は、繰り広げられている話をただぼーっと聞いているだけだ。
夏は、ハッとした顔をする。
「あ、そういえば、健太さん」
「ん? どうした? まだ聞きたことでもあった?」
「いえ、そういうわけではないです」
「じゃあ、なんだ?」
「健太さんは、新香山先生のこと、知っていますか?」
「新香山先生・・・・・・あー、新香山さんか、華の友達だった。もちろん知っている。当時はよく話したし、華含めて三人で遊んだよ」
夏は、難しい顔をする。
「すみません。やっぱり気になったことがありました」
「なんでもどうぞ」
「華さんは天女になったはずなのに、なぜ新香山先生や健太さんは華さんのことを覚えてるんですか?」
「その質問は多分、聞くまでもないと思うよ。夏くん自身は簡単に分かるはずだ」
「え? どういうことですか?」
「だって今、君も俺や新香山さんと同じ状況に置かれているからさ」
「ってことはつまり、記憶は取り戻して縁はあるけど、天女側の記憶がない状況のこと、ですか?」
「そうだよ」
健太は、悲しい顔をする。
「俺たちも夏くんたちと同様に、散々足掻いた。だけど、どうにもならなかった。その結果がこれさ」
「そんな」
「今かろうじて華と会えるのは、天女である今の華と縁があるから。もしそれがなかったら俺と新香山さんは、今後の人生で二度と華とは会えない運命になっていただろうね」
「僕たちはそうなる一歩手前ってことじゃないですか!」
「そうだ。もし、皐月さんが華に天へと連れて行かれたらもう引き返せない。手遅れになってしまう。きっと余程の奇跡が起こらないと、人間には戻ることができなくなる」
夏と青菜は、全身に緊張が走ってごくりと唾を飲み込む。
健太は、慎重に言葉を口から出す。
「だから、どうしても皐月さんを華に取られてはいけない」
「「はい」」
健太は、同情する目で皐月のことを見る。
「皐月さん」
「は、はい」
「俺のことは知らなくていい。けど、この二人のことは知ろうとして欲しい。あなたにとってとても大切な人たちだから」
「よく分かりませんが、了解しました」
「頼む」
「すみません。聞きたいことがあって」
「なんだ?」
「天にはどう帰れますか?」
「なんでそれを俺に聞くんだ?」
「知ってそうだからです。このモノクロの世界では、天女が人間の世界に現れた時、あるいはその天女と縁がある特別な人間しか行動ができません。なので、ご存知かと思いまして」
「すまない。俺はそれを知らない」
「なら、天女に会わせてください」
「それもできない」
「そうですか。分かりました」
健太は、夏と青菜のことを真剣な目で見る。
「二人とも、また今夜。場所は、きっと皐月さんの羽衣が華の羽衣と共鳴して教えてくれるだろう。それでは」
周囲の色と時間が元に戻る。
夏は、スッと立ち上がる。
「ちょっと確かめたいことがあって、高校に行きたい。二人とも一緒に来て欲しい」
青菜は、「分かった」と言って、荷物を持って立ち上がる。
夏は、特に返事をせずに座ったままの皐月の腕を引っ張って立たせる。
「ほら、皐月も行くよ」
「は、はい。分かりました」
皐月は、困惑しながら夏に連れられていく。その後ろを、青菜は見守るように歩く。
三人は、カフェを出て、場所を移動する。
ほとんど人の気配がしない校舎に、夏、青菜、皐月は来ていた。職員室の前を通れば、やや人影が見える。そこからはパソコンを打つ音がよく聞こえてきていて、仕事で忙しそうだ。
そんな中、夏たちは新香山先生を空き教室へと呼び出した。
新香山先生は、疲れてそうな顔をしている。
「春休みにどうしたの?」
夏は、真剣な目で新香山先生のことを見る。
「先生。僕、皐月の記憶を取り戻しました」
「え、えーっと・・・・・・」
「だけど、縁繋ぎの影響で今度は皐月の記憶が完全になくなっちゃって、今大変なことになってて」
新香山先生は、不思議そうな顔をしている。
「えっと、ごめんね。まず、聞きたいんだけど、その子誰? 学校に部外者を入れちゃダメだよ」
新香山先生の手は、皐月のことを指していた。
夏は、びっくりした表情をする。
「え? 皐月です。ほら、僕の初恋の女の子で、何より先生の親戚でしょう?」
「この子が親戚? んーっと、確かに私は親戚が多いけど、こんな子は一度も見たことがないよ」
「そんなはずないですよ。先生、ふざけてる場合じゃないです」
「美上くん。私がふざけてるように見える?」
「見えません」
「だよね。本当に知らないんだよね。ごめんね」
困惑している夏を、青菜は心配そうな目で見る。
「夏・・・・・・先生、健太さんのことって覚えてますか?」
「健太さん? また私の親戚かなんか?」
「え? じ、じゃあ、華さんのことは?」
「華さん? ごめんね。いろいろ名前を並べられてもよく分かんない。その二人は、私関係のある人なの?」
「めちゃくちゃあります。先生の方が二人のことに詳しいはずです」
「んー、分からなし、知らないなー」
「そう、ですか」
コンコンコンと、教室のドアを叩く音がした。そのドアがガラガラと開く。そこに現れたのは、優だ。
「お話中失礼します。って、先輩? こんなところで何をしてるんですか?」
「ちょっと先生と話があっただけ。そっちこそどうかしたの? もしかして僕に会いに?」
「先輩」
「なんだよ」
「ふざけていい雰囲気じゃない気がするんですが、どう思いますか?」
「ごめん」
青菜は、不思議そうに夏の耳に顔を近づける。
「夏の知り合い?」
「まあ。年下の知り合い」
優は、新香山先生に近づく。
「先生。言われたことは終わりました」
「お、早いね。さすが綾里さん」
「いえいえ」
「今日のやることは全て終わったからもう大丈夫だよ。ありがとう。お疲れ様」
「お疲れ様です」
夏は、思い出すかのように優を止める。
「綾里! ちょっと待って!」
「先輩どうしたんですか? そんな大きな声を出して」
「いや、ちょっと聞きたいことがあってさ」
「え? なんですか? 彼氏いるとかそういうエロい質問は答えませんよ」
「ふざけていい雰囲気じゃないぞ」
「これでおあいこです」
「いや、勝ち負けとかないだろ。というかそんなことより、綾里。皐月って覚えてるか?」
「皐月?」
「ほら、中学の頃、バスケ部の先輩だった」
「んーっと、誰ですか?」
「綾里。それ、まじで言ってる? それとも冗談?」
「まじです。この顔が冗談に見えます?」
「頼む。冗談だって言ってくれ」
「何度聞かれても結果は同じですよ。おおまじです」
「まじかー」
夏は、深くため息をつく。
「先輩。なんか、ごめんなさい」
青菜は、夏のことを睨む。
「夏。女の子に悲しい思いさせちゃダメだよ」
「いや、そういうつもりじゃなかった」
「だとしても、受け手の感じ方を考えてよ」
「ごめん」
青菜は、優のことを穏やかな目で見る。
「ごめんね。大丈夫だよ。全部夏のせいだから」
「あ、いえ。そんなことは」
青菜は、しょんぼりしている夏に呆れた視線を送る。
「それで? 夏は満足?」
「うん。聞きたいことは聞けた」
「これで何が分かるの?」
「華さんは常に先手を打ち続けてるってことだよ」
「どういうこと?」
「先生と綾里は、人間の皐月と関わりが深かったんだ。その二人ともが皐月に関する記憶を失っているということは、つまり・・・・・・」
「華さんが、絶縁剣でこの二人と皐月の縁を絶ったということだね」
「そう。だから、僕たちは出遅れている」
「そうだね。早く絶縁剣を奪わないと。夏、そろそろ行こうよ」
「ちょっと待って。青菜は、行かない方が良いかもしれない」
「なんで? 私も協力するよ」
「今、皐月の記憶が残っているのは、僕と青菜、それに健太さんだ。健太さんは、除いて、次に華さんに記憶を狙われるのは、青菜だよ」
「夏は?」
「もちろん僕の可能性は全然ある。だけど、ほとんど何も手をつけてない人間は、青菜しかいない」
「でも、私は黙って帰りを待ってるだなんてできない。できることはしたい。たとえ、そこに危険があるとしても」
「分かった」
夏は、先生と優のことを見る。
「先生、ありがとうございました。綾里も。実はあとでここに呼ぶ予定だったけど、たまたま来てくれたから助かった。ありがとう」
優は、心配そうな顔で夏のことを見る。
「先輩?」
「ん? どうかした? そんな顔して」
「疲れてない?」
「まあ、最近いろいろあって疲れてるちゃ、疲れてるかも」
「なにがあったかはしれないですけど、ちゃんと休んでくださいね」
「うん。ありがとう」
夏と青菜は、目を合わせて頷き、皐月を連れて教室を出る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます