第7話 皐月に関しての記憶、呼び起こす可能性を見つける。
翌日。
夏は、学校の廊下を一人で歩いていた。その様子は、めんどくささが体や歩き方から滲み出ている感じだ。
夏は、前方から女子が歩いてきているのに気づく。その女子も同タイミングくらいで夏の存在に気づいた。女子は、夏を見て嫌そうな顔をする。
「なんでいるんですか?」
「なんでって酷いな。久しぶりに僕と会えて嬉しくないの?」
「あなたと会えて嬉しいわけないじゃないですか、ナンパ師」
「おい、誰がナンパ師だ。綾里優」
「冗談ですよ。てか、なんでフルネームなんですか。気持ち悪いです」
「じゃあ、なんて呼べばいいんだ?」
「普通に綾里さんとか優さんとかでいいですよ」
「なるほど。分かった、綾里」
「いきなり呼び捨てですか。そうですか。まあ、こっちが年下なのでいいですけど」
「綾里はなんで今日学校にいるの? 春休みじゃないのか?」
「私は、ボランティアで先生の手伝いをしているんです。真面目なので」
「くそ真面目かよ」
「別にいいじゃないですか。ほっといてください。それより先輩こそなんで学校にいるんですか? 間違ってもボランティアを進んでやる人ではないですよね?」
「分からんよ。もしかしたら、僕が人助けに目覚めたかもしれないよ?」
「そうあって欲しいです」
「まあ、残念ながらそうじゃないけどね。僕は、新香山先生に呼ばれて補習みたいな? そんな感じ」
「そうなんですか。残念です」
夏は、優の顔を見ながらぼーっと何かを考えている。優は、怪しむような顔をする。
「先輩、なんですか?」
「綾里ってさ、中学ってどこだっけ?」
「急になんですか? 栄生中学校ですけど」
「あ、そうなんだ。僕たちと同じか」
「それがなんですか? 怖いですよ」
「皐月っていう人のこと知ってたりする?」
「バスケ部の皐月さんですか?」
「あ、そうそう。僕と同い年の女子」
「知ってますよ」
「だよなー、知らないよなー・・・・・・知ってるのか!?」
「え? はい、知ってます」
「どういう人だったか鮮明に覚えてる? 例えば、こういう容姿してたなーとか、皐月との思い出とか」
「はい、覚えてます。確か、バスケ部にしている明るい先輩で、男女ともに好かれる感じの人でした。私もバスケ部だったので、関わることも多少ありましたよ」
「そうだったんだ。というか、綾里が運動部に入ってたことにも驚きだよ」
「なんでですか。私とて運動くらいできます。文武両道は、学生の基本です」
「さすが、真面目だ。僕は、なにぶん勉強が苦手でね。特に英語が。外国語なんて何書いてあるか解読不明だよ」
「そんな大袈裟ですよ。未発見の古代文字じゃないんですから」
「そうであって欲しかった」
「というか、今日はなんの補習なんですか?」
「あーっと、昨日、特別登校日があったでしょ」
「はい、ありました。二時間くらいで終わっちゃいましたけどね」
「そうなんだ。二時間か、短いな」
「そうなんだ? まさかサボったんですか?」
「サボったわけじゃないよ。すっかり忘れてただけ」
「先輩。ちゃんとしてください」
「ごめん」
「じゃあ、今日学校に来ているのは、昨日来てないからその振替でってことですか?」
「多分そうだと思う。実は、僕もよく分かってないんだよね」
「そうなんですね」
優は、スマホで時間を確認する。
「あ、そろそろ行かないと。先輩、補習頑張ってくださいね。サボらずに」
「うん。今日はさすがに行くよ。行かないとあとが怖いし」
優は、小走りで職員室の方向へ向かっていった。夏は、その反対側へとゆっくり歩いていく。
校舎の一番奥にある部屋に夏、青菜、新香山先生がいて、それぞれ椅子に座っている。夏と青菜が横並び、その対面に新香山先生がいる構図だ。教室の左側にある窓からそよ風が断続的に吹いてきている。
新香山先生は、ややムッとした顔で夏と青菜のことを見る。
「二人とも反省はしてる?」
「「はい」」
「それならよろしい」
夏は、驚いた顔をする。
「え? それだけですか?」
「何? 今日、私に説教されるとでも思ったの?」
「はい。説教された挙句、反省文を最低でも五枚は書かされるかなと思ってました」
「妙案ね」
「勘弁してください」
「冗談よ」
新香山先生は、真面目な顔をして、二人のことを見る。
「今日呼んだのは、昨日のプリントを渡すためが一つ、もう一つは二人と話したいことがあったから」
「話したいことですか?」
「そうよ、夏くん。大事な話」
「大事な話? まさか僕は今からここで先生にプロポーズされるんですか?」
新香山先生は、大きなため息を口からこぼす。
「そんなわけないでしょ。ふざけてないで、大人しく座ってなさい」
「はい。すみません」
「えーっと、それでね、大事な話っていうのは皐月のこと」
青菜は、不安そうな顔をする。
「皐月に何かあったんですか?」
「あったというか、現在進行系の状態なんだよね」
「それじゃあ一体今、皐月に何が起こってるんですか?」
「それは二人の方がよく知っているかもしれないね。私は、皐月がまとっていたあの羽衣を見て、昔を思い出せた」
「先生は何者ですか?」
「私は、ただの人間であり、教師だよ。ただ私の友達は、残念ながら天女になってしまったけどね」
「「!?」」
夏と青菜は、目を見開いて固まる。
「その天女っていうのは、二人はもう出会ったかもしれない。名前は、華」
夏は、真剣な顔をする。
「それじゃあ、健太さんのことも知ってるんですか?」
「健太くんね。もちろん知ってる。彼は華ととても仲が良かった。まるで、恋人かのように。付き合っていたかどうかは分からないけどね」
「・・・・・・先生。皐月はこれからどうなるんですか?」
「健太くんのことを知ってるってことは、時間停止した世界で彼と会ったの?」
「会いました」
「じゃあ、彼からすでに色々聞いているとは思うけど、皐月はこのままだと、間違いなく天女になる」
「本当なんですね」
「うん。華も同じ道をたどって、天女になってしまったんだ」
「どうすることもできなかったんですか?」
「何もできなかった。もちろん私と健太くんは、できる限りのことはしたつもり。だけど、私たちは華を助けることができなかった」
「そうだったんですね」
「私は昨日、皐月と会って過去の全てを思い出した。ずっと後悔と悔しさが記憶と共に溢れ出てくる」
「先生・・・・・・」
「感情的になってごめんね」
「いえ、全然」
「私は、夏くんたちにこんな想いを背負って生きていて欲しくない。だから、今日二人と話したかったの」
夏と青菜は、お互い目を合わせた。その後、夏は慎重に口を開く。
「先生。聞きたいことがあって」
「なに? 私で答えられるならなんでも聞いて」
「ありがとうございます。どうやったら僕たちが皐月のことを思い出せますか?」
「それってもしかしてこの状況になる前の皐月のことを思い出したいってことだよね?」
「はい、そうです。高校以前の皐月のことをほとんど覚えてないし、青菜に至っては完全に忘れてしまっている状態です」
「なるほどね。私も昨日まで華の記憶は完全に忘れてた」
「皐月の何がトリガーで思い出せたんですかね」
「これは推測だけど、多分羽衣だと思う」
「羽衣ですか?」
「そう。実は、私が華と出会った頃には、すでに華は羽衣をまとった状態だったんだ。だから羽衣を見て、華のことを思い出せたのかもしれない」
青菜は、難しい顔で何かを考えている。
「強く印象に残っている要素だからってことですかね」
「さすが、青菜さん。多分、そういうことだと思う」
「だとすれば私たちも、皐月に関する強く印象的に残っている要素があれば、以前の皐月のことを思い出せるかもしれないってことですね」
「そうなるね」
「でも、それってなんだろう。無数にある気がするし、印象に残っていそうなことすら全く見当もつかない。夏は思い当たるものない? 完全には忘れてないんでしょ?」
夏は、腕組みをしながら考え込む。
「んー、完全に忘れてないって言ってもぼんやりとだし、それに覚えていることはかなり少ないんだよね」
「じゃあ、私たちが取れる手段は、皐月から昔の話を聞きながら手当たり次第って感じしかなさそうだね」
「そうかもしれない」
新香山先生は、椅子から立ち上がる。
「二人とも、困ったらいつでも相談においで。それに私じゃなくても、健太くんが解決策を探してくれるかもね。なんにせよ、これからやることは決まったね」
新香山先生は、夏のことを見る。
「夏くん。そういえば、進路についてはちゃんと考えた?」
「僕はやっぱり文系の大学に行きます」
新香山先生は、優しく包み込むような目をする。
「そういうところ、健太くんによく似てる」
「そういうところってどういうところですか?」
「そうやってずっと意地張ってるところ」
新香山先生は、両手をパンと叩く。
「今日は終わり。昨日のことはこれで見逃してあげるから。次にやることは分かったでしょ?」
夏は、どこか不服そうな顔をしている。
「はい。分かりました」
「なら、よし。またね。なんかあったら学校に来て。先生は毎日いるから」
新香山先生は、教室から出て行った。
青菜は、夏の様子を伺いながら顔を見る。
「大丈夫?」
「うん。大丈夫」
「なら、良かった。それでどうする?」
「何が?」
「新香山先生の言う通り、これから皐月に会いに行って、私たちの中で皐月に関して印象的に残っていそうなこととかを探す?」
「そうだね。今はそれしかないと思う。思い出作りって言っても、それだけでは限度があるし」
「うん、分かった。じゃあ、行こっか」
「うん」
「皐月には連絡入れとくね」
「ありがとう」
夏と青菜は、教室を出た。
夏、青菜、皐月は、某ファミレスに来ていた。そこは、栄生駅から徒歩でおよそ十五分かかり、康生通りにある店舗だ。
夏たちは、中央よりでドリンクバーが見える席だ。ピークタイムではないので、店内はちらほら程度にお客さんがいる。
青菜は、新香山先生と話したことを皐月に説明した。
「ていうことなんだけど、皐月は心あたりない?」
「んー、二人が感じた強い印象ってことだから、私は分からないと思う」
「だよねー。どうしよう」
「でも、一つだけあるにはある・・・・・・かも?」
「本当に?」
「うん」
皐月は、夏へ視線を移してじっと見つめる。
「夏?」
「ん?」
「記憶として残ってるか分からないけど、私と夏が初めて出会った場所って覚えてる?」
「えーっと、ごめん。全く記憶ない」
「そうだよね。その場所に行けば何か変化が起こるかもって思ったんだけど、行ってみない?」
「行くって、今から?」
「うん。行ってみたい」
夏は、どうしようと言わんばかりの表情で青菜の目を見る。青菜は、穏やかな目をする。
「二人で行ってきなよ。私のことは別にいいからさ」
「いいの?」
「なんで私の許可がいるの?」
「まあ、確かに」
「それに、その場所に行って夏が皐月に関しての記憶が蘇ったら儲けものでしょ」
「そうだね。行こうか」
皐月は、青菜に対して申し訳なさそうな顔をする。
「ごめんね、青菜。今日わざわざ来てくれたのに」
「全然いいよ。どうせ今日は学校に行くために外出してたし、大丈夫だよ」
「ありがとう」
皐月は、青菜のことをじっと見る。青菜は、そんな皐月に不思議そうな目を向ける。
「どうしたの? 私の顔に何かついてる?」
「何もついてないよ」
「ん? じゃあ、どうしたの?」
「青菜のことを見てたら、昔のことを思い出しちゃった。青菜と初めて出会った日のこと」
「ごめん。全く覚えてない」
「全然、気にしないで。私がなんとなく思い出しちゃっただけ。青菜は、新しいクラスになって、ぼっちしてる私に優しく話しかけてくれたんだ。それをふと思い出して、にやけちゃった。思いだし笑いってやつ」
「いや、どこにお笑いの要素があったんだよ」
「違うよ。嬉しかったなーってこと」
「というか、皐月ってぼっちだったの?」
「そうだよ。特大ぼっち」
「そんな誇らしく言うこと? 自分で言ってて恥ずかしくならない?」
「なる」
「だよね。私だったら、恥ずかしくて不登校になるかも」
「そんなに!?」
「冗談だよ。恥ずかしいと思うのは事実だけどね」
「なんだ」
「それじゃあ、青菜。私と夏はそろそろ行くね」
「うん。分かった」
皐月は、ドリンクを飲み干して、夏のことを見る。
「夏、行こう」
「そうだね」
二人はお金を机に置いて、青菜をファミレスに残したまま出て行った。
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