第8話「王女の誤算と不当な要求」

 王宮の謁見の間。そこは俺が追放を言い渡された因縁の場所だった。以前は隅の方に立たされていた俺が、今や賓客として玉座に座るセレスティア王女と向かい合っている。皮肉なものだ。


「息災そうで何よりですわね、アッシュ。ずいぶんと羽振りがいいと聞いていますわ」

 セレスティアは扇子で口元を隠し、探るような視線を向けてくる。その隣には苦虫を噛み潰したような顔をした勇者カイトが控えていた。


「ええ、王女殿下のおかげで自由にやらせてもらっていますよ」

 俺が嫌味たっぷりに返すと、セレスティアの眉がぴくりと動いた。


「単刀直入に言いましょう。あなたの商会『アナリティクス』の急成長は我が国の経済を脅かしています。よってこれよりあなたの商会に対し特別事業税を課すことを決定しました。税率は利益の9割とします」


 予想通りの展開だったが、9割とはふっかけてきたものだ。これは税金というより略奪に近い。

 俺の後ろに控えていたリノアとフェンが息を呑むのが分かった。


「9割ですか。それはまた随分と思い切ったご決断で」

 俺は冷静に返す。

「当然ですわ。国に富をもたらすのは王家の務め。一介の商人が富を独占するなど許されることではありません」


 セレスティアは俺が素直にこの要求を飲むとでも思っているのだろうか。彼女の目には俺がまだ、あの頃の無力な『役立たず』に映っているらしい。大きな誤算だ。


「お断りします」

 俺ははっきりと告げた。

 謁見の間が静まり返る。セレスティアは信じられないという表情で俺を見つめている。


「……今、何と?」

「聞こえませんでしたか? お断りしますと申し上げたのです。そのような不当な要求に応じる義理はありません」


「無礼者! 王家の決定に逆らうというのですか!?」

 セレスティアが声を荒らげる。

「逆らう? 人聞きの悪いことを言わないでいただきたい。俺はただ俺の財産を守ると言っているだけです。それに王女殿下、あなたこそご自分の足元が見えていないのではないですか?」


 俺はスキルで集めたデータを突きつける。

「最近、国内の物流が滞り物価が高騰。治安も悪化している。その原因は勇者パーティーのダンジョン攻略失敗による魔石や鉱物資源の供給不足。そして近隣諸国との外交関係の悪化による輸入関税の高騰。これら全てあなたの失政の結果です。違いますか?」


 俺が淡々と事実を述べるとセレスティアの顔が青ざめていく。

「なっ……! でたらめを!」


「でたらめではありません。全てデータに基づいた事実です。あなたは、その失政の穴埋めを俺の商会から搾り取ることで解決しようとしている。そんなやり方が通用するとお思いですか?」


 俺は立ち上がりセレスティアを真っ直ぐに見据えた。

「王女殿下。俺はもうあなたに生殺与奪の権を握られた無力な人間ではありません。俺の商会が今、この国の物流と経済のどれだけの部分を担っているかお分かりでないようですな」


 俺の言葉にカイトが前に出た。

「アッシュ! 王女殿下に対して無礼だぞ!」

「黙りたまえ、勇者カイト。君は議論の前提となるデータを持っていない。その状態で私と話すのは時間の無駄というものだ」


 俺が冷たく言い放つとカイトはぐっと言葉に詰まった。

 俺はセレスティアに向き直る。


「選択肢を差し上げましょう。一つは、この不当な要求を撤回し我が商会と正式な協力関係を結ぶこと。俺の分析能力を使えばこの傾きかけた国を立て直すことも可能でしょう。もちろんそれ相応の対価はいただきますが」

「……」

「そしてもう一つは、このまま俺の商会に喧嘩を売りこの国の経済を完全に破綻させること。俺が全ての取引を停止させれば、明日にもこの国は機能不全に陥ります。パン一つ買えなくなるでしょうな」


「……脅しているのですか?」

 セレスティアが震える声で言った。

「いいえ、未来予測です。俺の得意分野なので」


 俺は不敵な笑みを浮かべた。

「どちらを選ぶかは王女殿下、あなた次第です。良いお返事をお待ちしていますよ」


 俺はそう言い残しリノアとフェンを連れて謁見の間を後にした。

 背後でセレスティアが何かを叫んでいたが、もはや俺の耳には届かなかった。


 形勢は逆転した。

 追放された役立たずが今や王家の運命を握っている。

 だがプライドの高いあの王女が素直に頭を下げるとは思えない。きっと何か次の手を打ってくるだろう。


「アッシュ、大丈夫なのか? 王家を敵に回すなんて……」

 フェンが心配そうに尋ねる。

「問題ない。全て予測の範囲内だ。むしろ面白いことになってきた」


 俺はすでに次の一手を打つ準備を始めていた。

 王家の不正、貴族間の力関係、全てデータとして俺の頭の中にある。

 チェス盤の駒は全て俺が握っている。あとはどうやってチェックメイトに持ち込むかだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る