第6話「王都の不協和音と勇者の焦り」
俺たちが黒鉄の森の遺跡から生還しギルドに報告に戻ると、そこは水を打ったように静まり返った。誰もが俺たちが死んだものと思っていたのだろう。受付嬢は目を丸くし、昨日まで俺たちを嘲笑っていた冒険者たちは信じられないものを見る目でこちらを見ている。
「依頼達成……だと? あのストーンゴーレムを倒し遺跡から生還したというのか……?」
ギルドマスターが直々に出てきてフェンが持ち帰った古代の本を確認し、驚愕の声を上げた。
報酬の金貨50枚とギルドランクの特例昇進。俺たちの名前は一躍、王都の冒険者たちの間で知られることになった。『データ分析のアッシュ』『神速のフェン』『癒しのリノア』。いつの間にかそんな二つ名まで付けられていた。
もちろん俺はそんな評価に興味はない。重要なのは実利だ。得られた報酬で俺たちは装備を新調し、王都の一等地に活動拠点となる家を借りることができた。
一方で俺を追放した勇者パーティーは苦戦を強いられているようだった。
「聞いたか? 勇者様の一行、またゴブリンの洞窟攻略に失敗したらしいぜ」
「アッシュがいた頃はもっとスムーズだったのにな」
「勇者様の力任せの戦い方じゃ罠とかには対応できないんだろう」
街で聞こえてくる噂を俺はスキルで収集し分析する。
《対象:勇者カイトパーティー》
《直近の活動記録:ダンジョン攻略失敗3回、依頼達成率45%(アッシュ在籍時は92%)》
《パーティー内不和の発生確率:88%》
《王宮からの評価低下予測:-40ポイント/月》
「自業自得だな」
俺はつぶやきながら、淹れたてのコーヒーを口に運んだ。俺がいなくなったことで、彼らのパーティーがいかに非効率で、行き当たりばったりな戦略で動いていたかが露呈したのだ。俺は彼らのリスク管理とリソース配分を最適化する縁の下の力持ちだった。その重要性に彼らは今頃になって気づき始めているのだろう。
その頃、王宮では――。
「カイト! いったいどういうことなの! なぜこれしきの任務もこなせないのですか!」
セレスティア王女が勇者カイトを厳しく叱責していた。彼の鎧は泥にまみれ所々が破損している。
「申し訳ありません、セレスティア様……。ダンジョンの構造が思った以上に複雑で……罠にかかり多くの兵を失いました」
カイトは悔しそうに拳を握りしめる。
「言い訳は聞き飽きましたわ! あなたがいればどんな困難も乗り越えられるのではなかったの!?」
「それは……。ですがアッシュがいれば、あの罠の位置も事前に……」
カイトがうっかり俺の名前を口にした瞬間、セレスティアの表情がさらに険しくなった。
「まだあの役立たずの話をするのですか! あなたが不甲斐ないからあのような男が必要になるのです! しっかりなさい!」
セレスティアはそう言って踵を返したが、その内心は穏やかではなかった。
(アッシュ……。あの男が抜けてから確かに全ての歯車が狂い始めている……。偶然よ、きっと偶然に決まっているわ)
それだけではない。最近、国の経済状況も悪化しているという報告が上がってきている。原因不明の物流の停滞、不作による食料価格の高騰……。問題は山積みだった。
セレスティアは自分たちがアッシュという重要なパーツを自ら捨ててしまったことに、まだ気づいていなかった。いや気づきたくなかったのかもしれない。
俺たちの拠点ではフェンが持ち帰った古代の本の解読が進んでいた。古代文字は難解だったが、リノアがエルフの知識を活かし俺がデータ分析で文字のパターンを解析することで、少しずつ内容が明らかになっていった。
「分かってきました……。フェンさんの一族の病は呪いの一種のようです。特定の条件下でしか育たない『月の雫』という薬草が必要みたいです」
リノアが興奮した声で報告する。
「月の雫……! それはどこにあるんだ!?」
フェンが身を乗り出す。
俺はスキルを起動しデータベースと照合する。
《アイテム『月の雫』》
《生育条件:魔力が満ちる月の夜、標高3000メートル以上の高地、かつ清らかな水辺》
《該当する場所を検索……完了》
《候補地:竜の牙山脈、山頂付近の湖》
「竜の牙山脈か……。また面倒な場所だな」
そこは凶暴な飛竜が巣食うと言われる、大陸で最も危険な場所の一つだ。
だがフェンにとっては一族を救う唯一の希望だった。
「行くぞアッシュ、リノア! どんな危険な場所でもあたしは行かなきゃならないんだ!」
「落ち着け。行くのはいいが、無策で突っ込むのは愚の骨頂だ。まずは情報収集と準備。勝率を限りなく100%に近づけてから挑む」
俺は冷静にフェンをいさめた。
勇者パーティーの二の舞になるつもりはない。俺たちのやり方は常にデータに基づいた最適戦略だ。
俺たちの新たな挑戦が始まろうとしている一方で、王都では勇者たちの評判が日に日に落ちていく。その不協和音はやがて国全体を揺るがす大きな亀裂へと繋がっていくことになる。
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