第2話炎の神と名前

記録──残された神と廃神社

 この場所に留まってから数日が過ぎた。

順調にこの地の怪異と神を回収していく。

 とある地蔵の神から話を聞いた。

 〈あそこの山の神社には行ったかい?〉

 「神社?」

 〈あぁ、あそこにも一柱居るよ。ただ、多少厄介だけど〉

 地蔵の神は、そのまま青年の鈴に入り込んだ。

 「…この上の神社か…」

 見上げると、うっすらと霧がかかる中、ボロボロになっている鳥居を見つけた。

 「…行くか」

 ざわざわと風で木々の葉が音を立てる。

 足元の草を踏み倒しながら、上を目指して歩く。

 〈この神社は、数年前大火事にあってそれ以降人が居なくなってな〉

 〈一人娘だったそうだ。娘が炎を撒き散らしたと嘆いておった。両親は死に、もう訪れないだろうと〉

 「…その娘は生きているのか?」

 〈あぁ、生きてる。またに夜、この神社に来ることがある〉

 チリン、と左手に付けていたブレスレットの鈴が鳴り出した。

 神社に近づくにつれ、その音は大きくなる。

 暫く歩き続けると、鳥居が目の前に現れた。

 炎で焦げたような跡。

 その周辺の雑草は黒く焼け焦げていた。

 まるで、ここだけ火事の時から時間が止まっているようだった。

 1歩、中へ入る。

 チリンチリン。鈴が鳴り止まず、鬱陶しいと感じ始めた頃。

 ─そこに、1人の女性が座って拝んでいた。

 「…あんたは」

男性のような顔立ち。金髪の長い髪。手にはきっちり派手なネイルをしている。

 「…誰?」

 女性は後ろを振り向く。

 青年は、ふと建物の後ろに目をやる。

 「…あんたが…ここの神社の娘か」

 霧で覆われ、風が強くなる。

 青年の揺れる髪が、虹色に見えた。

「…あんたに話がある」

 ♦

 女性は不思議に思いながらも、青年と神社内を歩く。

 「…ここ…あたしの家だったの」

 女性は、悲壮感を漂わせた。

 「…あたしの異能が…炎が…突然…制御出来なかった…そのせいで…」

 女性は、池があった周りを歩く。

 「…あんたの名前は?」

 青年が、女性に問いかけた。

 「…焔。神楽焔」

 ♦

 青年は自分の目的を話した。

 焔は、きょとんとしながらもある程度理解はしたようだった。

 「…私が、神様の存在を頑なに否定してたから…あの時異能が制御出来なかったのかも」

 焔はぽつりと呟いた。

 「…神様は信じてない。だって…私が神様に願った事…全部叶ったことなかったの」

 それだけで。それだけで神はいない、と叫んだあの日、炎が周囲を真っ赤に染まったのは、信仰がなくなり過疎になったこの地域で、信じられなくなった神の怒りの本心が、焔との思いで共鳴してしまった。

 「…この神社から…逃げられない。あたしは今でも夢に出る。あの日、炎にまみれたこの神社が…ずっと出てくるのは…神様がきっと…怒ってあたしに呪いをかけたと思ってる…」

 狛犬を撫でながら、焔はぽつりと涙を流した。

 「…今の生活も心から笑えなくなった。過去がどうしてもチラついて、あたしを幸せにさせないと思ってるように…」

 青年は静かに聞いていた。

 ざわざわと森が騒ぎ出す。

 本坪鈴が、突然カランカランと鳴り出した。

 「…な、何…?」

 霧が濃くなり、風もざわめく。

 「…これは」

青年が上を見る。

 そこには、建物よりも大きい、その神社に祀られていた神の姿が。

 「…あんたが、ここの神か?」

 青年が問う。

 「…か、神…様…?」

 焔はぺたりと座り込んだ。

 〈アンタがずっとずっと信じてなかった…ここに住まわされた神だよ…〉

 声が二重になり周りに響く。

 焔は震えながら、声が出せずにいた。

 〈アンタは特別だと思って能力を与えてやったのに…それすらも使いこなせなかったのは残念…選ぶ人間を間違えたなぁ〉

 「…あんたは、それでもこの娘を切り離さなかったのは何故だ?」

 青年はゆっくりと神の方へ近づく。

 〈…その女が…頑なに信じなかったからさ…無性に腹が立った…神社の巫女の癖に…〉

 徐々に神の姿が大きくなる。

 青年は、焔を背に″未来を視る″。

 〈あんたが嫌いになったから居場所を消してやったのに!それでもあんたは生きようとしてる!〉

 〈このまま燃やし尽くしても構わない…神楽家最後の1人…お前を…一族ごと消し去ってやる!!〉

 突然、周りが炎に包まれる。

 「うっ…うあわぁああ!!!」

 焔が苦しみだした。

 指先から止まらない、炎の引火が周りを真っ赤に染まらせていく。

 青年は知っていた。

 ほんの一瞬先に焔がどう叫ぶか、どの指が震えるか、どの痛みが彼女の笑顔を消すか。

 全ては視えている。可能性は解析され、結論は既にそこにある。

 だが視えているからといって、手を伸ばすことが救いになるとは限らない。

 青年はそれでも静かに息を吐き、膝の上で指先を冷たくする。

 「……俺が背負えば、それでいい」

 その言葉は呟きにも満たず、しかし確かな意志となって焔の耳へ届いた。

 「なんで…!なんであなたが…!」

 焔は、苦しみながらも状況を把握していた。

 青年が、自らの苦しみを吸収している。

 身体が軽くなる。その変わりに、青年の周りを炎が渦巻いていく。

 「…これ以上殺してもあんたは報われない」

 〈だったらアタシも怪異になって人間を殺すわ!その方が認知される!〉

 「…あんたが生まれた理由はなんだ?」

 青年は、右手の家紋に傷を付けて血を出した。

 そしてその血液から槍を創り出した。

 「…少なくとも、あんたは忘れ去られてない」

〈…アタシが生まれた理由なんてとっくに忘れたわ!誰が覚えてると?人間は覚えないしアタシを忘れてく!〉

 神の炎を避け、ふらりと前へ足を出す。

 足元には、炎が舞っている。

 「…だったら、俺があんたを思い出す」

 血液の槍が、ひゅっと神の真ん中に集中し貫いた。

 殺す未来も予測していた。

 だが、あえて殺さずに神の力を残した。

 神は、崩れさりながら悲鳴をあげる。

 〈うわぁぁあああ…!!なんで…アタシが…〉

 神は苦しみながら、どさりと倒れた。

 神の姿は、消えた…と思ったが、足元を見た。

 そこには小さくなった日本人形のような姿で蹲っていた。

 「…俺があんたを信仰する」

 神は、ゆっくりと立ち上がった。

 周りの炎は消え去っていく。

 〈…本当に?〉

 先程より声は弱々しくなった。

 神の力が無くなったわけではない。神自身が封印に近い状態になる。

 「…俺があんたの思いを背負う」

 青年はシャリン、と袖からブレスレットを出した。

 中には神と怪異を封印する鈴が沢山付いている。

 「…これからもあんたを役に立たせる。…これは契約だ」

 シャリン、とひとつの鈴が鳴り出す。

 〈…そこまで言うなら…わかったわ〉

 神は、ふわりと鈴の中に入った。

 〈絶対約束よ。あんたが忘れたら呪うから〉

 その言葉を聞き頷く青年。

 そして、後ろを見た。

 「…大丈夫か?」

 焔は、何が起こったのか分からずにいた。

 ただひとつわかったのは、この青年が助けてくれた事だった。

 「…助けてくれたんだね……ありがとう」

 「まぁ…」

 青年は少し照れながらも、立ち上がる焔を支えた。

 「…手が…血が出てる。待ってて、救急箱を…」

 「あ、いやいい…」

 必要ない、と言おうとしたがすぐに取りに行ってしまった。

 青年は霧が晴れたこの廃れた神社のお賽銭がある傍で座り込んだ。

 「…はぁ」

 ため息をついた。

 血液の武器を創るのは、それなりに代償がいるのだ。

 髪色が薄く緑色になる。苦しくなる時、この色に変化する。無意識に青年は自分の感情を殺そうとする。

 ♦

 暫く待った後、焔が救急箱を持ってきた。

 「…あたしの為に無茶してくれたのに…あたしは何も出来なかったな」

 焔は青年の手当をしながら、ぽつりと呟いた。

 「…あたしの苦しみまで…」

 青年は気にしてないと言った。

 思い出したように、青年は口を開く。

 「…居場所、ないんだろ?だったら…俺と一緒に来ないか?」

 「えっ…?」

 焔が手を止めた。

 「…別に強制では無い。あんたが決める事だ」

 ひらりと、小さな紙を渡した。

 「…気が向いたら連絡してくれ。俺はここにいる」

 その紙には、住所と電話番号が書かれていた。

 「…」

 焔は、山を下る青年の背中を見守った。

 

 記録──新しい居場所

 後日。

 廃れた街の、路地裏入ってすぐの小さなビル。

 大量の本を並べていた時だった。

 ─チリンチリン。ドアの鈴が小さく鳴り響いた。

 「…こんにちは」

 焔だった。

 「あんたは、この前の…」

 青年は手を動かすのをやめた。

 「…決めたんだ」

 焔が、嬉しそうに紙を撫でる。

 「…決めた?」

 「…あなたが助けてくれた…あたしの苦しみさえ、あなたが受け止めてくれたから」

 青年がチラリと、鈴を見る。

 知らん振りしてる、神の姿。

 「…あと…昨日夢で見た。神様が…こいつを逃したら絶対後悔するって言われた…」

 焔は肩を落とした。

 青年は、ふと笑った。

 「あぁ…」

 「今度は…あなたをあたしが支える」

 焔は、青年に近づいた。

 「あたしに役目があるなら、まだ生きようと思う。これは…あたしの本心だよ」

 青年は、ふっと笑った。

 「…決まったな」

 「…うん」

 焔は、青年の手を握った。

 「…よろしくね。お兄さん」

 ♦

 その日の夕方。

 焔は一日中、家の片付けに追われていた。

 部屋には、コスプレ衣装と、大量にある漫画とアニメのグッズが飾られている。

 「準備出来たか?」

 カチャリ、と部屋のドアが空いた。

 青年は手伝いに焔の家に来ていた。

 「まってて!今荷造りするから…」

 「必要ない」

 青年は即答で答えると、ふと目を瞑った。と思った瞬間、指先をひゅっと上げた。

 「何を…」

 言いかけた瞬間、部屋は空っぽになった。

 「…え?」

 一瞬の出来事で、焔はぽかんとなった。

 さっきまでごちゃ付いていた部屋が、一瞬で空っぽになったのだ。

 「行くぞ」

 青年はふらりと部屋を出た。

 事前にシンから話は聞いていた。

 目の前で見た光景が、本物だと思うまで、暫く時間が掛かった。

 ♦

 青年の後を追い、部屋を出た。

 廊下があったはずだった。だが、そこは全く別の部屋になっていた。

 「…え…?ここは…?」

 中に入ると、青年がいた。

 そしてもうひとつ、有り得ない光景があった。

 その部屋は既に焔の荷物で溢れていた。

 まるで、別部屋に自室を再現したかのような。

 「…すごい…」

 目の前の状況に理解するのに数分かかった。

 「あとは自由に使ってくれ」

 青年から、部屋の鍵を渡された。

 そこには部屋番号「201」と書かれていた。

 「最初にあんたが来たビルが俺の活動場所だ。何か用があればそっちに行けばだいたいそこに居る」

 青年はドアを開け、隣のビルに足を運んだ。

 焔もその後に着いて行った。


 記録──契約

 焔は、青年と共にビルの屋上へ来た。

 「…これから契約をする。…俺との契約は、それなりにリスクがある。…それでも…あんたは来るか?」

 青年の声が微かに震える。

 これまで契約をしてきた者が、力に耐えられず″失敗″に終わることもあった。

 その理由だけではない。契約には代償が必要になる。

 たが、その代償は青年自身が背負うものになる。

 契約者は、神の力を手に入れる。これに耐えられた人間は、ほぼゼロに近い。

 「…決めたよ。何があっても、あたしはあなたを支える」

 青年は、ぎこちない笑みを浮かべた。

 「…なら、始める。俺は、何があっても…」

 ざわざわと風が靡く。

 足元に、炎が浮かぶ。

 ゆっくりと青年の目が開く。青年の右目が、炎のマークに変わる。

 全身から熱さを感じ取る。

 それは、焔ではなく、青年自身のものだ。

 「…ッ!」

 ぶわりと、周りの炎が激しくなる。

 相手から見えるか見えないか。そんな空気になった時、青年は苦しみだす。

 だが、その苦しみは相手には見えない。

 焔は見えなくなった青年を慌てて探し出す。

 「な、何…なにこれ…!」

 激しく炎が舞う中、焔の胸から光が増す。

 シャリン──

 胸元から現れたのは、神楽鈴だった。

 「…これは…?」

 ふわりと舞い、焔の足元に転がり落ちる。

 青年は、息を荒らげながら、契約を完了させた。

 「…ッ!はぁ、はぁ…」

 ふっと炎が消え、ふわりと周りを静寂に戻した。

 「…大丈夫か?」

 青年は、何事も無かったかのように振舞った。

 焔は、感じ取る。

 また、青年が同じ痛みを変わりに受けた事を。

 「…うん」

 シャリン、と神楽鈴を渡す。

 「…これは″神具″だ。自らの力を制御できるのと同時に、周りの邪心も払うことができる」

 「…なんでこの鈴なの?」

 「…さぁな。俺はそこまで分からない」

 ─全知全能の癖に。焔は、一瞬だけそう思った。

 「…意地悪」

 焔は、鈴を握りしめた。

 シャリン、と小さく鈴を鳴らした。


 記録──名前

 ビルの中へ入り、2人は2階の拠点に戻った。

 青年は書類の片付けを再開した。

 「…そういえば、あなたの名前…聞いてなかった」

 「…俺に名前なんて無い」

 青年は淡々と答えた。

 「え?」

 「名前は無い。呼ぶなら適当に呼んでくれ」

 「…だったら、あたしが名前付けてあげる」

 焔は身につけていたドッグタグを青年に渡した。

 一瞬考えた。

 出窓から夕日が差し込み、オレンジ色に染まる。

 青年にその光がかかる。

 青年の目の色が、オレンジ色に変わる。

 ふとある言葉が脳に浮かんだ。

 「…タソガレ…」

 ぽつりと小さく呟いた。

 「…え?」

 「…黄昏…夕暮れ時…夕方の…″ユウ″…どう?」

 ふわりと、室内に風が入る。

 夕日が差し込み、光を増す。

 「…悪くない」

 青年は、ふっと笑う。

 「…じゃあ、決まり。よろしくね、″ユウ″。」

 ″ユウ″と名付けられた青年は、渡されたドッグタグに名前を刻んだ。

 そのペンダントを、ユウは握りしめた。

 ユウは、この日を忘れない。自分を「1人の人間」と見られて、名前をつけてくれた焔と、その名を───。

第1章 1話 炎の神と名前 終


 記録──閑話 あだ名と名前

 ユウという名前を持った、その日の夜。

 拠点では、シンと焔、ユウの3人で作業をしていた。

 「へぇ、ユウかぁ、俺よりいいセンスしてるなぁ焔」

 シンは書類を整理しながら一息ついた。

 「え、そうかな…?」

 焔は少し照れながら答えた。

 「俺なんて名付けを即断られたぞ」

 それを聞いたユウは、表情を変えずに言い放つ。

 「お前が付ける名前ロクなのないからな。以前ペットに変な名前付けようとしてただろ」

 「そうなんだ…」

 「なんだ、いいじゃねぇか!俺は名前付けられても兄ちゃん呼びは変えないからな!」

 シンは立ち上がり、そう言い放つと、扉を閉めて出かけて行った。

 「…対抗してる…」

 ユウは呆れながらも、少し嬉しさを感じていた。

 この気持ちが、ユウの心を支えている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る