第22話 正体 上
王都の中に入ると、外からの人間を制限している分、人通りが少なかった。おかげで大通りもするすると歩いて行くことができ、以前より容易く待ち合わせ場所につけた。以前もエウロと会話したカフェだが、今日は満席ではなかった。前述の理由のせいだろう。
以前は姿を見つけるのに苦労したが、今日はすました顔で座っているエウロをあっさりと見つけ、ちょっと遅れてごめんって感じの雰囲気をかもし出すために、小走りで駆け寄り、一声かけた。
「すまないな、入場に手間取った」
「問題ないですよ。むしろ、急に呼び出したのは私のほうですから」
エウロの向かいの席に腰掛けた。少し冷静になって辺りを見回すと、やはり今日はどことなく雰囲気が違う気がする。和気藹々とした感じじゃなくて、空気が重い。気になるから、とっとと本題、私を呼び出した理由を知りたい。
「それでなんだが……緊急の用件とはなんだ? 移動用の魔法書までこちらによこしてまで、一体──」
と、食い気味にエウロに聞き立てると、一度手で待ったとジェスチャーをしてきた。
「呼び出したのはこちらですが、事は混み入っています。焦らず、一つずつ話していきましょう」
「えっ、なんか逆に怖いのだが……」
私のリアクションを無視して、エウロは紅茶を一口飲んだ。こんな時でも、お茶は欠かさない。一方私はちょっとドキドキしているので、流石にお茶を飲む余裕はない。
私を呼び出したからには私に関係する話なのだが、そんな王都を揺るがすほどの出来事に、心当たりはない。というか、そんな大事に首を突っ込みたくはない。勘弁してくれ……。
エウロはティーカップを一度机の上に置くと、珍しく意を決するように一呼吸置いて、話を始めた。
「私としても、今回の件に関してはどうにも話す順番に困るのですが……やはり、先に出てきてもらうとしましょうか」
「出てくるとは……何を……」
「聞いているのでしょう? 『オスクリタ』」
「──バレてたんだぁ! びっくりだねぇ!」
どこからともなく声がした。エウロは、オスクリタと言った。その名前は、かつて私の元に現れた、例の高位の魔族の名前である。こんなところにいるわけ、と、エウロに言い返そうとしたそのとき。
私の影が形を変え、平面が立体になり、色がついて姿を現した──山羊の角が頭にくっついた、オスクリタである。
「やっほ~、久しぶりだねぇ。光の大魔法士ルミエールに、風の大魔導士エウロ」
「──お前!」
なんのつもりか知らないが、こんな王都のど真ん中に姿を現すなんて。反射的に身構え、戦闘態勢を取った。が、オスクリタは堂々と椅子に座り、何もしない。エウロの方も、なぜか特に攻撃をしようとしなかった。
「ルーチェ、安心してください。周りにいる客は全員、魔法での戦闘が可能な人員です。私もいます。戦うよりも先に、聞き出さねばならないことが山ほどあるので、もう一度席に着いてください」
と、エウロは私に促してくる。こんなやつが真隣で座ってて、冷静になれというのは難しい……が、身体強化の魔法書一冊でこいつに勝つこともできない。いろいろとエウロにもオスクリタにも聞きたい事があるが、ともかく一度椅子に座り直した。
周りの空気が硬かったのは、客ではなく、カフェを貸し切って、戦闘員で固めていたからか。大事って感じだな。
「エウロ、何が起こってるんだ、どう考えても今すぐ倒すべきだろ、こいつ」
「意味ないよぉ、これ、分身だから。そ、れ、に。君らを殺したりするつもりは全くないから。攻撃もしないし、その点は安心してね」
私をあざ笑うかのような口調で、オスクリタが答えた。笑顔を絶やさないが、気味の悪い笑顔だ。それにしたって、分身だとしても、危険じゃないか?
エウロを睨むと、エウロは私の主張など意にもせず受け流し、オスクリタの動向をうかがいつつ、話を始めた。
「……では、経緯を話しますので、良く聞いてくださいね。まず、オスクリタがどこから現れたか、ですが、ずっとあなたの影に潜んでいたようです」
「マジで!?」
「はい。あなたにオスクリタの存在を聞いて以降、魔物対策の専門チームにオスクリタの調査を依頼していましたが、全く手がかりはありませんでした。私も頭を悩ませていましたが、つい昨日、オスクリタの魔法の特性と、その正体にたどり着きまして。オスクリタにバレないよう緊急と手紙に書いてあなたを呼び出したというわけです」
「すごいな……探偵かよ」
いつからか、といえば、もうタイミングは一つしかなく、魔法書店で最初に出くわして、ふっと姿を消してから、だろう。あそこで姿を見失い、どこにも見当たらなかったのは、北の果てに帰ったからではなく、私の影にずっと隠れていたからか。
それにしたって、良く王都まで呼び出したな。オスクリタに先に感づかれる可能性とか、いろいろ考慮した結果なのだろうが、エウロが魔法書店に来たほうが安全だっただろうに……。
ところで、その正体にたどり着いた、と言ったな、エウロは。
「で、正体はなんだったんだ?」
「それがですね、非常に頭を悩ませる事なのですが……」
「元闇の大魔導士、オスクリタだよ、ウチは」
「……ということのようです」
オスクリタは、自らその正体を明かし、エウロがいつになく困った顔で同意した。
しかし、それには大きな矛盾がある。オスクリタが闇の大魔導士なら、必ず会ったことがある。大魔導士・大魔法士が一度に集まって会議したことも確かにある。逆に闇の大魔導士にだけ会ったことがないなら、それはそれで覚えているはずだ。
一方、私は前に、オスクリタに初めて会った。以前に会った記憶はない。
そう説明すると、エウロもうなずいた。
「しかしですね……ルーチェ、あなたは闇の大魔導士の名前を覚えていますか?」
「ああ、過去に話したからな。ええと……あれ?」
思い出そうとするが、不思議と記憶が戻ってこない。抜け落ちている。確かに会ったことはあるはずなのに……。
「ええ、私もです。思い出せません。しかし、過去の日記を参照すると、確かに会ったことがありました」
「お前、日記つけてるんだな。長い付き合いだが、初めて知ったぞ」
「今はそれはどうでも良いことです。記録があるというのに、覚えていない……これが単なる記憶違いならばそれまでですが、あいにく私はボケていません。ということは──」
「……闇属性の魔法か。記憶に干渉するタイプの」
闇属性の魔法は、認識阻害、記憶操作、魔力吸収などなど、簡単にまとめるなら性格の悪い魔法に長けている。当然、私たちの記憶を改ざんするほどとなれば相当な魔法の使い手でなければならない。それこそ、大魔導士とか。
「で、事の張本人、これは合っていますか?」
「うんうん、良い感じだねぇ」
オスクリタはニコニコと肯定した。この場を楽しんでいるようだ。
「正体も何も隠さないな。何がしたいんだ?」
「今日は君らへのネタばらしが目的だからね。何でも答えてあげちゃうよ?」
「ならば聞かせてもらおう。なんのためにそんなまどろっこしいことしたんだ?」
「やりたいことがいっぱいあってね~。君らに目をつけられるわけにはいかなかったんだ~。例えば……君のインデックスを奪う、とかね」
ならば、私の魔法書、インデックスが盗まれた理由もうなずける。大魔導士ならば、そうそう入れないエリアにも易々と許可を得れるし、建物内の情報だって知り尽くしている。魔物が盗めるとは思っていなかったが、まさか同じ立場の人間だったとは。
「ルーチェ、気をつけてくださいね。オスクリタの情報が全て正しいわけではありません。むしろ、聞き出すために」
「そうかな? ちゃんとウチは正しいことだけ喋ってるよ? ウチの目的のために、大魔導士・大魔法士の中で、一番頭が回るエウロと、光属性の天敵なルミエールには、一度大人しくしてもらわないとってことで、いろいろやらせてもらったんだ。ね、エウロ?」
「大人しくと言ったって、エウロはまだ戦闘力には問題ないだろう?」
実際、今すぐオスクリタの分身を吹き飛ばせるはずだ。会話の意思があるうちは、聞き出したい事があるため、そうしていないだけで。
ところが、エウロは苦虫をかみつぶしたような顔をした。
「……これを言うとあまりに混乱しますので、後で話しますが、政治的な理由で私は王都を離れられなくなりました。非常に面倒なことに、です」
「それもオスクリタの差し金でか?」
「そだよ~」
それが私を呼びつけた理由か。エウロにしてはバカなことをすると思ったが、もはや無理だったために無理やりなことをするしかなかったという訳か。
「私のインデックスは何に使うつもりだ?」
「うん? ちょっと勉強させてもらってるのと、あとは君が持ってたら邪魔してくるでしょ? せっかく魔力ゼロにさせたのに、インデックスがあれば無関係に魔法が使えるもんね」
確かに、今の体でもインデックスがあれば、本当にルミエール時代と変わらない。魔導書が使えない分多少は不便だが。
待て、今魔力ゼロにさせたって言ったよな?
「私が魔力ゼロになったのは、魔法書の暴発のせいだが……」
と言うと、オスクリタは呆れたように首を振る。
「なあんだ、まだそんな思い込みをしてたんだ。君が女の子になったのは、魔法書の暴発じゃなくて──ウチの闇の魔法だよ」
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