第9話 まもの

 初心者向けの魔法とは何か。


 RPGゲームに登場する初級の魔法ならば、マナ消費が少ない代わりに威力も小さい、ちょっとした攻撃魔法であることが多い。レベルアップにつれてマナ消費が増え、威力も大きくなっていく。


 だが、世界の住人として現実を生きている人に取っては、威力の小さな攻撃魔法でも十分凶器になり得る。本当は魔法書の取り扱いを免許制にするなり、対策が必要な気もするが、まだ魔法書が普及して間もなく、あげく中世レベルの文明ではそうすぐに法律を作って施行することも難しい。


 本棚に並べられた魔法書を一つ一つ見て回り、何か胸を張っておすすめできる魔法書はないか探した物の、どれも似たり寄ったりで、悪くはないが完璧ではない。どれもこれも、メリットがある分危険性という名のデメリットがあるのだ。


 結局、なんと返答するか決められないままに日が暮れて、夜になってしまった。期日は明日までであるから、必ずしも急がなくても良いのだが、今のままであまり良い返答ができるような気もしなかった。


 幸い、体が若返ったおかげで徹夜も多少無理すればできる。以前の老体では徹夜はおろか日が暮れると同時に眠っていたし、日が昇る頃に起きる超早起き生活であった。これが自らの意思でできていたのなら良かったが、残念ながら意思と関係なく全自動であり、かつて若い頃に見ていた祖父母の生活そのものである。加齢とは怖いものだ。


 現在徹夜で恐れるべきは、見た目の悪化くらいだろう。あまりまだ実感がないが、徹夜で髪ボサボサの女子では風評が悪い……いや、悪いか? それはそれで有りのような気も……。


 いけない、眠くて別のことを考えてしまっていた。


 ひとまず仮眠でもするか。ちょっと寝ればまた頭も冴えるだろう。深く眠らないよう、カウンターの椅子に腰掛け、机に顔を突っ伏したまま、目を閉じた。よく授業の休み時間に、体力回復を図る姿勢である。そういえば、事のきっかけはこの状態で、魔法書が暴発してTSしたのだったか。そういえば……あの魔法書、どうやって作ったんだろうか。


 暴発したのは間違いないが、未だにどういう理論で作り上げたのか、自分でも理解できていない。寝ぼけていたのも間違いないが、寝ぼけた頭であんな複雑な物を構築できるのだろうか……?


 ◇


 不意に物音がして目が覚めた。


 ドアの開く音だ。バッと頭を起こして、いまだ覚醒しない意識をどうにか起こして辺りを確認する。窓の外は暗く、未だ真夜中ではあるようだ。


 こんな夜中に来客が……? 店の中の灯りはろうそくだが、魔法書一つで全ての火をつけたり消したり、新しいろうそくに入れ替えたりできるようになっている。先ほどは仮眠程度だったゆえ、わざわざ部屋の灯りを消しはしなかったが、なぜだが灯りは一つもついていない。


 暗い人影は月明かりを背に受けていて、顔などは暗くて確認できない。が、シルエットから察するに、じっとこちらを見ているようだ。頭には山羊に似た尖った出っ張りがついていて──魔族か!


 それも人型、高位の魔物! かぶり物でなければだが、今日はハロウィンでもなければ、異世界においてそこまで悪趣味ないたずらをするヤツはいない。


 人型の魔物など、イゾラのような辺境の地には到底いないはずなのだが、どういうことだ?


 何をしにきた……警戒を解かぬようじっと黒い影を睨みつつ、手を後ろに伸ばしてカウンター後ろの本棚に手を当てた。いつでも魔法書を発動できるように。


 すると、ニタッと不敵な笑みを浮かべた……ような感じで、あざ笑うかのような声を上げた。


「あっは~! 本当に少女の姿になってるじゃ~ん、ルミエール?」

「な……誰だ、おまえ。ルミエール様の知り合いか?」

「自分に様をつけて呼んでるの? 自意識過剰じゃな~い?」

「うっさいわ! 自覚はあるから黙っておけ!」


 なかなかにムカツク事を言うヤツだが、本題はそこではない。明らかにルミエールとはかけ離れた少女の姿の私のことを、一目見てルーチェではなくルミエールと認識している。


 が、私はあいにく魔族に知り合いなどいない。向こうの一方的な片思いに違いない。それにしても、ピアンテが言っていた魔物とはコイツのことか? こんなヤツがうろついているならば、もはや護身用の魔法書どうこうの次元を超えているのだが……。


「お前魔族だろ、何しにこんな辺境までやってきた? 北の果てなどはるか遠くのはずだが……」

「まあまあ、その前にちょっと聞いておきたいんだけど……ウチのことは知ってるかな? オスクリタって名を」

「いや、全く知らんが」

「あはは、ウケる。こんなところまで何しに来たのかは、魔族の秘密だよ。強いて言うなら……ルミエールのために? 片思いってヤツだよ、人間で言うなら」


 確かに向こうの一方的な片思いに違いないとは思ったが、おそらく人間の片思いとは全く違うので、人の表現をパクるのはやめていただきたい。


 しかし、今の状態は非常にまずい。私の魔力はゼロだ。高位の魔物を相手取るのは魔力が十分にあったルミエール時代でもかなり苦労したというのに。このまま戦闘をするなら、私は魔法書店にある魔法書のみで戦わなければならない。


 幸い、魔族は人間側の魔法書を使うことはできない。同じ魔法でも、魔物と人間では発動の原理が違うからだ。こちらは魔法書に囲まれており、相手は身一つ一魔物だけであるから、一応有利ではあるのだが……。


 私の家にて、強力な魔法書がそろい、どこに何があるか完璧に把握している状態からスタートならまだしも、カウンター裏の便利グッズ的な魔法書たちと、いまいち理解できてない売り物の魔法書しかない建物の中で、高位の魔物まともに闘えるとは到底言えない。できることなら、戦わずにお帰りいただかなくては。


 冷や汗をかきながら相手の出方をうかがっていると、人型の魔物は楽しそうに笑っていた。


「緊張しないでって。どうせウチ一人じゃ倒せないし~。今日は様子を見に来ただけだから。あ、あと煽りにきたっていうのもあるね。ほら、これなんだか分かる~?」

「それは──! なんだそれ?」


 いや、私がとぼけている訳ではなく、手に何か本を持っているのはわかるのだが、シンプルに暗くてそれがなんなのか分からない。私の作った魔法書か何かだろうが……まさか……。


「まさか『インデックス』か!」

「──あはは! 大正解! どこで手に入れたか知りたい?」

「どうせ言う気ないだろうが!」

「正解だね~、これも魔族の秘密だよ」


 私の主戦力となる魔法書であり、超特殊な一冊だけの逸品。あまりの貴重品具合に、それこそ魔族との戦争にでも行くときくらいしか持ち出さず、隠居先に持っていくにはあまりにもオーバーパワーだった。落としたら怖いという理由も相まって、王都の図書館に預けていたはずだが……いや、ハッタリの可能性もある。


 なんにせよ、よからぬ事を企んでいるのは間違いない。分は悪いが、なにもせず見送る訳にもかない。


 カウンター裏の本棚から護身用(非常事態用)の一冊を抜き取り、開くと同時に発動する。非常用に備えていたため、発動法は単純で、一瞬でできるよう覚えている。詠唱なのだが、詠唱というほどではない。たった一言言うだけだ。


「貫け!」


 魔法書のページが光り、相手に向かって雷が飛ぶ。威力はともかくとして、発動から着弾までの速さは魔法の中でもほぼ最速である。難点は一直線にしか飛ばないこと、照準機能など全くないこと、一回使い切りの上防御系魔法を貫通できないことである。貫けって詠唱のくせにと魔法使いの間では揶揄されている。


 魔族は驚くこともなく、すっと闇に溶けて、雷の魔法を避けた。闇に溶けるとは比喩ではなく、文字通り、暗闇に人型のシルエットが沈み、そこにいなくなったのだ。


 雷魔法への対策の定石は、発動を見て壁でも魔力の盾でも何でもいいから防御を張ることなのだが、まさか見てから避けられるとは。出力が低めとはいえ最速の魔法だというのに、さすがは高位の魔族ということか。


「当たんないよ~だ。ウチはもう帰るからね~」

「何をしにきたんだお前は。本当に煽りに来ただけじゃないだろうな?」

「だから、様子を見に来たんだって~」


 暗闇に解けたままで、どこにいるか分からない。が、声だけはどこからともなく聞こえている。探知系の魔法で居場所をつかめるか?

 

「あ、そうだ! 人の巣にペットを連れてきてあげたから、かわいがってあげてね! じゃ、ばいばーい!」


 探知系の魔法書を取り出す前に、まるで公園で遊び終えた子どものような無邪気な声で別れを告げて、魔族の気配は消えていった。ひとまず、この場はしのげたようだが……限りなく負けに近い気分だ。


 暗闇に解けるのは何かの魔法であることはまちがいないが、魔族側の魔法は人類全体が理解できていないので、私も魔法であることは認識できても、その構造や詳細までは分からない。どこかに逃げたのだろうが、あれがどこにでもワープできる能力とかだったら相当厄介だな……。


 待て、今人里にペットを連れてきたって言ってたか? 魔物のペットが普通の犬猫な訳がない。間違いなく魔物だ! 人里のほうが危ないな。


 あの逃げたオスクリタとかいう魔族を追跡したいところだが、さすがに人命優先、というか、追跡はどうせ困難だろうし。


 ただし魔力がゼロの今、頼れるのは売り物として本棚に差された魔法書だけである。元よりこんなところでまともに戦闘になるなど思っていなかったし、非常用の攻撃魔法はさっきの雷魔法でなくなってしまった。こんなことになるならもっと隠居してた家から戦闘用の魔法書を持ってきていればよかったが、あいにく今から取りに行く時間はない。


 がっと両手で一冊ずつ、合計二冊、売り場の本棚から適当な魔法書を引き抜いた。暗くてタイトルが見えないが、曲がりなりにも魔法書店に並ぶだけの本だ。そんな変な魔法書ではないはずだ。


 そして、魔物のうろついているかもしれない、人里へと走り出した。


 スローライフのはずだったのに、ほど遠い走り出しだ、これじゃあ!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る