第3話 開業手続き・下

 魔法協会に用がある人間などそうそういないためか、中には他の人は誰もおらず、閑散としている。


 受付の窓口は事務作業用のデスクと一緒になっていて、席はアファレ用に一つと、客人用に一つ、向かい合って座る形だ。


 始めに、長々とした資料を渡され、解説を受けることとなった。魔法について知っていることは多いとはいえ、異世界で起業など考えたこともなかったので、念のため飛ばさずに全ての説明を聞くことにした。


 この世界では、魔法書と魔導書は明確に区別されている。どういう違いかといえば、本自体に魔力が込められているか否かだ。


 魔法書は本自体に魔力が込められていて、魔力を持たない一般人、魔力操作の下手くそな素人魔法使いでも魔法を発動できる。ただし、魔法書に込められる魔力量は限られている上、魔法の仕組みなど知らない、教育の受けていない一般人でも危険なく扱える程度の低級魔法しか基本的には存在しない。


 対して魔導書は、本自体に魔力を持たないため、使用者が魔力を適切に操作することによって魔法を発動する。こちらは魔法使いとしての能力を持つ者しか使用できないが、魔力量の調整によって魔法の強弱を調整できたり、複雑な魔力操作の必要な高等魔法の扱い方が記されている。その名の通り、魔法を導く書なのである。


 ちなみに、優れた魔法使いならば魔法書、魔導書など使わなくとも、口で呪文を唱えるなりして魔法を使えるし、かさばる本などいらないのでは、と思うかもしれない。


 私も来てすぐはそう考えた。しかし、魔法について学ぶにつれ、魔法書・魔導書の利用が非常に合理的であることに気づいた。


 理由は非常に単純で、いちいち全部の魔法を覚えてられないのだ。


 プログラミング、表計算ソフト、なんでもいいが、そういった類いのモノを使ったことのある人なら分かるだろう。いちいち全ての関数の使用方法を覚えられるやつなんていないし、まして関数の中身がどうやって実装されているかなんて、全て覚えてたらきりがない。


 しかも、魔法は日夜進化している。単純に火をおこす魔法でも、その結果を導くまでの過程は無数にある。ゆえに、魔法書・魔導書に魔法の開発経緯や発動方法などを記し、魔力の流れに応じて本の内部に組まれた術式が発動するようセットアップしておく。あとはお近くの本棚に並べておけば、使いたい魔法をタイトルから検索し、ご自由に使えばいい。


 なお、一般的に魔法書・魔導書はまとめて魔法書と呼ばれていて、明確に区別したい場合は魔力有りの魔法書、などと頭につけると伝わりやすい。


 このような目的で作られた魔法書の中でも優れたもの、例えば「たき火に必要な火をおこす魔法」などは、当然多くの人々が使いたいものだ。よって、魔法の知識を持つ製本所によってこれらは複製されて、魔法協会の許可の下に、魔法書店で売られている。


 この魔法協会が魔法書の流通を担う問屋の役割も担っていて、魔法書店をやるなら魔法協会に認可をもらわなければならない。


 わざわざエストセッテまで来たのは、この認可をもらうためだ。


「──前提となる説明は以上となります。続いて、魔法書店のシステムの話に移りますが……大丈夫? 疲れてない?」

「問題ない。続けてくれ」


 これが老体なら椅子にずっと座っていればすぐ体が痛くなってくるだろうが、今は余裕も余裕、軽く背伸びをするだけで復活だ。これが若い体か……って、これじゃ人間の体を乗っ取った悪魔みたいなセリフだな。


 それに、無駄な長ったらしい話は、サラリーマン時代の会議で散々あって慣れっこだ。今回は無駄でもなければ異世界の話なので、いくら長くとも楽しめるというもの。


「じゃあ、続けるねぇ~。こほん! 魔法書店を開くための条件として、一定以上の資産、および魔法に関する知識の資格があります。が、こちらはルミエール様が店の責任者になるということで、魔法印一つで十分でしょう。同じく、面倒な個人情報の登録も、魔法印一つで全て問題ないでしょう」

「そこまでのものだったっけ? このハンコ」

「そこまでどころじゃないものだよ! ルーチェちゃんは身近にいるから分からないのかもしれないけど、ルミエール様と言えばこの国の歴史を作ったと行っても過言じゃないからね! 政治、魔法、芸術、どこをとってもルミエール様の名前は必ず出てくるんだから!」

「へぇ~……」


 政治、魔法はともかく、芸術ってなんかやったっけ、私。そもそも絵のセンスは壊滅的だし、たま~に書いてた本の隅っこに落書きしたくらいしか……まあいいや、偉人のエピソードが盛られるのはよくあることだ。スルーしよ。


「はい、ルミエール様の話はいったんおいておきまして、販売に関することですね。魔法書は通常の衣食住などの商品とは異なり、再販売価格維持制度・委託販売制の二つの制度を採用しています」

「……え? さいはん……ん?」

「ルーチェちゃんにも分かるように簡単に言うと、値引きしちゃダメってことと、売れない本は魔法協会に返品しちゃっていいよってこと!」


 あれ? 魔法書ってそんな風に売られてたの? そういえば、異世界での生活のほとんどは魔法書を書く側だったし、その後どう売られてるかなんて魔法の研究に集中してたせいで気にしてなかった。


 日本の本屋もそういう制度があるって聞いたことがあるような……? まさか異世界でも同じ制度なのか?


「な……なんで? なんのために? 返品しちゃったら、魔法協会にメリットなくない?」

「これはね、魔法史を勉強が必要なんだけど……とりあえず、理由だけ説明するね。ルーチェちゃんは、魔法についてどれくらい知ってる?」

「ルミエール様と同じくらいには」

「わあ! じゃあ説明もしやすいね!」


 本人ですから。というか、自分の名前に様ってつけるの、そろそろ嫌になってきたな。次から呼び捨てにしようかな。


 ところで、一応魔法学校で教えていた経験もあるのだが、魔法史に関しては思いっきり何も知らない。かつて日本での学生時代、もっとも苦手だったのは歴史の勉強であり、これに関しては異世界に来ようと無理だと、逃げ回っていた。


 べ、別に、歴史なんて知らなくても、魔法の研究はできたし!


「ほら、魔法書って、いろんな魔法使いたちが研究して作ってるでしょ? 効果は同じでも、使い方が違ったり、実装の術式が違ったり」

「そうだな。かなり違う」


 その一端を担っていたし、他の魔法使いたちが私の数倍画期的な魔法書を書いていたことも知っている。


「ずっと売れてる魔法書ばかり魔法書店に並んでる状況だと、みんな新しい魔法書に手を出さなくなって、新しい魔法書が売れないから魔法使いたちが同じ魔法書しか出さなくなって、同じ魔法書しか出ないから新しい魔法書を買わないようになって……結果的に魔法の進歩が止まっちゃった歴史があるんだよね。それを解決するために、返品してもいいから新しい魔法書を魔法書店に置いてもらう、その代わりに、値下げはしないでねって仕組みになってるんだよ!」


 なるほど、一理ある。正直、魔法書を使うだけの人間からすれば、中身の進歩などどうでもいいだろうが、私のように魔法の最先端を行く人から見れば、効果は同じでも画期的な術式によって消費する魔力量の削減に成功していたり、非常に効率的な使い方を提唱していたり、子どもでもわかるほど分かりやすい説明を書いていたりと、書く人間によって個性がある。


 ただ売ることだけを考えるならば売れてる魔法書を仕入れればいいだけだが、ある種の文化として根付いているこの世界の魔法には、変化を促す必要があるということだ。


「なるほどな。理解できた」

「さっすがルミエール様の教え子だね!」

「教え子じゃなくて拾い子だ」


 教え子だとまた面倒ごとを運んでこられそうだから、すかさず訂正。


「じゃあ最後、魔法印ね! 土番つちばんって呼ばれてるから、覚えておいて! これが本の注文に必要だから! なくさないでね!」


 アファレは木の机の引き出しから、四角い魔法印を取り出した。私の物とは違って、シンプルなデザイン、印面は模様ではなく、何かしらの古代文字、それから番号が書かれていた。魔法書の術式構成部分に用いられる言語と同じだ。


 ぱっと見……ゴーレムに関する魔法か。はて、どこかで見覚えが……。しかし、なぜここでゴーレムの話が出てくるんだ?


「どう使うんだ? これを」

「毎週、魔法書運搬用のゴーレムが、魔法書と一緒に注文書を載せて運んでくるの。魔法書を注文したいときは、注文書に記入して土番を押せば、用意でき次第、ゴーレムがお店まで運んできてくれるようになってるから! すごいよね!」

「そんな魔法を使えるやついたっけか? かなり複雑な魔法のように聞こえるが……」

「ルミエール様に師事していた、ゴーレム系の魔法の第一人者のテッラ様が、今の魔法書の物流システムを作ったんだよ!」

「あ~、テッラね。確かにあの子ならやりかねないな……」


 昔魔法学校で教えていたときにいた女の子だ。通常十八歳前後で入学する魔法学校に、十二歳で早期入学し、入学式ではゴーレムに乗って登校してきたことで有名になった。


 私は日本育ちでゲームの知識もあったために、へぇ~この世界にもゴーレムっているんだ~と眺めていたが、どうやら無生物を自立して動かす魔法を確立したのは彼女が初めてだったらしく、普通に偉人である。


 今度暇があったら遊びに行くか……女の子の姿じゃアレか。やっぱやめとこ。私も学生の頃にお世話になったおじいちゃん先生が急にTSして美少女になって現れたら驚きすぎてアゴ外れるだろうしな。


「うん。それでは以上で説明は終わりになります。細かい契約書については後ほどルミエール様宛に送り直します。他にご質問はございますか?」

「ない! あったらまた聞きに来る!」

「では、ルミエール様によろしくお伝えください。そしてルーチェちゃん! また来てね~、次はお菓子用意しておくから~」


 お菓子は別にいらないが、困ったらいろいろ頼りになりそうな人ではあるので、何かあればまた来ることにしよう。実際、やり始めて気づくことは多いだろうし。


 後は実際の店の準備が終われば完了と。

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