行ってきますね
わたし、魔女のアビゲイルは嘘をつきました。
それはある荒々しい嵐の夜のことでした。わたしの甘くて美味しいお菓子の家に来客がありました。
そう、鎧で身を固めて槍を手にした大勢の兵士達。国王から派遣された彼らの内のひとりが声を張り上げます。
「魔女・アビゲイル! 王都で流行っている病はお前の仕業だろう!!」
わたしはそんなことは決してやってはいません。
しかし、それは訴えるだけ無駄だということをわたしはもう知っています。祖母と母が、不当な嫌疑をかけられ殺されました。魔女というだけで何も迷惑をかけていないのに殺されました。……だからわたしも殺されるのでしょう。
「何だ藪から棒に! 王都の病? そんなのぼくらの知ったことじゃあない!」
「原因不明な病が流行ると直ぐに魔女の呪いだと決めつけるのは短絡的ですよ? エビデンスはあるのですか?」
わたしを庇うようにダンとサミーが立ち塞がります。
「何だお前達は! 魔女の手下か?!」
兵士達の槍先が一斉にふたりに向き、わたしの体は冷たくなりました。
「手下だって? ぼくらはアビーのおっと──あれ?」
「……力が、抜けて、」
ダンとサミーはその場にヘロヘロと両膝をつきます。そうさせたのは勿論わたしの魔法ですが。
そしてわたしは淡々と言うのです。
「このふたりはわたしの魔術に必要な生贄です」
ダンとサミーの顔色が変わりましたが、わたしは構わず続けます。
「それ以外の何だというのですか? 魔女が人間ごときと睦まじくすると思っているのですか?」
「最低な魔女めっ! 街から子どもを攫っていたのか! やはり病は貴様の仕業だな!! ひっ捕らえろ!」
わたしの体に縄が巻かれますが、それには抵抗しませんでした。ここで魔法を使ったらふたりを巻き込んでしまいますもの。
「やめろ、やめろっ!! アビーは悪辣な魔女なんかじゃない!!」
「アビー、どうしてそんなことを言うんですか?! アビー!!」
立ち上がることも出来ないダンとサミーを見下ろして、わたしは小さな声で言います。
「直ぐ帰って来るので、ちょっとお留守番をお願いします。わたしは街の方へ用事があるので──行ってきますね」
わたしは精一杯微笑みました。ですが、ふたりの目からは大粒の涙がとめどなく流れていました。
ああ、この勝負わたしの勝ちだなぁ。……いや、引き分けかも、なんて。
わたしは後日、王都の広場で紅蓮の炎に包まれて生涯を終えました。
わたし、魔女のアビゲイルは嘘をつきました。
直ぐ戻るなんて嘘。そんな嘘に騙されるふたりでないことも分かっています。この後、ふたりがどうなるかは分かりません。ですが、ふたりでならきっと大丈夫だとわたしは思ったのです。
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