宿屋『ぺんたす』とマサルさんと僕の異世界生活
啓太
第0泊 異世界に来た僕
32才になった僕は、また無職のまま、新しい春を迎えた。世間は「新入生」、「新社会人」、「新生活」と眩しい言葉のオンパレード。僕にとって四月は、ニュースを一番観たくない時期かもしれない。
今年、無職10年目の年が明けると、申し訳なさや居たたまれなさが限界突破し、僕は藁をもすがる思いで、支援機関へ相談に駆け込んだ。週一回くらいで面談を重ねて、なんとか職場見学への参加が決まるところまでやって来た。
でも、やっぱり怖い。…そりゃまあ、見学して即働けって言われるわけじゃない。だけど、言われたことをちゃんと出来ずに、迷惑かけて逃げ出してばかりだった自分が働く?そんなの絶対に無理だ!考えただけで胸が苦しい。
「どうして僕って、こうも頑張れないかなぁ…」
自分でも、いつまでもこのままじゃダメだって分かってる。でも、どうしても自信が持てなくてネガティブな感情ばかり膨らませてしまう。
こうなってしまった時の僕の対処法は…とにかく寝ることだ。僕は今日も重たい布団を頭からかぶって、一日を無理やり終わらせようとした。そう、いつものように。そうすれば明日になって、何かがきっと変わって……。
次に目を覚ますと、僕は異世界にいた。…どうやら変わり過ぎたみたいだ。
「こんにちは。アキトくんだね。ようこそ異世界へ!」
起き上がった僕の前にいる、神様っぽいお爺さんはにっこりと笑っていた。ギリシャ神話のイメージに近い、布をまとったような姿だが、身体は結構がっしりしている。白いひげは、まるで下向きの入道雲みたいにふわふわだ。
「え、あ…えっと……」
ただでさえ他人と話すのが苦手で、パニクりやすい性格なのに合わせて、この状況。僕は言葉が出ずに固まってしまった。そんな僕に、お爺さんは笑顔を崩さず、ゆっくりと歩み寄って、一つ咳払いをしてから言った。
「ぼくは、この世界の神様だ。まずは深呼吸してみようか。他の世界から来た人はみんな混乱してるから、いつも気持ちを落ち着けてもらうことから始めるんだ。この世界の空気を味わうつもりでね。さあ、一緒にやろう。吸って~、吐いて~…」
『アキトくん』と呼ばれてるのもそうだけど、神様は僕のことを小さな子供だと思ってるんだろうか。…まあ、僕も人より子供っぽい自覚はあるし、それに神様なら、桁違いの年を生きてるだろうから怒りや哀しみは特にないけど。
「す~…、は~…」
とりあえず、僕も神様に合わせて大きく深呼吸してみる。この時に気が付いたけど、僕と神様がいたのは丘の上にある大きな木の下のようだった。風が吹いていて、鮮やかな緑の葉っぱの揺れる音も光景もすごく心地いい。
(……何だか、すっきりしてきたかも)
僕のリラックスしてきた様子を見ながら、神様は嬉しそうに言った。
「この世界の空気が美味しいのはね、この世界が、願いを叶えたいという、純粋な想いでいっぱいだからなんだよ」
「願い……?」
「そうだよ。ここは願いを叶えたいと思ってるみんなが、そのために頑張る世界なんだ。アキトくんの願いだって、ここできっと、叶えられる」
自信満々に神様は言う。でも、僕の願いって言われても…正直わからない。
「君の願いのことは分かっているよ、ぼくは神様だからね!…でも、その願いはまだ君が自覚できていないみたいだ。だから、アキトくんには、その願いを叶えるのにぴったりな場所を紹介するよ。」
「場所……ですか?」
僕が聞き返すと、神様は丘の下を指差す。立ち上がって見てみると、一人の男の人が、こちらに歩いて来るのが見えた。神様とは違って普通の格好だ。カジュアルなシャツにダウンジャケット、ジーンズにスニーカーまで履いている。僕より年上に見えるけど、若々しくて活気に満ちた顔をしている。
その男の人は、僕のところまで来ると、ぐいっと頭を下げてお辞儀をしてから、にかっと笑ってみせた。
「こんにちは!俺は宿屋『ぺんたす』の主人をやってるマサルだ。
これからよろしくな、アキト!」
これが『願いを叶える』世界での、僕の異世界生活のはじまりだった。
つづく
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