ワームホールに吐き出された先は異世界でした~人型高機動兵器、異世界の大地に立つ~
武海 進
一章 ワームホールの先はー①
眩い光の濁流が一隻の巨大な宇宙戦艦を飲み込み、漆黒の空間に眩い閃光を生じさせた。
「二番艦ラーゼアン轟沈! ……脱出ポッドは確認できません」
艦橋でレーダーを見ていた女性オペレーターが悲痛な顔で絞り出すように言う。
「シールドを一撃で突破するとは、敵新型艦の主砲はなんという威力なのだ……」
無限に広がる夢のフロンティア、宇宙がそう呼ばれていたのは100年も前の話。
今では宇宙とは人類史上最も過酷な戦場を指す言葉でしかない。
人口増加に端を発する資源不足や環境汚染等の理由により、国家という枠組みが維持出来なくなった遥か未来。
宗教、思想、人種、数多の軋轢と困難を乗り越えた人類は史上初の単一政府を誕生させるに至った。
地球人類連盟、後に惑星間人類連盟と名を変える政府が最初に行った政策は宇宙への本格的な進出であった。
最早地球では養いきれなくなった人類を無限に広がる宇宙へと旅立たせ、版図を広げることで様々な問題を纏めて解決しようとしたのだ。
こうして新天地を求め地球を飛び出した人類を待ち受けていたは、有り余る資源や広い手つかずの大地がある惑星だけではなかった。
大昔から議論が続けられながらもその実在について結論が出なかった存在、異星の生命体。
広大な宇宙で偶然にも異星の生命体、それも自分たちと同じく文明を持つ異星人とも呼ぶべき者の存在を確認した人類は未知との遭遇に胸を躍らせた。
そして人類は彼らに新たな友人として交流を深めるべく友好使節団を派遣した。
だが、彼らの返答は友好ではなく闘争だった。
派遣された使節団を問答無用で皆殺しにした異星人たちはその後、次々に人類がテラフォーミングを行い植民地化した惑星を侵略し、宇宙を旅する為の中継地として作られた宇宙ステーションやコロニーを手当たり次第に破壊していった。
宇宙での戦闘経験などなく、宇宙空間で運用可能な兵器を持っていなかった人類は瞬く間に劣勢に立たされた。
しかし、人類もただ滅びを待つだけでのか弱い種族ではなかった。
宇宙空間での戦闘に特化した人型高機動兵器であるスペースアーマー、通称SAの開発を成功させ、反撃に出たのだ。
こうして一方的に始まった何故起こったのか分からない異星人との戦争は一進一退の状態となり、戦争は泥沼の長期戦へと発展し、今日至る。
「シュタイナー軍曹はまだ出れんのか!」
艦長に急かされ、通信担当のオペレーターがSA格納庫へと通信を繋げる。
「こちらシュタイナー軍曹、エアレーザーに試作型反粒子ライフルの装備を完了しました」
今、出撃を急かされている彼、フリック・シュタイナー軍曹は人類連盟軍の試験兵器を戦場にて運用し、実戦でのデータ収集を目的とした独立部隊、試作兵器試験運用部隊所属のSAパイロットである。
「よし、ぶっつけ本番で悪いが頼むぞ。こちらで陽動の為に発進後30秒間弾幕を張る。その隙に敵新型艦に接近し、たっぷりと予算が掛かっているそいつをぶち込んでやれ!」
「了解。エアレーザー、発進!」
フリックの合図と共に運用部隊旗艦であるタナトスの格納庫から、フリック専用機であるエアレーザーが漆黒の宇宙に解き放たれる。
機体背部のバーニヤを全開で吹かし、宇宙空間に溶け込むよう黒く塗装されたSAは敵艦を目指し進む。
「軍曹、タナトスよりの援護射撃を確認。モニターに敵新型艦までの最短ルートを表示します」
「分かった。フェアリー、今回も頼むぞ」
ライフル同様、試作機体であるエアレーザーには他のSAには無い機能である、パイロットの補助を目的とした人工知能が搭載されている。
合成音声が女性声なのと名称はプログラマーの趣味らしく、現場での再設定を一切受け付けないというこだわりぶりにメカニックたちは性能への敬意と共に畏怖を抱いているのをフリックとフェアリー本人は知らない。
タナトスの援護射撃により、楽々ともう少しでライフルの有効射程距離に入るという所まで到達した途端、フェアリーが警告を発した。
「軍曹、敵艦主砲のエネルギー収束率が急上昇しています。このままでは再発射までに有効射程距離に入れません」
フリックは限界一杯まで機体を加速させるが、無情にもその時は訪れた。
「敵主砲のエネルギー収束の完了を確認。軍曹、残念ですが間に合いません」
先程、味方艦を一撃で沈めた敵主砲がタナトスへと砲塔の向きを変える。
「いや、まだだ!」
フリックは操縦桿を操作し、タナトスと敵主砲の間へとエアレーザーを割り込ませるコースへと進路を変更する。
「軍曹、これは自殺行為です。敵主砲の攻撃と反粒子ライフルのビームがぶつかり合った場合どうなるか分かりません。直ちに機体のコースを修正してください」
「どちらにしろタナトスが墜ちれば俺に生存の可能性はなくなる。御託はいいからライフルに全エネルギーを回せ」
「了解しました。反粒子ライフルへのエネルギー急速充填を開始します」
辛うじて敵主砲が発射される直前、タナトスとの間に割り込むことに成功したフリックは、エネルギーが最大までチャージされたライフルの一撃を巨大な砲塔から放たれたビームの奔流に向けて放った。
双方の口径にはあまりに大きな差があったにも関わらず、不思議なことにビームとビームがぶつかり合った瞬間弾け、黒い戦場が白い光で塗り替えられた。
未だ謎が多い反粒子の悪戯か、はたまた敵主砲の威力がなんらかの理由で見た目よりも大幅に落ちていたのか、原因は誰にも分からない。
一つだけ確実なのは双方に死者が出なかったことだけだ。
「敵主砲と反粒子ライフルによる攻撃の対消滅を確認。当機及びタナトスへの損害軽微、敵主砲のオーバーヒートを確認」
「俺の方は軽微とは言い難いがな」
敵主砲の一撃と相打ちに成るほどの威力を発揮したライフルのお陰で助かりはしたものの、対消滅の余波で激しく揺さぶられた機体のせいでコックピット中に体を打ち付けられる羽目になった彼の体に走る痛みは深刻らしい。
「せいぜいが打撲傷程度なのですから貴方の損害も十分軽微です」
瞬時にパイロットスーツからのデータでフリックの状態を確認、分析し、嫌味すら言ってくる高性能なAIにタナトスとの通信を繋げさせようとするが、ビーム同士の対消滅の影響なのか通信にはホワイトノイズが走るばかりだ。
「通信が繋がらない以上仕方ない。フェアリー、艦長の指示が仰げない今、ここからは俺の独断で動くぞ」
フェアリーの返答よりも早く主砲が沈黙した今が好機とばかりにフリックはエアレーザーのバーニヤを全快で吹かし機体を再び敵艦へと向かわせる。
「待ってください軍曹。対消滅地点に未知の反応を確認しました」
最大望遠で対消滅地点を確認したフリックは通常の宇宙空間ではありえない、周りを漂っているスペースデブリや隕石を吸い込む渦に絶句した。
「あれは、ブラックホールなのか……」
「否定。ブラックホールではないのは断言出来ますが、詳細は不明です」
フリックはタナトスに一旦帰還するべきかどうか逡巡するも、機体を前へと進ませる。
しつこく警告してくるフェアリーであったが、フリックの意思が変わらないと諦めたのか警告の代わりに未知の宇宙の渦潮を避けて通るコースをナビゲーションし始めた。
細かく操縦桿を操作し、ナビゲーション通りのコースで敵艦に肉薄しようとしていたエアレーザーが突如激しく揺さぶられ、機体のコントロールが効かなくなる。
「グッ! どうしたんだ! 機体の異常か!」
「違います。対消滅地点での異常現象が拡大し、その勢力圏に捕まってしまいました。当機の出力では脱出は不可能かと思われます」
絶望的な知らせに普段感情をあまり表に出さないフリックの顔にも焦りが見られ、なんとか抜け出そうと抗うものの、エアレーザーは無慈悲にも巨大な渦の中心へと呑み込まれていった。
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