第6話
大事な試合が始まっていた。
会場は、満員。
下馬評は、去年も全国大会に出場している敵チーム。
序盤、俊太のシュートがなかなか決まらない。
敵は、スリーポイントが得意な俊太を潰すためだけのディフェンスを、徹底していた。憎たらしいほどに、ディフェンスが上手い。
対して、凜の調子が、いい。
「パスを寄越せ」と、凜の目がずっと訴えてきている。
熱の塊になっている。
敵チームも、凜の鬼気迫る雰囲気に警戒していた。自然と凜に対して、すぐにカバーできるような位置どりになってきている。
この試合、審判の笛が、よく鳴った。
敵のスコアラーと凜が、早い段階でファールの数を積み上げていく。
試合の後半。
初めて、凜が太地の出したサインを明確に拒否した。
すぐに太地は一度、俊太を見た。だが、最もリングに近い仲間へと、太地は鋭いパスを飛ばす。小気味よく、味方のシュートが決まった。
「そんな目をしてるやつに、パスをやれるかよ」
ディフェンスに戻る際、太地から声を掛けられ、俊太は目を閉じた。
心を無にする意識を強くしようと、する。いや、違う。
悔しい気持ちを、前面に押し出す意識を、する。
あっという間に、試合は残り三分になる。
追いつき、追い抜かされを繰り返し、終盤まで同点だ。
ここでブザー音が鳴り、敵チームのエースプレーヤーがベンチから戻ってきた。
今まで善戦できていたのは、敵の中心選手がファウルトラブルにより、試合の早々からベンチに引っ込んでくれていたおかげだった。とは、試合の空気が急に切り替わったことで、強く思い知らされていた。
じりじりと、だが、それでも着実に、点差が開いていく。
五点差。残り三十秒。
太地が憮然とした表情のまま、天に向かって、拳を高く突き上げていた。すぐに俊太は、凜を見る。拒否のサインは、ない。
凜に、パスが通った。
だが敵チームはこちらの作戦を既に見破っている。凜に対して、三人ものディフェンスが、一気に立ちはだかる。
トリプルチーム。
五人のスポーツで、三人。
他の選手は、当然、フリーだらけになる。
凜と俊太の視線が合う。
俊太の前に、敵はいない。
凜が、パスを出した。その相手は。
ずっと敵が眼前にくっついている太地に向けてだった。
「うちのシューターを甘く見るなよ」
吐き捨てるような太地の言葉が、俊太の耳にも、明瞭に届く。鼓膜を、震わす。
刹那、太地が強烈なパスを放っていた。
目の前に、敵は誰一人として、いない。
俊太はボールをもらった瞬間、シュートを放つ。
確信していた。
ディフェンスに戻るため、リングに背を向ける。
ボールの行方は、追わない。
ボールがネットを通過した心地よい音だけで、俊太はシュートの成功を確かめていた。歓声が、沸いた。
スリーポイント、二点差。残り二十秒。
――がんばれ
試合中、翔子の声がずっと聞こえていた。
それはいつものような心地よい声色ではなく、大きな叫び声だった。
胸がぎゅっと圧迫されたような気がして、俊太は左手でユニフォームの胸ぐらを強く、掴む。
いける、いけるぞ。
電光石火。
敵のエースプレーヤーが猪突猛進のドリブルを繰り広げていた。
一気に、コート内を駆け抜けていく。
決して、油断していたわけではない。
だが、試合終盤。
敵のスコアラーは図らずともファウルトラブルにより、体力温存の形となっていた。
全速力でリングにボールを届けようとしている。
ダメだ。
俊太は、腐臭を感じ始めていた。
負けたくない。現実逃避もあり、一瞬、目を閉じる。
コート内に、大きな音が鳴り響いていた。
慌てて、俊太は目を開けた。敵の選手をまたぐようにして、大量の汗で髪を濡らした凜が、仁王立ちになっている。
ボールが、コート外に吹き飛ばされている。
いつも確率の高いプレーにこだわる、あの凜が敵にぶつかるようにして、ボールを意地でもリングの外へと、弾き出していた。
甲高い笛が、鳴った。ファール。
五つ目のファール。退場だ。
コートの中から、凜が去る。
汗を拭った凜は、俊太だけをじっと見つめてきていた。
「無心の俊太。その言葉、俺は大嫌いだ」
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