「論理的構成×神作画」で漫画のてっぺん目指します! 〜現役公務員の青春リスタート〜

キダ・マコト

序章:未練との決着

1ページ:悪夢と決別するためのリトライ

 人生は難儀なもので、意外とリテイクできない。

 でも最後に、もう一度描いてみようと決心したんだ。


✒ ✒ ✒ ✒ ✒


『絵が壊滅的。少なくとも、俺が売りたい漫画になってない』


 恒例の酷評が頭に響いた瞬間、目が覚めた。

 二度、三度まばたきする。自室の天井を見上げてようやく、ほっとした。


「夢か……」


 スマホを見ると、目覚ましアラームの三十分前。二度寝はせず、ベッドから身を起こした。

 ワイシャツを羽織り、袖を通す。


「近頃、多いな……この夢。いい加減、ケリをつけるか」


 スーツ姿に着替えて、惣菜パンを頬張る。インスタントコーヒーで胃に流し込んだ。

 ビジネスバッグを携え、玄関で革靴を履く。


「もううんざりだ。今日こそ、対策を考えよう」


 僕はマンションのドアを施錠し、役所へ歩を進めた。


 そつなく地域福祉課の業務をこなす。

 注意力散漫な局面は、長年の慣れで乗り切った。

 ただ、次もこうなる保証はない。

 悪夢の解消が急務だろう。


 業務終了後、飲み会に誘われたものの、丁重にお断りした。

 今、飲酒するわけにいかない。

 僕が抱える『大問題』を、シラフで処理しなくてはならないのだ。


「ただいま」


 待ち人などいないが、形式として挨拶。

 ビジネスバッグを置き、部屋着にチェンジした。やっと一息つく。

 お湯を沸かして、カップラーメンに注いだ。スピーディーに麺をすすり、本日の夕食終了。

 テレビもつけず、無音で思索にふけることにした。

 クローゼットを横目で見やる。奥にあるのは、『夢』を封印した段ボール箱。

 ──中には、僕の〝青春〟が詰まっている。


「人生初の、挫折の……残骸」


 学生時代、僕はプロの漫画家に憧れた。

 高校では帰宅部。創作したい欲求に駆られて、独学で何作も仕上げた。

 コンテストに応募したことも多々あるが、鳴かず飛ばず。

 大学生になっても情熱は冷めず、とうとう完成原稿を大手出版社へ持ち込むことに──


✒ ✒ ✒ ✒ ✒


牧村まきむらおさむと申します。本名、です」


 出版社の応接スペースで、僕はカチコチに緊張していた。

 一見すると軽薄そうな服装の若い編集者が、僕の痴態に苦笑する。


「やあ、俺は早乙女さおとめ。とりま、作品見せてもらえる? 時間ないんで」


 持参した封筒を手渡すなり、彼は目にも止まらぬ速さでページをめくっていく。

 僕には『流し読み』しているふうにしか映らない。

 これで内容が頭に入っているなら、ただただ脱帽だ。

 早乙女氏は原稿の束を封筒にしまい、返却する。


「ふうん、分かりました。ストーリーや構成は、まあまあだね。何を描きたいのか、意図が明瞭。ただな」


 僕は礼を述べず、続く言葉を待った。


「絵が壊滅的。少なくとも、俺が売りたい漫画になってない。以上。本日はお帰りください」


 彼はそれだけ言い残すと、編集部へ戻っていった。

 応接スペースの机には、僕の原稿以外ない。

 つまり僕は、編集者から『名刺すら渡してもらえない』レベルなのだ。

 漫画家としての見込み0──

 それがプロから判定された、実力のすべてだった。


 それからどうやって帰路についたのか、判然としない。

 ふらついて電柱にでもぶつかったのだろう。腕に残る打撲痕。

 自宅の匂いをかいで我に返り、感情が息を吹き返す。

 とめどない虚しさが去来した。

 僕が心血注いだ数年間は、一体なんだったのか……


「うう……うううう……ああああっ!」


 なりふり構わず号泣した。はばかる他人は、最初からいないけれど。

 涙が乾ききってから、即行動。

 漫画道具一式を段ボール箱へ放り込んだ。テープ止めして密閉。

 僕の漫画人生は、ここで終止符を打ったのだ。


✒ ✒ ✒ ✒ ✒


 以来十年近く、封を開けたことはない。

 就職活動で僕は一転して安定を求め、猛勉強の末、公務員試験に合格。そして今に至る。

 役所で働くことに悔いはない。

 それでもしつこく悪夢を見る理由──僕には心当たりがあった。


 ずばり、不完全燃焼だったから。


 出版社へ持ち込んだときでさえ、心のどこかで感じていた。

 この画力じゃ、到底プロには届かない。自分自身の限界を。

 その自覚を辛辣に指摘され、傷つくと同時に、安堵してしまったのだ。

 もう苦しんだり、悩まなくていい。

 だって編集者に「才能なし」と断定されたんだから。


 早乙女氏の言い草は、思い返してみても褒められたものじゃない。

 でも夢を諦めさせるうえでは効果的だったと思う。

 僕は彼の酷評を『口実』にしたのだ。筆を折るのに、都合よく。

 だから釈然としない。

 

 もう少し頑張ったら、芽が出たんじゃないか?


 荒唐無稽な『もしも』が浮かんでは消えてゆく。

 だから悪夢につけ入る隙が生じるのだろう。

 考えつく解決法は一つだけ。


 本気で挑んで、燃え尽きる──

 そうしたらやっと、僕は淡い夢に一区切りつけられるはずだ。


【続く】

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