禊(みそぎ)の灯 (現代ver)

夜の街を歩く。

穢れのような影をまといながら、

どこからか やさしい声がした。


――こっちへおいで。

その一言だけが、

かすかなあたたかさを持っていた。


長く彷徨ってきた身体が、

その言葉に少しだけ重さをゆるめた。

雪が足跡を覆い、

風が声をさらっていく。


乾いた手、

乾いた息。

遠くで狐が鳴いた。

それが呼び声か、警告か、わからない。

ただ耳を澄ませて、

夜の底で息を潜めた。


凍りつく空気の中、

確かな熱を帯びた呼吸があった。

声は焼け、

火は音もなく燃えていた。


――禊の灯。

名前のない祈りのように、

ただそこに、あった。


境を越えて、

あなたを少しだけ知りたいと思った。

雪は雨に変わり、

夜は静かにほどけていった。


夜明け前、

あなたは出ていった。

涙も言葉も置き去りにして。


何も言わずに去る背中を、

ただ見送るしかなかった。


夢で会えても、

きっと届かない。

僕はここで、

濡れた袖を乾かさずに立ちつくす。


宴の灯が消えたあと、

まだ微かに息づく灯がある。


禊の灯は雨に濡れても、

消えず、

淡い光を宿していた。


夜が明ける。

晴れた空の下で、

その煙だけが

ゆるやかに昇っていった。

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