5話…お互いの幼少期。
カウンターに座り直し、私達はそれぞれドリンクを注文。私はスクリュードライバーを頼み、神楽さんはウイスキーのロックを頼んだ。ウイスキーが飲めるなんて、大人だなぁ……。
悠愛「………」
神楽「………」
だけど、私達は口を開くことはなかった。喋ることがないというか……何か、話しかけづらくて。
さっき私を止めた時、神楽さんには「危機感がないと、何をされても文句を言えない」と言われた。
それは本当にそうで、私には危機感というものがない。私が薬を飲む生活を強いられることになった原因……高校の時の担任の先生にされたこと。あれも私に危機感がなかったからだろう。まあ、「補修だ」と言われて呼び出されたのだから、どう対処しろって話なんだけど。でも、1人で補修なんて、怪しさはあったかもしれない。友達についてきて貰った方がよかっただろう。
そう考えたら、私は昔から危機感がないな……。
神楽「悠愛ちゃん。」
悠愛「あ、はい!」
神楽「悠愛ちゃんってさ、家族に愛されて育ってきたんだよね?」
悠愛「ええ、まあ、そうですね。かなり愛されて育った自負はあります。」
神楽「……そのさ、家族に愛されるって、どんな感じなの?」
悠愛「え……?」
神楽「教えて。」
神楽さんは、肘をつき私の方に向きながら、私にそんな問いかけをする。
家族に愛される感覚……なんて説明すればいいのかんな。
悠愛「えっと……まず、何処か出かける時は行ってきます。帰ってきたらただいまは当然ですけど……私の場合、上に兄2人の末っ子で、唯一の女の子だったから、可愛がられてたというか、過保護だったというか……それで、何処行くのにも誰と行くのか、何時までに帰ってくるとか、しつこく聞かれて……」
神楽「うん。」
悠愛「遅くなる時は、2人の兄が絶対迎えに来て。ご飯はいつも私の好きなものが並んで。」
神楽「うん。」
悠愛「ええっと……あとは、テストで悪い点を取っても、次頑張ればいいって言ってくれて、兄達が勉強を見てくれて……その時も怒ることなく何でも褒めてくれて……」
神楽「うん。」
悠愛「ううん……まあ、それくらいですかね。」
神楽「そっか。本当、悠愛ちゃんって、可愛がられてきたんだね。」
悠愛「そうですね。」
神楽「……俺にはないものばかりだ。」
悠愛「え……?」
マスター「神楽くんはね、父子家庭で育ってきたんだ。」
悠愛「わっ!?」
と、私達の話にマスターが、割って入ってきた。
神楽「おい、余計なこと言うなよ……」
マスター「まあまあ。
神楽くんはね、寂しい家庭で育ってきたんだ。幼い頃には両親がいたけど、喧嘩ばかりしていてね……。それで最終的には離婚って結末さ。
その後、神楽くんは父親が引き取ったんだけど、その父親も仕事ばかりでね。」
悠愛「………」
マスター「神楽くんの父親は、その界隈では知らない人がいないくらい有名な人で、仕事ではやり手の人だったんだ。
でも、不器用な人でね。神楽くんの母親と別れた後も、何人かの女性と付き合ったけど、愛し方が下手な人だった。」
悠愛「もしかして……」
マスター「女は身体の相性がいいか、物で釣ってさえ入れ歯、離れることはないと信じるような人だった。それを、幼い神楽くんに教えていたんだ。
まあ、子供の愛し方も下手な人でね。遊んでやったりすることもなく、ただ神楽くんには、大人になった時困らない生き方を教える人で、幼い神楽くんを相手することはなかった。」
悠愛「………」
マスター「神楽くんの父親は、金さえあれば何とかなると信じ込んでいる人だったよ。」
悠愛「……そっか。だから、神楽さんは……」
神楽「おい、他人の過去を勝手に喋り過ぎだ。これ以上話すってんなら、潰すぞ。」
マスター「おやおや。機嫌を損ねてしまったかな。」
神楽「当たり前だ。喋っていいとも許可してねぇのに、喋りやがって……最悪だ。」
悠愛「………」
神楽「って、何で悠愛ちゃん泣いてんの!?」
私は、気づけば泣いていた。ポロポロと、涙が止まらない。
悠愛「だ、だって……そんなの、あまりに哀しくて……」
神楽「………」
悠愛「子供の時って、どうしても、お父さんやお母さんには、相手してほしい筈なのに……喧嘩ばかりしていたなんて……。それを見るのも、つらかったですよね……。なのに、離婚しちゃって、お父さんに引き取られても……お父さんは仕事ばかりなんて……。それに、幼いのに、大人の話をその時からされるなんて……哀し過ぎます……。」
神楽「……別に、哀しくなんてないよ。俺にはそれが当たり前だったし。」
悠愛「でもっ……子供の時に子供らしくしていられないなんて、哀しいですよ……」
神楽「……悠愛ちゃん、やっぱ変わってんね。」
そう言いながら、神楽さんは私の涙を拭ってくれる。
大事そうに大事そうに……拭ってくれる。
神楽「今までの女は、そんなこと聞いても他人事みたいにしてたのに……まるで、自分のことのように感じて、泣いてくれるなんてさ。」
悠愛「だってぇ……」
神楽「でも、本当に哀しくないよ、俺は。それが俺の当たり前だったから。」
悠愛「だから、その当たり前が哀しいんです〜……」
神楽「母、困ったなぁ。これ以上悠愛ちゃんには、泣いてほしくないのに……」
本当に困ったように、眉を下げながら笑う神楽さん。
きっと、神楽さんは気づいていないんだ。本当は寂しいって。本当は哀しいって感情に。
悠愛「神楽さん。」
神楽「なぁに?」
悠愛「私の前では、神楽さんの感情を、さらけ出しちゃってください。」
神楽「感情……?」
悠愛「はい。哀しい時は哀しい。寂しい時は寂しいって。」
神楽「……そんなん、したことねーよ。」
悠愛「だからです。リハビリですよ。」
神楽「リハビリって、したことあるやつをやり直すって意味でしょ。俺の場合初挑戦なんだけど。」
悠愛「あ、そうでしたね……ごめんなさい。」
神楽「……じゃあさ、交換条件。」
悠愛「交換条件?」
神楽「俺がちゃんと、感情をさらけ出せるようになったら。悠愛ちゃんは、俺のものになってくれるって、約束して。」
悠愛「え……」
神楽「それを約束してくれるなら、初挑戦だけど、頑張ってみる。」
悠愛「………」
神楽「どーする?」
悠愛「……わかり、ました。」
これは、飲むしかない交換条件だ。神楽さんの感情を引き出させるには、飲むしかない。
神楽「ん。交渉成立。」
そう言いながら、神楽さんは私の額にキスをした。
悠愛「だ、だからこういう場所で、そういうことは……!」
神楽「えー?過激なキスじゃないんだから、別に良くない?」
悠愛「ダメです!」
神楽「あはは。悠愛ちゃんまた怒ってる。でも、怒ってるとこもかわいー。」
悠愛「もうっ……」
神楽さんは、今までの男の人と違う。まるで野良猫みたいに気分屋で、手を離したらフラフラと何処かへと行ってしまいそうな、儚さがある。
多分それは、これまで誰か1人の人のことを、本気で愛したことがないからこそ、そんな儚いことが出来るんだろう。
……何でだろう。
何で私は、神楽さんが1人何処かへ行ってしまうのを、恐れるのだろう。
私は、神楽さんにどんな感情を、持ってるんだろう……。
神楽「どうしたの?」
悠愛「あ、いえ!……ちょっと、考え事を……」
神楽「考え事?何考えてたの?」
悠愛「ええっと……
神楽「もしかして、また俺のこと考えてくれてた?」
なんて、悪戯な笑顔を浮かべる神楽さん。その姿に、私の胸は高鳴る。
悠愛「……まあ、そうですね。」
胸の高鳴りを治める為に、私は神楽さんから顔を背けながら、肯定の意を示した。別に、隠すこともないし。
神楽「え……本当に、俺のこと考えてくれたの?」
悠愛「はい。神楽さんはどうして、そんなに意地悪なのかなって考えてました。」
神楽「えー。俺、悠愛ちゃんには意地悪はしてないと思うけど。」
悠愛「……ふふ、冗談です。」
神楽「……!」
私は笑いながら、そう返した。
私がどうして、神楽さんが離れていくことを恐れているのかはわからないし、どうしてこんなに神楽さんのことを気にするのかはわからない。
ただ可哀想な過去だったからなのかもしれないし、本当に神楽さんとしたのを身体が覚えていて、気にしているのかもしれない。
わからないけど……
でも、今は。
ただ今は、神楽さんとのこの時間を、楽しんでいたい。
そう思って、私は笑顔を向けた。
その途端、神楽さんは驚いた表情をした後、すぐ顔を背けた。
神楽「……ま、まあ、悠愛ちゃんが楽しいなら……それで、いいけど……」
悠愛「?神楽さん、どうしたんですか?」
神楽「別に……!何でも、ないよ……」
神楽さんはそう言いながら、タバコに火をつけようとしたけど、何故だか上手く火をつけられなかった。
悠愛「大丈夫ですか?私がつけましょうか?」
神楽「大丈夫大丈夫。何でもないから。」
悠愛「そう、ですか。」
何か神楽さんの様子が可笑しいけど……まあ、何でもないというから、それ以上問い詰めても、しつこいだけだろう。
そう思って、私はスクリュードライバーを飲み干した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます