第7話

会社の人間関係がどうなっていようと、仕事は淡々と進む。

接客業となれば、尚更だ。


接客のテーブルに着けば客と一対一で、買うか帰るかの2択を迫る。

お客様のためになる選択を。と口から出ていても

結局は買わせるための流れ作りの一貫だ。


「いやいや!やっぱりのんびり考えたいですよねぇ。

安い買い物じゃ無いですから〜

あ、ちなみに値上げ予定とか気になりますか?

連絡先教えてくれたら、すぐ連絡しますよ!!

とりあえず、このチャットアプリでいいですか?」


接客は1度の来店だけでは終わらない。

連絡先を交換し、繋ぎ、煽り、再来店へ繋げる。

2度、3度来店を繰り返せば、自ずと購入へと結びつく。


「では!またご連絡しますね。

気になるモデルもあれば、いつでも声かけてください」


時計の好みを聞き出し、趣味、仕事や休みの予定に至るまでの情報を収集した俺はこの取引を一旦切り上げた。

時計以外の面でも信頼関係を築くことがこの客に買わせる一番の近道だと思ったからだ。


「まぁ、とりあえずこんなもんだろ」


客を見送った後、ある程度の時間を空けてお礼のチャットを送る。

返信の有無でまた対応を考えようと思いつつ、周りを見渡す。


すると、丁度成約目前の綾香の姿が見えた。


「え〜そうなんですかぁ

けど、私が奥さんだったら旦那さんにはこれくらい良い時計着けてて欲しいけどなぁ」


俺は割と接客の流れを組み立てて進めるタイプだ。

客のあらゆる情報を収集しつつ、最適な選択肢を取りたいと常に考える。


しかし、彼女は違う。

持ち前の素直さと愛嬌が明らかな武器だ。

客の好みからある程度狙いのモデルを絞り込み、あとはノリとテンションで押す。


男性客が多い業界であるからこそ、ひたすらに場を盛り上げて押し切るタイプだ。

今、成約目前だと断じたのは、客の顔が緩みきっているからだ。

ここまで煽てられて気分が良くなり、買いませんと言い出せる客も少ないだろう。


「え、ローン組みます?それとも男らしく一括でいっちゃいます?」


「あ!かっこいい色のカードだ!私実物初めて見ました〜」


「このまま着けて帰りますか?めっちゃかっこいいですよ!!」


あれよあれよと決済まで終わらせてしまう勢い。

随分と販売員らしくなった姿を見て思わず笑みがこぼれる。


俺が育てたと言いたくなるところだが、俺とは全くスタイルの違う彼女は自ら売れるようになったのだろう。


人好きのする笑みを客へ向けていた彼女は俺の視線に気づき、顔を向ける


いつものように俺へだけ向ける華やかな顔をした後、客の手首へ時計を着けた。


売上を立てるからこそこの会社に居場所がある。

だからこそ、プライベートでもお互いを支え合って気分よく働く必要があるんだ。


ランチに行くのも、呑みに行くのも、全ては仕事のため。

お互いの仕事ぶりを見守るのも気分が上がる。


-後で沢山褒めてやろう。


俺と彼女は仕事においても、プライベートにおいても相性が良い。

彼女がいる限り俺は頑張れるだろう。




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