第17話 転生 ~貴依と久遠~




 東の大陸の王、天昇てんしょうのもとに三人のコハクの飛竜の子供たちが預けられた。


 茗雷めいらい柊雷しゅうらい桂雷けいらいの子供たちを前に天昇てんしょうはたじろいた。




 天昇てんしょうは上級魔性で、王に君臨くんりんして何万年とこの東の地を守ってきた。

 当たり前だが、何万年と生きてきた天昇てんしょうでも子育てはしたことがなかった。


 そして、子供たちはとにかくやんちゃだった。

 ほとんどじっとしていることがなかった。

 いつも三人でけまわっていた。



 天昇てんしょうは子供たちをどうあつかっていいのか分からなかった。


 シオンから預かったはいいが早々にさじげた。




「シオンのヤツ、どう育てていたんだ?」


 天昇てんしょうは首をかしげた。







 そして、子供たちの世話係として若い夫婦の魔性を連れてきた。


 貴依きえ久遠くおんの二人は代々だいだい天昇てんしょうつかえている魔性の家系で、

 幼馴染同士で結婚したばかりだった。





貴依きえ久遠くおん。すまないが、よろしく頼む」


 天昇てんしょうはグッタリとして言った。


天昇てんしょう様。お疲れのようですね?大丈夫ですか?」


 二人は天昇てんしょうの様子を見て心配した。


「子育てどころか、子供のことも分からないのに、一気に三人だからな。

 いくさに出ていたときの方がマシだ」


 天昇てんしょうがぼやいた。


 側仕そばづかえの月読つきよみも苦笑いしていた。







「はじめまして。茗雷めいらいさま、柊雷しゅうらいさま、桂雷けいらいさま。よろしくお願いします」


 貴依きえ久遠くおんは膝を折り子供たちの目線に合わせて挨拶をした。

 三人はじっと二人を見つめて、そして三人揃ってニッコリと笑った。






 その日から、貴依きえ久遠くおんと三人の子供たちとの生活が始まった。


 二人は基本、子供たちの好きにさせたが、ダメなことはダメとはっきりと教えた。

 善悪の区別をかりやすく説明した。


 天昇てんしょうから預かったお子さまだからこそ、人の上に立てるように教育した。




 三人とも二人になついた。

 二人はいつも三人をギュッときしめた。

 三人は二人にきしめられることが大好きだった。





貴依きえ、これあげる」


 三人が白い小さな花をんできて貴依きえに差し出した。


「まあ、なんて可愛いお花。ありがとうございます」


 貴依きえは嬉しそうに受け取り、それを小さな小瓶に生けて飾った。


久遠くおん、肩車して!」


 三人が久遠くおんにせがんだ。


 久遠くおんは順番に肩車をして一緒に遊んだ。




 そんな疑似ぎじ親子の時間が平穏に流れた。







 三人は親を知らない。


 この世界に生み出されてから、ずっとシオンと四人で世界を旅してきた。

 シオンは世界のことを三人に教えた。


 そして三人の体に流れる血の記憶について話した。


 シオンは三人に天昇てんしょうのために、この東の大陸のために生きることをめいじた。

 三人にとってシオンは絶対だった。



 だから貴依きえ久遠くおんから受けるものは、

 三人にとって初めて知る親の愛情でもあった。







 貴依きえ久遠くおんは三人が可愛かった。


 天昇てんしょうから頼まれた時は驚いたし、自分たちにつとまるのかと不安だった。

 だが、三人を見た瞬間にそんな不安は吹き飛んでしまっていた。


 三人が可愛すぎたのだ。



 貴依きえ久遠くおんも子供が大好きだった。

 だから、三人との生活はとても楽しいものだった。



 貴依きえの夢は幼い時から久遠くおんのお嫁さんになって、

 そしてお母さんになることだった。


 貴依きえは幸せだった。


 三人の子供たちもスクスクと育った。

 毎日、けまわり城中のものたちから可愛がられた。







貴依きえ、あのね。叶偉かいとヤクソクしたの」


 ある日、桂雷けいらいが嬉しそうに貴依きえに報告しにきた。


「ヤクソク?何をですか?」


 貴依きえが聞き返した。


「大きくなったら叶偉かいを食べるの!」


 桂雷けいらいは満面の笑みで言った。


「…。桂雷けいらい様。今、七歳ぐらいでしたよね?

 意味をかって言っていますか?」


 貴依きえが一応確認した。


「うん!けいちゃんね、叶偉かいとヤクソクしたの!」


 桂雷けいらいは目をキラキラさせて話した。


 その後ろで茗雷めいらい柊雷しゅうらいが顔を引きつらせて立っていた。


「…そうなんだ、貴依きえ


 茗雷めいらいが困ったような顔で答えた。


「そうですか。別にかまいませんよ?

 桂雷けいらい様が選んだのなら確かでしょう」


 貴依きえはニコリと笑った。




 貴依きえ久遠くおんも子供たちの言う、べるという意味を知っていた。

 天昇てんしょうから教えられていた。




 七歳の子供とはいえ竜の子だ。

 その瞳が見るものは確かなのだろうと感じていた。


 貴依きえは子供たちを信じていた。






 それから子供たちはいつも叶偉かいと四人、一緒に過ごしていた。

 子供たちが話す中にいつも叶偉かいの話題があった。

 三人にとって、特に桂雷けいらいにとって叶偉かいの存在が大きいことを

 貴依きえ久遠くおんは感じていた。







 貴依きえたちが一緒に生活するようになって三年ほどっていた。


 貴依きえが妊娠した。

 三人の子供たちはとても喜んだ。


 天昇てんしょう貴依きえの妊娠を知って子供たちの世話係をどうするのか悩んだ。

 このまま貴依きえが世話係をつとめるのは負担ふたんになるだろうと考えた。



 貴依きえ久遠くおんは世話係を続けたいと願い出たが、

 自分たちの子育てと両立できるかは分からなかった。


 えず、貴依きえの出産までは様子を見ることになった。


 日々、大きくなる貴依きえのお腹を見て、

 三人は嬉しそうにお腹をでたり声をかけたりしていた。








 貴依きえの出産が近づいてきたある日。


天昇てんしょう様!貴依きえが…」


 月読つきよみ血相けっそうを変えて天昇てんしょうのもとにやってきた。



 貴依きえは難産のすえ、男の子を生んだが死産だった。

 そして貴依きえは二度と子供の産めない体になった。


 貴依きえは泣き声を上げない赤子あかごを抱いて泣き続けた。

 久遠くおん貴依きえをひたすら抱きしめ一緒に泣いた。


 三人の子供たちはただ黙って見ているしかなかった。


 初めて見る貴依きえ久遠くおんの涙に三人は動揺した。


 人の感情に敏感な竜の子の三人は大好きな貴依きえ久遠くおんの悲しみに心が痛かった。

 苦しかった。




 三人の様子を見て天昇てんしょう貴依きえ久遠くおんさとに帰した。


 三人は突然、貴依きえ久遠くおんうしなうことになった。



 疑似ぎじとはいえ父母を、家族をくしてしまった。



 叶偉かいは何も聞かず、今まで通りに接してくれた。


 周囲の大人たちもいつも通りに子供たちを可愛がった。








 それ以降、三人だけの生活が始まった。


 三人は新しい世話係をらないと言った。

 もう十二歳になろうとしていたから、

 自分のことは自分で出来ると天昇てんしょうに言った。



 貴依きえ久遠くおんさとに帰って赤子あかごれいをともらった。

 そして静かに二人だけの生活を始めた。


 貴依きえ久遠くおんは三人の竜の子のすこやかな成長を願った。








 月日が経ち、三人の竜は成長し天昇てんしょうのもと、

 東の大陸のためにくすようになった。


 柊雷しゅうらいは軍のトップにいた。


 そして柊雷しゅうらいたてとして四人の人間が柊雷しゅうらいの側につかえた。

 たての四人は人間であったが竜の柊雷しゅうらいを守った強い戦士だった。


 その四人が死後、転生てんせいし再び柊雷しゅうらいの元につかえたいと願い出た。




 柊雷しゅうらいはその願いを聞き入れた。


 柊雷しゅうらいにとっても四人はとても大切な存在だった。


 このまま人間としてうしないたくはなかった。


 どうにかして自分と同じ時間を歩ませたかった。


 柊雷しゅうらい天昇てんしょうに許可をもらい、四人を転生てんせいさせようとした。









 城から北の方角、とある街の一角に森があり小さな集落が点在てんざいしていた。


 柊雷しゅうらいはその一つの、とある家の前にやってきた。



 そしてその住人の名前を呼んだ。


「久しぶり。元気だった?」


 柊雷しゅうらいが呼んだのは貴依きえ久遠くおんだった。


「まあ、柊雷しゅうらい様。ご立派りっぱになられて…」


 貴依きえ久遠くおんは嬉しそうに柊雷しゅうらいを迎えた。


「二人にお願いがあって。

 この子たちを転生てんせいさせたい。

 この子たちの親になってくれないかな?」


 柊雷しゅうらいてのひらに三つの小さな光る球を出して言った。


転生てんせい?この光は…?」


 二人は驚いて柊雷しゅうらいてのひらを見た。


「俺を守ってくれていた戦士。人間だった。

 転生てんせいしてもう一度、俺の元に来てくれると言ってくれた。

 今度は魔性として生まれさせたい。

 同じ時間を一緒に生きていきたいんだ」


 柊雷しゅうらいの言葉に貴依きえは嬉しそうな顔をした。


「私は母親になれるのですね?」


 貴依きえ久遠くおんを見た。

 久遠くおんも嬉しそうに微笑ほほえんだ。


柊雷しゅうらい様。私たちにもう一度親になる機会を与えてくださって、

 ありがとうございます」


 久遠くおんは深々と頭を下げた。


「俺のほうこそ、ありがとう」


 柊雷しゅうらいは二人を抱きしめた。




 柊雷しゅうらい貴依きえに三つのたましいたくした。


 貴依きえのお腹の中で三つのたましいの次のせいが始まった。


 貴依きえはもう一度、母になれる喜びをめた。


 そして日々大きくなるお腹を見ていとしさが増した。


 久遠くおんもそんな貴依きえを見て嬉しかった。









 待ちに待った日、貴依きえは三人の男の子を産んだ。


 三人とも、とても元気に泣き声を上げた。


 その泣き声を聞いて貴依きえは号泣した。


 昔、聞くことが出来なかった我が子のことを想って泣いた。


 そして新たに自分の手元に来てくれた三人の赤子あかごのことを想って泣いた。


 久遠くおん貴依きえと一緒に男泣きした。


 そして腕の中で元気に泣く赤子あかごたちを抱きしめた。







「そう、無事に生まれたの?良かった」


 柊雷しゅうらいは知らせを受けて喜んだ。


 そして、もう一人、転生てんせいさせた子の出産の知らせを待った。




「みんな、早く俺のところに戻って来い」


 柊雷しゅうらいつぶやいた。




                           fin

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