第11話 聖偉雷(せいらい)

  


 母さまが泣いている。


 背中、痛いのかな?


 母さまは左の背中に大きな傷がある。

 母さまは竜なのに左の翼が半分以上ない。


 ボクが生まれる前に戦争でうしなったって。

 飛ぶ練習をするけれど上手うまく飛べない。


 母さまはとてもキレイな琥珀こはくの飛竜。

 とても強い戦士だったって。


 母さま、泣かないで。


 ボクは母さまが泣いているととても悲しくなるよ。

 ボクは母さまが優しく笑って抱きしめてくれることがとても嬉しい。


 母さま、大好きだよ。





 月記げっきも泣いている。


 月記げっきはボクや母さまのお世話をしてくれている。


 昔、母さまと一緒に戦場に行っていたんだって。

 でも母さまを守れなかったって。


 母さまが翼をうしなってしまって、

 自分をめ続けている。


 月記げっきはボクに勉強や剣術も教えてくれる。

 強くなるための方法を教えてくれる。


 いつかボクが大切な誰かを守れるように、

 僕が母さまみたいな強い竜になるために。


 ボクは二人とも大好き。


 だから、二人とも泣かないで欲しい。


 なぜ、泣いているの?

 泣かないで。





 ボクはずっと大人たちにかこまれて生活してきた。

 ボクと同じ年ごろの子供はいない。


 ボクの父さまはボクが生まれる前にくなったって。

 魔性と少しの人間の血が混じっている、

 とっても優しい人だったって母さまが教えてくれた。


 ボクは飛竜の母さまの血を濃くいでいると

 しゅうちゃんが言っていた。


 しゅうちゃんやしゅうちゃんのお付きの人たちが

 ボクの面倒めんどうをみてくれている。


 剣術や馬術やいろいろなことを教えてくれている。

 さみしくなんかなかった。



 ユウエンに出会うまでは。





聖偉せい、こっちに来て。

 紹介するわね。ユウエンよ。

 彩偉さい紅玉こうぎょくのところで

 お世話係をしてくれているの。

 少しのあいだ、一緒に生活をするわ」


 母さまがボクに紹介してくれたのはボクよりちょっと年下の男の子。

 ボクは初めて同じ年頃の子供を見た。


「ユウエンです。よろしくお願いします」


 彼はペコリと頭をげた。


 柔らかい栗色の髪に同じ栗色の大きな瞳。

 ニコリと笑った顔が可愛かわいかった。


「初めまして、聖偉せいです。

 よろしくね。

 ボク、同じ年頃の友達、初めて」


 ボクは嬉しくなった。


「と、友達?僕がですか?」


 彼は少しビックリしていたけれど、

 自分も初めての友達だと笑ってくれた。


 よろしくと差し出したボクの手が、

 彼の手とれた時、

 とてもあたたかくてキラキラして見えた。


 その日から、ユウエンは自分の仕事の後に、

 ボクと一緒に勉強したり、

 剣術を習ったりした。


 ボクは誰かと一緒にいることがなかったからとても楽しかった。

 ユウエンを色々な所に連れて行きたかったし、紹介したかった。


 ユウエンと会って五日ぐらいした時、

 しゅうちゃんに会わせたくて

 訓練場の奥のしゅうちゃんのテントに連れて行った。


 そしたらしゅうちゃんが訳の分からないことを言い出して、

 ユウエンの体に大きな火傷やけどあとがあることを知った。


 その傷を見た時、母さまの背中の傷を思い出して泣いてしまった。



 ユウエンは痛かったのかな?

 熱かったのかな?

 怖かったのかな?



 ボクが泣いていたから、

 ユウエンも大声で泣き出してしまった。


 ボクは苦しくて心がチクチクと痛くて、

 ユウエンをきしめて一緒に泣いた。


 ユウエンにもう泣いて欲しくないと思った。


 もう誰もユウエンに痛いことをしないで、

 ひどいことをしないで。



 どうか、お願い。

 ユウエンを泣かせないで。






 ユウエンと出会ってボクはずっとユウエンと一緒に行動した。

 ボクの隣にはいつもユウエンがいた。

 そして、繋つないだ手はいつもボクのものだった。



 なのに…。






 彩偉さいちゃんと紅玉こうぎょくに双子の赤ちゃんが生まれた。

 とても小さくて可愛かわいくて、

 ユウエンと一緒にお世話したんだ。

 双子だから大変だったけど、

 ハイハイしたり、おしゃべりしたり、

 見ているだけで楽しかった。


 けれど、ある日、気が付いた。


 ユウエンの両手は彼ら双子がにぎっている。

 ボクがにぎる手がないことに気が付いてしまった。



 ボクの手がくうをきっている。

 なんだろう?この感覚。


 胸にポッカリ穴がいたような、

 何かがりないような、さみしさ。


 ボクがきずいてきたものが足元から崩れるような感覚。

 ボクの居場所がない。


 どうしよう、ボクはユウエンの一番になりたいと思った。

 ボクだけを見て欲しいと思った。



 ボクはユウエンのことが好きだと自覚してしまった。





「あら、聖偉せいったら、今頃、気が付いたの?

 初めてユウエンと会った時から好きなのだと思っていたけれど」


 母さまが泣いているボクを見つけてそう言った。


「初めて会った時も、ユウエンの傷を見て泣いた時も、

 聖偉せいはユウエンに心をつかまれちゃったと思ったわ。

 あなた、ずっとユウエンだけを見ていたでしょ?

 それって恋よ」


 母さまは楽しそうに、ウフフと笑った。


「恋?これが?でも、ボク、苦しいよ?

 悲しいよ胸がね、チクチクと痛いの」



 ボクは恋の意味が分からなかった。



聖偉せいが言ったことすべてが恋よ。

 その気持ちを大切になさい。

 ユウエンをおもうあなた自身を大切になさい」



 母さまが優しく話かけてくれる。


 ボクはまだ子供だ。


 母さまの言っていることがむつかしかった。







 ユウエンと出会ってから七年近くがっていた。


 ボクは夢の中でユウエンをおかした。

 ユウエンを傷つけて、けがしてしまった。

 ボクはよごれた生き物になってしまった。


 夢から目覚めざめてボクは泣いた。

 自分がこんなにきたない生き物だったなんて考えもしなかったから。


 ユウエンを大切にしたいのに、

 大切にしてきたのに、

 一番大切にしていなかった。


 そして、ボクはどうしていいのか分からなくなった。




 ユウエンはずっと変わらずボクの側にいてくれた。

 ユウエンは背も伸びてからだつきもよくなった。


 剣術の腕も上げて、今では幹部かんぶ手合てあわせしても

 いい勝負になっていた。


 仲間も沢山できて、よくみんなの輪の中にいた。

 ボクはそれを少し遠巻きに見ていた。


 ボクはユウエンと一緒にいることが苦しくなっていた。

 ユウエンをどうにかしそうで怖かった。





 漆黒しっこくの闇の中、

 雲の合間から月が顔を出して塔の上の竜を照らし出した。


 あか琥珀こはくの飛竜、聖偉雷せいらい


 夜空に飛び立ち舞う。

 高く昇ったかと思ったら急降下し、体をひねり、また上昇する。

 そのたびに風を切る音が闇夜やみよ木霊こだまする。





 ユウエンはその様子を物陰ものかげかくれて見ていた。

 時々、聖偉雷せいらいが竜の姿で飛んでいることを知っていた。


 ただ、聖偉雷せいらいはそれをかくしたがっているようで、

 知っていることを黙っていた。


 ユウエンは聖偉雷せいらいをとてもキレイだと思った。

 夜空にあかい体が月明かりに照らされてキラリと反射する。

 大きく広げた翼が神々こうごうしい。


 いつまでも見ていたいと思っていた。

 そして、この飛竜が自分のものだったら

 どんなに幸せだろうかと思っていた。



 ユウエンは聖偉雷せいらいに恋をしていた。



 初めて友達だと言ってくれた。

 自分の傷を見て泣いてくれたのも聖偉雷せいらいが初めてだった。


 ユウエンはいつのにか、

 いつも一緒に隣にいてくれる聖偉雷せいらいの存在が当たり前になっていた。

 そして、成長するにつれ、聖偉雷せいらいが隣にいないことが増えて

 さみしく思っていた。


 ぽっかりと穴がいたような感覚を覚えていた。

 そして、不安だった。

 気が付いたら聖偉雷せいらいがいなくなっているのではないかと思った。



 どうしたらこの飛竜をつなめておけるのだろう?


 どうしたら自分の隣に居てもらえるのだろう?



 ユウエンは考えた。






「で、考えた結果、オレのとこに来たのか?」


 紅玉こうぎょくはポリポリと頬をいた。


「だって、紅玉こうぎょくさま、

 彩偉さいさまの旦那だんなさまだし。

 どうしたらいいのか分かるかなと思って…」


 ユウエンは言葉にまる。


「聞く相手を間違えているぞ、ユウエン」


 横から彩偉雷さいらいが突っ込む。


彩偉さいさま…そんなこと言わないでください」


 ユウエンは涙目になる。


「その気持ち、そのまま、聖偉せいに言ったらいいんだ。

 な、紅玉こうぎょく


 彩偉雷さいらい紅玉こうぎょくに話を振った。


「?」


 紅玉こうぎょくは意味が分からなかった。


紅玉こうぎょく、お前が私に言ったんだ。

 言葉で伝えてくれないと何も分からない。

 私のことをもっと知りたいから話して欲しいと」


 彩偉雷さいらいの言葉に紅玉こうぎょくは声をあげた。


「そんなこともあったな。

 オレ、本当に彩偉さいのこと分からなくて、

 知りたくて、彩偉さいにお願いしたんだ。

 オレたちも若かったよな」


 紅玉こうぎょくが思い出し笑いをする。


「お二人とも、そんなことがあったんですか?

 いつもお互いのことよく分かっているみたいで、

 そんな風には見えないのに」


 ユウエンが驚く。


紅玉こうぎょくといて、かりえるようになった。

 紅玉こうぎょくだけが私をかろうとしてくれた」


 彩偉雷さいらいが優しく微笑ほほえむ。


「ボクは聖偉せいさまのことをもっと知りたいです。

 聖偉せいさまのことをかりたいです」


 ユウエンは答えた。






 聖偉雷せいらいは今日も真夜中の空に飛び立った。


 自分の感情のコントロールが出来なかった。

 発散はっさんしないと、

 どうにかなってしまいそうで怖かった。

 最近はユウエンの顔をまともに見ることが出来なくなっていた。



 空から舞い戻り部屋に帰ろうと中庭に降り立つと、

 そこにユウエンが待っていた。

 聖偉雷せいらいは驚いて立ちすくんでしまった。


「ユウエン、どうして、ここに?」


 見られていた⁉


 聖偉雷せいらいの声がふるえる。



聖偉せいに話がしたくて待っていた。

 時々、空を飛んでいるの知っていたから」


 ユウエンが答える。



「知っていたの?」


 聖偉雷せいらいは動揺した。


 自分のみにくい姿を見られていた⁉

 どうしよう。

 ユウエンに見られていたなんて。



聖偉せい、あのね。

 僕、君に伝えておきたいことがあって…」


 ユウエンが切り出そうとすると聖偉雷せいらいさえぎった。


「待って、ユウエン。

 言わないで。ごめんなさい。

 ボクが悪いんだ。


 ボクがきたない生き物で、

 ユウエンを傷つけようとしたから。


 ボクが勝手かってに君のこと好きになってしまったから。

 ごめんなさい」


 聖偉雷せいらいはポロポロと涙をこぼした。



 ユウエンは突然の聖偉雷せいらいの告白に驚いた。

 何て言ったのか、すぐに飲み込めなかった。


「今、何て言ったの?

 僕のこと好きって?

 本当なの?


 聖偉せい…僕も、僕も聖偉せいのことが好き!」



 ユウエンの言葉に聖偉雷せいらいが固まっている。


 ユウエンが自分を好きだと言ってくれている?


 本当だろうか?夢じゃないのか?



「ユウエン、本当なの?

 ボクのこと好きでいてくれるの?

 ボクは君にひどいことを…

 夢の中でボクは君をおかした。

 ボクはきたない生き物なんだよ?」


 聖偉雷せいらいが告白する。



「そんなことない。聖偉せいはキレイだよ。

 僕は聖偉せいれられたい。

 聖偉せいあたたかさをずっと感じていたい。


 僕はずっと聖偉せいの隣にいたい」



 ユウエンがそっと聖偉雷せいらいの手をにぎる。



 久々に感じるユウエンの手のぬくもり。



 聖偉雷せいらいはユウエンにきついた。



「ユウエン、好き。

 ボクはユウエンをボクのものにしたい。

 誰にもユウエンを渡したくない。

 お願い。


 ボクの側に居て、ボクだけのものでいて!」


 聖偉雷せいらいは泣きながら訴えた。



 ユウエンは聖偉雷せいらいきしめた。


「嬉しいよ、聖偉せい

 僕も聖偉せいが好き。

 聖偉せいが僕のものになればいいのにって、

 ずっと思っていた」




 ユウエンの言葉を聖偉雷せいらいの唇がふさいだ。


 聖偉雷せいらいの唇が強くユウエンの唇を吸い上げ

 舌がからう。


 ユウエンは初めての感覚に頭がクラクラした。

 息が出来なくて倒れそうだった。


 聖偉雷せいらいはユウエンの顔や首にキスをした。


 聖偉雷せいらいはもうまらなかった。

 いとしいユウエンの体をきしめて、

 今までおさえていた感情があふした。


 そのまま、中庭の芝生の上にユウエンを押し倒してしまった。


 ユウエンはされるがままで、

 どうしたらいいのか分からなかった。

 でも抵抗はしなかった。


 聖偉雷せいらいれられているところがあたたかくて、

 気持ちよくて幸せだった。


 服を脱がされて直接、聖偉雷せいらいと肌が合わさる。

 その感覚にユウエンは眩暈めまいを覚えた。


 聖偉雷せいらいの熱がユウエンに伝わる。

 ユウエンの口から声がれる。

 その声が聖偉雷せいらいの感情を刺激した。


 聖偉雷せいらいがユウエンをまさぐる。


 二人の熱がかさなる。


 ユウエンはすべてが初めての感覚で追いつけなくなっていた。


 聖偉雷せいらいは自分をおさえられずユウエンを求めた。

 夢にまで見たユウエンが今、自分の手の中にある。


 嬉し過ぎて幸せ過ぎて

 聖偉雷せいらいはユウエンの中で激しく舞った。


 ユウエンは自分の熱と聖偉雷せいらいの熱がかさなり

 意識を飛ばしてしまった。



 聖偉雷せいらいは優しくユウエンをきしめた。


 そして、ユウエンの手にそっと唇を付けた。






 朱偉雷しゅいらいは中庭の二人に気付かれないように

 そっと繭玉まゆだまを作ってやった。


 部屋に戻る時、月記げっきが廊下で待機していた。

 朱偉雷しゅいらいはチラリと月記げっきを見たが

 何も言わずに部屋に戻ってしまった。


 月記げっきも何も言わずに少しうつむいて

 朱偉雷しゅいらいに頭をげた。





紅玉こうぎょく。ねえ、紅玉こうぎょく


 名前を呼ばれて夢うつつで紅玉こうぎょくは声の方へ手を伸ばした。


彩偉さい…?」


 目を開けるとそこにいたのは朱偉雷しゅいらいだった。


「しゅ、朱偉しゅいさま⁉」


 紅玉こうぎょくは一気に目が覚めて飛び起きた。


「あのね、紅玉こうぎょく

 中庭に聖偉せいとユウエンが寝ているから、

 他のものが起きてこないうちに部屋に連れていって欲しいの」


 朱偉雷しゅいらい紅玉こうぎょくにお願いをする。


「は、はい?聖偉せいさまとユウエンが中庭に?」


 紅玉こうぎょくは話が飲み込めなかった。


「…うん、姉さま?」


 隣で寝ていた彩偉雷さいらいも起きた。


 彩偉雷さいらい紅玉こうぎょく朱偉雷しゅいらい交互こうごに見た。


「…紅玉こうぎょく。前、かくせ」


 彩偉雷さいらい紅玉こうぎょくに向かって冷たく言った。


「…?…⁉うわっ!」


 全裸ぜんらで立っていた紅玉こうぎょくは両手で前をかうして

 慌てて部屋を飛び出した。




「姉さま、紅玉こうぎょくさないわよ」


 彩偉雷さいらいが布団の中から

 朱偉雷しゅいらい上目遣うわめづかいで見た。


「うふふ、紅玉こうぎょく立派りっぱね。眼福がんぷく♡」


 朱偉雷しゅいらいがニコリと笑う。


「もう!姉さま、月記げっきは?」


 彩偉雷さいらいがため息をつく。


月記げっきはダメよ。

 まだ、自分を許していない」


「クソ真面目まじめ。迷惑‼」


 彩偉雷さいらいは言い捨てる。


「もう、命令しちゃえ!

 このままでいたら姉さま、おばあちゃんになるわよ」


「そうねえ、私も待ちくたびれちゃった」


 朱偉雷しゅいらいはまた、うふふと笑った。






 中庭に着いた紅玉こうぎょくは芝生の上に手をつないで寄り添って寝ている

 聖偉雷せいらいとユウエンを見つけた。


 全裸ぜんらに服がけてあるだけだった。

 二人とも幸せそうにスヤスヤと寝息をたてていた。


 紅玉こうぎょくはフッと笑みをこぼし、

 二人が起きないようにそっとかかげて

 ユウエンの部屋に連れ帰った。




 昼過ぎになって二人はようやく目覚めざめた。


 ユウエンの部屋ではだかで顔を見合わせ、

 そして昨晩のことを思い出して赤面せきめんした。



 聖偉雷せいらいはそっとユウエンの手をにぎった。



 ユウエンも手をにぎかえし二人で笑顔になった。



                            fin

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