第8話 彩偉雷(さいらい)




『どうしてオレは彩偉さいさまに選ばれたんだ?


 前世ぜんせ彩偉さいさまとはかかわりがなかった。

 藍偉雷あいらいさまや瑠偉雷るいらいさまとはちがう。


 何故なぜ、オレなんだ?』


 紅玉こうぎょくは一人ごちた。





 前世ぜんせ美怜みれい青玉せいぎょく黄玉おうぎょくと共に柊雷しゅうらい様のたてとなり、

 そのいのちをお守りしてきた。


 そして四人の総意で転生てんせいし再び柊雷しゅうらい様のもと、

 たてとなることを望んだ。


 柊雷しゅうらい様のおかげで四人一緒に転生てんせいした今、

 こうして再び城に居ることが出来ている。



 しかし、柊雷しゅうらい様は、何度でも転生てんせいして柊雷しゅうらい様のもとに

 つどいたいという願いは許さなかった。


 柊雷しゅうらい様は自分たちに仕掛しかけをし、

 竜の方々と共に生きていけるように魔性としての力を吹き込んでいた。



 そして、竜のお子様たちとちぎりをわさせた。

 もちろん、選択肢は自分たちにあると、断ってもいいと言ってくださった。


 しかし、青玉せいぎょく藍偉雷あいらいさまと、黄玉おうぎょく瑠偉雷るいらいさまと、

 当然、美怜みれい柊雷しゅうらい様と、拒否する理由はなかった。

 前世ぜんせで深く関わっていたからだ。



 しかし、オレは?


 オレは引退して帰っていたさとが魔性に襲われ、

 青玉せいぎょくと共ににした。

 彩偉さいさまが生まれたのはオレが死んだあとだ。


 オレは彩偉さいさまを知らない。



 なのに、ちぎりをわすとき、彩偉さいさまはオレを選んだ。


 もちろん、オレにも断る理由はなかった。

 もともと、柊雷しゅうらい様のためにいのちを捧げていた。

 他の竜の方々のためにつかえろと言われればつかえる。


 オレの役目だと思っているし、希望通り転生てんせいさせてもらえたのだ。

 柊雷しゅうらい様の言うことにさからうつもりもなかった。


 だが、何故なぜ彩偉さいさま?と、また同じ疑問に戻ることを繰り返していた。





 彩偉さいさまは桂雷けいらい様と叶偉かい様の五人のお子様の末娘で双子の竜だ。

 琥珀こはくの飛竜。


 歳の頃は十五、六歳ぐらいか

(竜の年齢は当てにならないと聞いたことがあるが)。


 姉の朱偉雷しゅいらいさまと同じような、それ以上のあかみがかった琥珀こはく色の長い髪に、

 太陽の光のようなだいだい色の大きなクリッとした瞳が印象的で、

 絶対、ちょうがつく美人になると、オレのセンサーが言っていた。


 黙っていれば最高なんだが、性格は一刀両断いっとうりょうだんの女王様気質で、

 オレは毎日バッサリと切り捨てられていた。


 オレはあまりものだったのかともひねくれてしまうが、

 竜にとってちぎりはそんな簡単なものではないらしい。


 実際、それぞれの前にさかずきが置かれ、その中に血が一滴いってきらされていた。


 一滴いってきとはいえ、竜の血を自分の中に入れるということは、

 その竜と共鳴きょうめいするということ、

 竜にとってその相手は誰でもいいいという訳ではなかった。


 自分のいのちを預けているようなものと同じらしく、

 それこそ伴侶はんりょの意味あいがあるという。


 では、何故なぜ彩偉さいさま?とまた同じところに戻ったオレなのである。





 紅玉こうぎょく前世ぜんせ柊雷しゅうらいのもと、他の三人と共に柊雷しゅうらいたてとなり、柊雷しゅうらいを守ってきた。


 前線では切り込み隊長をする根っからの戦士だった。

 人間でありながら、竜を守った勇敢な戦士だった。


 見た目は派手はでで白銀の髪に宝石のようなあかい瞳、顔立ちもよく、

 きたえた体は美しい筋肉でおおわれていた。

 性格も豪快で、柊雷しゅうらいに対しても物怖ものおじせず半分ため口で話をしていた。


 その見た目から女性にモテて本人もそれを自覚していた。

 いわゆる、派手はでな色男だ。


 モテるから特定の女性はおらず、

 他の男たちからやっかまれていたが、その性格から老若男女ろうにゃくなんにょ

 同性からもかれていた。





 彩偉雷さいらいはイラついていた。


 ちぎりを紅玉こうぎょくわしたが、

 紅玉こうぎょくはなぜ自分が選ばれたのか理解していなかった。


 彩偉雷さいらいにしてみれば屈辱くつじょくだった。


 この私が選んだ男なのに、あの男は私のことを分かっていなかった。

 それがみょうに腹立たしかった。



 彩偉雷さいらいにしてみれば、紅玉こうぎょく転生てんせいしたあと、ずっと待っていたのだ。


 柊雷しゅうらいに待てと言われたあの日から、彩偉雷さいらいはずっと紅玉こうぎょくが城に来るのを

 待っていたのだ。


 それをあの男は忘れていたのだ。

 彩偉雷さいらいは許せなかった。


 しかし、紅玉こうぎょくが忘れていたとしても、それは仕方しかたのないことだった。

 それもかっているから、なおさら、イラついていた。





 そして、事件は起きた。


 彩偉雷さいらい桂雷けいらいについて他領地におもむいていた時のこと、

 別室で待機していた紅玉こうぎょくに領地の女性たちが色目を使ったり、

 品々で持て成したりしたのだ。


 もちろん、紅玉こうぎょくは仕事中だからと断っていたが、

 用事をませた桂雷けいらいについて戻ってきた彩偉雷さいらいは、

 その光景を見て思わず紅玉こうぎょくの頭上にいかづちを落としたのだ。


 彩偉雷さいらい雷家らいけの血を色濃く継いでいる琥珀こはくだ。

 琥珀こはくは破壊の炎を使う。


 手加減てかげんしたとはいえ、そのいかづち紅玉こうぎょくにぶつけたのだ。


 紅玉こうぎょくにしたらたまったものではない。

 全身に電気が走り、心臓が止まるかと思ったほどだ。


 ただの人間だったら死んでいた。


 しばらく、ビリビリとした感覚が残っていた。






 城に戻ったあと、桂雷けいらい彩偉雷さいらい𠮟しかりつけた。


彩偉さい!お前、紅玉こうぎょくになんてことするの!

 自分のしたことを分かっているの⁉」


紅玉こうぎょくが悪いんでしょ!

 仕事中に女とイチャイチャしているから!」


 彩偉雷さいらいが負けじと言い返す。


「向こうが勝手に持て成してくれただけで、

 紅玉こうぎょくは悪くないでしょ⁉」


桂雷けいらい様、もういいですよ。

 オレが以後、気を付ければいいことなので。

 それより、オレは何か彩偉さいさまにしたのでしょうか?

 最初から嫌われてるような気がして…」


 紅玉こうぎょくが困惑気味にうかがう。



 その言葉に彩偉雷さいらい紅玉こうぎょくをキッとにらむ。



彩偉さいめなさい。

 何度も言っているでしょ?

 二、三歳の幼子おさなごの記憶なんて無いも同然。

 ましてしゅうがその記憶を封印ふういんしたことも知っているでしょ⁉」


 桂雷けいらい彩偉雷さいらいをたしなめる。


「記憶を封印ふういん?どういうことですか?」


 紅玉こうぎょくが理解できないという表情で柊雷しゅうらいを見ると、

 成り行きを見守っていた柊雷しゅうらいが口を開いた。


「お前が幼子おさなごのとき、お前たちの様子を見に何度かさとに行ってね、

 その時に彩偉さいを連れて行ったことがある。


 その時、お前は彩偉さいに会っているんだよ、紅玉こうぎょく


 幼子おさなごとはいえ、お前は前世ぜんせと同じ戦士だったよ。

 一人でいた彩偉さいのもとに行って、彩偉さいを守ると言ったんだ。


 俺はお前の成長に影響が出ないように、その時の記憶を封印ふういんした。

 転生てんせいさせたのは俺だが、新しい人生を決めるのはお前たち自身だからね。


 でも、お前たちはちゃんとここに戻ってきた」


 柊雷しゅうらいの話を聞いて、紅玉こうぎょくは少し混乱した。





『昔、彩偉さいさまと会っていた?』





しゅうちゃん、どこに行くの?」


 夜更よふけに何処どこかに出掛でかけようとする柊雷しゅうらい彩偉雷さいらいは不思議そうに見ていた。


彩偉さい、起きていたの?」


 柊雷しゅうらいが優しく微笑ほほえむ。

 彩偉雷さいらい柊雷しゅうらいに向かって両手を広げてっこをせがむ。

 一緒に連れて行けと無言で言っているのだ。


「母さまには内緒ないしょだよ?」


 柊雷しゅうらい彩偉雷さいらいかかげ、そして夜空に飛び立った。


 城からずっと北の方角、とある町の一角いっかくに降り立つ。

 少し先に小さな森があり、集落が点在していた。


 そのうちの一つの家の前、スーと扉が開くと小さな三人の子供たちが出てきた。

 としころは二、三歳ぐらいか、三人とも男の子だ。


「誰?」


 彩偉雷さいらいが尋ねる。


「俺の大切な子。元気にしているか様子を見に来たんだ」


 柊雷しゅうらいが答える。



 彩偉雷さいらいはふうんと、興味のなさそうに森の奥へと歩いて行った。

 小さな池があり、そのほとりを歩いていると、ガサッと音がした。


 振り返るとさっきの男の子の一人が立っていた。


 小さな子供なのに、はっきりと意志のある瞳で彩偉雷さいらいを見上げ、

 両手を広げて立っている。



「何?お前、何しているの?私を守っているつもり?」


 彩偉雷さいらいの言葉に男の子はしっかりとうなずいた。


 彩偉雷さいらい可笑おかしかった。


 思わず男の子のひたいを指でチョンと押してしまった。

 すると男の子は後ろに尻もちをついてしまった。

 不意ふいことでキョトンとしている。


「あ、ごめん。でも守ってくれるんだ。ありがと」


 彩偉雷さいらいはまたクスクスと笑った。



彩偉さい、ダメだよ。勝手にどこかに行っちゃ」


 柊雷しゅうらい彩偉雷さいらいを探しに来た。


紅玉こうぎょく、お前もここに居たの?」


 柊雷しゅうらい紅玉こうぎょくげた。


「ねえ、しゅうちゃん。この子、ちょうだい」


 いきなり彩偉雷さいらい柊雷しゅうらいに言い出した。


彩偉さい、まだ、ダメだよ。

 紅玉こうぎょく幼子おさなごだから、まだダメ」


 柊雷しゅうらいが答える。


「いつになったらもらっていい?」


 彩偉雷さいらいが尋ねる。


紅玉こうぎょくは物じゃないよ。

 もう少し大きくなって紅玉こうぎょくが自分の意思を示せるようになったらね。

 その時まで、もう少し、お待ち」


 柊雷しゅうらいの言葉に彩偉雷さいらい渋々しぶしぶうなずいた。



 彩偉雷さいらいは月明かりの下、紅玉こうぎょくと呼ばれた男の子のあかい瞳を

 キレイだと素直に思った。



 このあかい瞳が欲しい。



 初めて感じた感覚だった。






 あれから十五年以上の歳月さいげつが流れ、やっと目の前に紅玉こうぎょくが現れた。




「オレは彩偉さいさまに会っていたんですか?」


 紅玉こうぎょくの言葉に彩偉雷さいらいの怒りが爆発した。


「お前が守ると言ったんだ!

 両手を広げて私を守ると。


 だから待っていたのに!


 お前は自分の言ったことも忘れて、

 私に会ったことも知らないと言う。


 何もなかったことにするな‼」



 彩偉雷さいらいは泣き出しそうな声だった。



彩偉さい、いい加減かげんになさい。

 しゅうも記憶を消している。

 覚えている方がおかしいでしょ。

 無茶を言うものではない」


 桂雷けいらい彩偉雷さいらいを繰り返したしなめる。


「もうめよう」


 柊雷しゅうらいがそっと彩偉雷さいらいを後ろから抱きしめる。


彩偉さい、ごめんよ?

 俺が細工さいくをしたから。

 紅玉こうぎょくを許してやって欲しい」


 柊雷しゅうらいに抱きしめられて彩偉雷さいらいはそのまま大声で泣き出してしまった。



 紅玉こうぎょく呆気あっけにとられていた。


 こんなに感情をしにして自分を求められたことなどなかった。

 言い寄ってくる女たちは多々いたが、

 自分を欲しがって泣きじゃくる女はいなかった。


 まして、それが竜の子の彩偉雷さいらいだ。

 そして、紅玉こうぎょくの中の彩偉雷さいらいの血までもがザワついて頭の中で響いていた。



 紅玉はゾクゾクとした感覚にとらわれていた。



 そして、この琥珀こはくの竜を手に入れたいと思った。

 自分のものにしたいと本気ほんきで思った。

 今まで何かをこんなにも欲しいと思ったことなどなかった。



 この竜のためならいのちれる。



 この竜の望みはすべてかなえてやりたいと思ったのだ。






 翌朝、彩偉雷さいらい紅玉こうぎょくの前に現れなかった。


 紅玉こうぎょく側仕そばづかえとして部屋の前に立ち続けた。


 彩偉雷さいらい繭玉まゆだまの中に逃げ込んでいた。



 これには桂雷けいらいのほうが驚いた。


 彩偉雷さいらい桂雷けいらい以上に勝ち気で女王様気質だ。

 後ろ向きな発想は持っていなかった。

 我儘わがままも特権と思っているふしがあった。


 その彩偉雷さいらいが…。



 桂雷けいらいは昔、叶偉かいに竜の姿を見られて繭玉まゆだまに逃げ込んだことを思い出していた。


 彩偉雷さいらい紅玉こうぎょく本気ほんきで恋している。

 だから逃げ込みたくなったのだと。


 娘の成長に桂雷けいらいいとおしさを感じていた。


 そして、彩偉雷さいらいが好きな相手とげられることをせつに願った。





 紅玉こうぎょくはそのまま部屋の前に立ち続けた。


 あたりが寝静まった頃、

 紅玉こうぎょくは目をつむり腕を組んで壁に寄りかかっていた。


 左腕の服を引っ張られて目を開けると、

 そこに彩偉雷さいらいうつむき加減かげんで立っていた。


紅玉こうぎょく、部屋に戻ろう…」


 服をつかんだまま彩偉雷さいらいが小さな声でつぶやいた。


 紅玉こうぎょく彩偉雷さいらい見下みおろろす状態で、彩偉雷さいらいの頭しか見えず、

 その表情は分からなかった。

 だが、彩偉雷さいらいの気持ちがなんとなく伝わってくるようで嬉しかった。


「はい、彩偉さいさま」


 彩偉雷さいらい紅玉こうぎょくの服をつかんだまま、紅玉こうぎょくあとについて部屋に戻って行った。





 以来、紅玉こうぎょく彩偉雷さいらいの機嫌の良し悪しに関係なく、

 彩偉雷さいらいに対して態度を変えずに接した。


 もともと、相手に合わせて言動を変えるタイプではないから裏表うらおもてがない。

 柊雷しゅうらいに対してもため口だし、天昇てんしょうに対しても物怖ものおじじしなかった。


 紅玉こうぎょく彩偉雷さいらいの機嫌を取っても仕方しかたがないと割り切っていた。

 自分は自分のやり方がある。

 それで彩偉雷さいらいの怒りに触れたとしてもかまわなかった。



 彩偉雷さいらいも真正面からぶつかってくる紅玉こうぎょくに対して気に入らなければ

 バッサリと切り捨てたが、いやではなかった。


 桂雷けいらいたち家族以外で彩偉雷さいらいに堂々と物言ものいいをしてくるものなど、ほぼ皆無かいむだった。


 だから自分の思ったことを素直に言葉や態度に出す紅玉こうぎょくは新鮮で面白かった。

 彩偉雷さいらい紅玉こうぎょくとのやり取りを楽しんでいた。




  紅玉こうぎょく柊雷しゅうらいから彩偉雷さいらいの教育係をまかされていた。

 柊雷しゅうらいいわく、紅玉こうぎょくは単純ではあるが戦術と剣術に関しては優秀だ。


 紅玉こうぎょくは、その知識と技術をしみなく彩偉雷さいらいに伝授した。

 彩偉雷さいらいも吸収が良かった。




 だが、実践の武術となると彩偉雷さいらいいやがった。


「実践はイヤー!しんどい。当たったら痛いし、絶対イヤ‼」


 とかたくなにいやがった。


 これには紅玉こうぎょくも困り果てた。


 琥珀こはくの竜はたたかいの竜だ。

 なのに、実践が出来ないなんて有り得なかった。


 最低限、剣術ぐらいは習得して欲しかった。

 だが、どうやっても彩偉雷さいらいは剣を握ろうとはしなかった。



彩偉さいさま、琥珀こはくの竜なのに、どうするんですか?

 もしてきに襲われたら?竜になればいいってもんじゃないでしょ?」


 紅玉こうぎょくあせった。


「大丈夫よ。ずっと見ていたから。

 練習なんかしなくても。

 いざとなったら出来るわよ」


 彩偉雷さいらいはよく分からない理由を並べる。


 紅玉こうぎょくは頭が痛かった。





 ある日、紅玉こうぎょく強引ごういん彩偉雷さいらいを練習場へ連れ出した。

 予科練よかれんの隊員たちが訓練しているのと一緒に彩偉雷さいらいにもさせようとしたのだ。


 彩偉雷さいらい全身全霊ぜんしんぜんれいで抵抗した。

 挙句あげくに六、七歳ぐらいの女の子の姿になり駄々だだをこねだした。


「絶対ヤダー!ヤダ、ヤダ!

 たたかいなんてしたくない!

 前線にも行きたくない!

 ヤダったらヤダ‼」


 小さな彩偉雷さいらいは全身で拒絶きょぜつしている。


 小さな女の子に変化へんげした彩偉雷さいらいを見て、

 さすがの紅玉こうぎょく堪忍袋かんにんぶくろれた。


「いい加減かげんにしなさい!

 彩偉さいさま!もとの姿にお戻りなさい。


 いいですか!あなたは闘神とうしんと呼ばれたコハクのらい一族いちぞく

 その強く出ている琥珀こはくの色は想像以上のはず。

 その力を持つあなたがたたかいは嫌だと何をおっしゃっているのですか!


 琥珀こはくの竜としての自覚じかくをお持ちなさい!」


 紅玉こうぎょくが怒鳴った。


 泣きべそをかきながらもとの姿に戻った彩偉雷さいらいは、

 紅玉こうぎょくにらみつけた。


 そして、「たたかえばいいんでしょ」と言うなり、

 紅玉こうぎょくの重い剣を一瞬いっしゅん早業はやわざで抜き取り、

 勝ち抜き戦をしていた隊員に向かって走り出した。



 たたかっていた隊員に割り込み剣をふるう。

 隊員が地面にたたきつけられた。

 突然のことで周囲はざわついた。


 だが、腕に覚えがある隊員が次々と彩偉雷さいらいの前に出てきた。

 しかし、みな一瞬いっしゅんで倒されていく。



 紅玉こうぎょくは驚いた。


 紅玉こうぎょくの重い剣を持っていたためか、幾分いくぶん剣に振り回されているかんはあるが、

 その重さを上手うまく体に連動れんどうさせている。


 体幹たいかんもほぼぶれていない。

 軸足じくあしもしっかりしている。

 動体視力もいい。

 相手の動きの先を読んで動いているのが分かる。



「強い。何なんだ、このむすめ

 まるで朱偉雷しゅいらい様の、いや柊雷しゅうらい様の太刀筋たちすじだ。

 いつの間にこんな剣術を身に着けた?


 そう言えば見ていたから出来ると言っていた。

 見ていてその動きを再現出来ているのか?

 この力、柊雷しゅうらい様以上になる!」


 紅玉こうぎょくはゾクリとした。



 ガキーンと鈍い音がして隊員の剣がれた。

 もう、彩偉雷さいらいの相手として手を上げるものはいなかった。


「これでいいんでしょ!」


 たいして息もあがっていない彩偉雷さいらい紅玉こうぎょくにらむ。


何故なぜ、これほどの力を持っていながら、

 たたかいをきらうんですか?」


 紅玉こうぎょくが尋ねる。


「だって、だって、たたかいに出たら紅玉こうぎょくは私を守ろうとする。

 しゅうちゃんにしたのと同じことをする。


 私は紅玉こうぎょくに痛い思いはして欲しくない。

 もう紅玉こうぎょくが傷つくのは見たくないの!」


 彩偉雷さいらいは泣いていた。


「何をおっしゃっているのですか?」


 紅玉こうぎょくは意味が分からなかった。



「見たの、紅玉こうぎょく前世ぜんせで死ぬとこ。

 時々、痛そうに左目をさわっているから、

 瑠偉るいに頼んで見せてもらったの。


 紅玉こうぎょくたち可哀かわいそうだよ。


 しゅうちゃんにつかえていたからって、

 引退してたのに、魔性に襲われて、

 人間の村だったのに、人間しかいなかったのに。


 勝てるわけないじゃない。


 体中、傷つけられて、左目を射抜いぬかれて、

 死んでからも目を開けたまましゅうちゃんを待ってた。


 苦しそうだった。悔しそうだった。


 黄玉おうぎょくもあと少ししゅうちゃんが行くのが遅かったら死んでた。

 藍偉あい瑠偉るいもすごく悲しんでた。


 しゅうちゃんだって泣いていたでしょ?

 みんな、みんな、大切なものをくして、いつも泣いていた。


 私は紅玉こうぎょくうしないたくないの!


 しゅうちゃん‼」


 彩偉雷さいらい後方こうほうに目を向ける。


 そこに、いつの間にか柊雷しゅうらい美怜みれいたちを引き連れて立っていた。



「そう、見たのか。それはつらかったな。

 すまない。そうだな、俺たちは強い。

 人間に守ってもらう必要などない。


 だが、俺たちは何故なぜか力の弱いものにかれる。

 生きようともがいて、懸命けんめいに運命にあらがって、

 その一瞬いっしゅんの輝きにかれるのだろうな。


 俺はその弱いものたちを守るためにたたかっている。

 そして、この大陸の安寧あんねいのためにな」


 柊雷しゅうらい彩偉雷さいらいに語りかける。



彩偉雷さいらいさま。私たちは人として生きてきた時のことを後悔はしていません。


 柊雷しゅうらい様は私たちを守り、私たちをとてもいつくしんでくださった。

 強い力をお持ちなのに、人間の私たちと同じ位置に立ち、

 共に前に進んでくださった。


 だからこそ、私たちは柊雷しゅうらい様のたてになることを誓ったのです。


 そして今、こうして同じ時間を共に過ごすことを許してくださっている」


 美怜みれいが静かに言葉をつむぐ。



 そして、青玉せいぎょく黄玉おうぎょく紅玉こうぎょくの三人も同調するように深くうなずいた。



しゅうちゃんは生まれてきて良かった?」


 彩偉雷さいらい柊雷しゅうらいにイジワルな質問をしてきた。



「…ああ。この大陸のために作られたがな。

 このいのちもらったからこそ、今、こうして大切なものたちに囲まれている。


 彩偉さい、お前にもめぐり合えた。


 俺は今、幸せだよ。


 彩偉さい、お前ももうかっているのだろう?

 何が一番大切なのか、自分が何をすべきなのか。


 だから、彩偉さい本来ほんらいの姿におもどり。

 そして、紅玉こうぎょくのために、自分のために生きてけゆけ」



 柊雷しゅうらい彩偉雷さいらいに話す。



「…しゅうちゃん。イジワル言って、ごめんなさい。


 私も生まれてきて良かったと思っている。

 母さまと父さまの子供で良かった。

 兄さまや姉さまのことも好き。


 しゅうちゃん、大好きだよ!」



 彩偉雷さいらい柊雷しゅうらいのもとへ駆け寄り、柊雷しゅうらいの胸に飛び込んだ。




 その姿が少女から大人の女性に変化へんかしていた。


 すらりとした体躯たいくくびれた腰、ふくよかな胸元むなもと

 髪はつややかに伸び、美しい姫がそこにいた。



 紅玉こうぎょくはその美しさに絶句ぜっくした。


 成長すればすごい美人になると確信していたが、

 実際、たりにして想像以上の美しさに驚愕きょうがくした。



紅玉こうぎょく。お願いだから私を守らないで。

 私をおいて死んだら許さないから!」


 彩偉雷さいらい柊雷しゅうらいの胸に顔をうずめながら紅玉こうぎょくに訴える。



彩偉さいさま。オレも大切なものは守りたいので全力で彩偉さいさまのたてになりますよ。

 でも、彩偉さいさまをおいて死んだりしない。


 柊雷しゅうらい様。あなたにいただいたこのいのち彩偉さいまのために使いたいと思います。

 この我儘わがままをお許しいただけますか?」


 紅玉こうぎょく柊雷しゅうらいに願い出る。



「もちろんだ。可愛かわい彩偉さいを守ってくれ。

 それに引き続き教育係も頼むよ。 

   

 なあ、紅玉こうぎょく彩偉さいは美人だろ?


 まだ、お前にはやらないからな」



 柊雷しゅうらい紅玉こうぎょくを見てニヤリと笑った。




 紅玉こうぎょく狼狽うろたえた。


 どういう意味だ?あのちぎりは何だったんだ?



 柊雷しゅうらいは楽しそうに彩偉雷さいらいを抱き上げ去って行った。



 一人残された紅玉こうぎょくを見て、青玉せいぎょく黄玉おうぎょくどくでならなかった。




fin


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