陰陽心療クリニック ~怪異に悩むあなたの心を癒します~
murasaki
序章
第1話 謎の怪異と月夜の出逢い
「何でダメだったんだろう、採血苦手ですって正直に言ったからかなあ……」
小柄な体に就職活動用のスーツ姿。髪型はショートボブで、サイドの髪が両房ずつ長めのため、俯く顔を隠している。
顔立ちは二十三という年齢の割には童顔なのか、それとも化粧をほとんどしていないからか、幼い印象を与えた。
祈は本日三つ目の就職面接にて採用を断られた。それも面接の最中に直接、熟考する間もなく、だ。
けして圧迫面接だったとかではない。面接担当者はとても良い人だった。良い人だったからこそ、余計に落ち込む。
面接担当者は、ここで働くのは片葉さんにとってもしんどい思いをしてしまうのではないかと思います、とはっきり告げたのだ。
多分、その人の言う通りだ。
「こ、心が辛い……」
祈の口から本音が零れ落ちた。
まだ三つ目だ、気にするな、と自分に言い聞かせつつも、内心まずいと祈は焦っていた。
片葉祈は看護師である。
専門学校卒のため勤務歴は二年だが、今年の三月に病院を辞めて、しばらく経つ。
看護師は資格があるからどこでも就職出来る、昨今は人手不足でどこも募集していると言われているが、現実はそんなことはない。何とかなるのはどこにでも柔軟に対応出来て、経験がある、そんな人間だ。
祈は天を見上げた。
夜空に大きな月がかかっている。
通り沿いには飲食店や雑貨屋などの店舗が入ったビルが並ぶ。
帰宅時間の頃だからか、人通りもそれなりにあった。
そんな中、周囲よりも少し飛び出た高さの十階建てのビルの屋上に、人影が見えた。
ふと、祈は目を見開く。
その人影は、胸程の高さのフェンスに手と足をかけていたのだ。
まずい、と祈は瞬時に思った。はっきりとは断定できないが、人影はシルエットや体つきの細さから少年のようだ。今、一人の少年がビルの屋上から飛び降りようとしている。
「っ……!」
咄嗟に祈は駆け出した。
祈はけして運動神経が良い方ではないが、身軽なため動きは速い方だ。
ビルの入り口を探すと、正面扉は閉まっていたが、建物と建物の間の路地にひっそりと備え付けられている非常口の扉が開いていた。どうやらここからあの少年は侵入したようだ。
屋上を含めると十一階分の階段。登りきれるか自信はないが、この状況で手をこまねいているわけにはいかない。行かないという選択肢は祈にはなかった。
扉を引いて踏み出そうした瞬間。祈は何かに足をとられた。
「わっ⁉」
「いっっ!」
ひっくり返りそうになったところをバランスとるために足を伸ばす。するとむにっと柔らかいような固いような奇妙な感触がパンプスの裏に走った。
どうやら非常扉を開けた所にうずくまった人がいて、蹴りかけたうえに背中を踏んでしまったようだった。
「ごめんなさい! わ、どうしよ、大丈夫ですか!」
思わぬ事態に、祈は軽くパニックを起こしながら慌てて足を引いた。
「びっくりした……え⁉ 俺、今踏まれた⁉」
うずくまっていたその人は、今しがた起こった出来事に混乱しながら、ずさっと体を引いた。
非常灯の明かりでうっすらと判別出来る程度の視界であるが、大柄な男性であった。
だが怯えた様子をしているからか、体の大きさにも関わらず威圧的な雰囲気は全くなかった。下がった眉に愛嬌のある瞳、大きな口は子供のように怯えて歪んでいた。
髪は夜の闇を溶かしたような黒で、前髪は目元にかかりそうなので軽く分けている。
医師が着るような白衣を羽織っているが、それが彼の浮かべる表情とアンバランスだった。
祈は両手を合わせて平身低頭で謝った。
「ほんっとにごめんなさい、そしてさらに申し訳ないんですけど、この屋上から男の子が飛び降りそうなんです。だから後で必ず戻るのでちょっとここ通して下さい!」
すると男性はそれまでの怯えたような表情から一転して、顔を引き締めた。
「待ってくれ、俺も彼を追いかけてたんだ」
男性が立ち上がった。大柄だと思っていたが、身長一八〇センチはあろうかというその巨体に祈は驚く。
真剣な顔で、それでもなお人の良さが滲み出る瞳で祈を見つめる。
「なあ、俺と一緒に来てくれないか。多分結界がまだあの子の暴走を食い止めてると思うけど、早いとこ助けないと」
結界、という日常生活では耳慣れない言葉に、祈は引っかかりを覚えた。
だが今は一秒でも時間が惜しい。
「もちろんです!」
祈は勢いよく返答して頷いた。
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