第2話 港湾捜査
マレットから依頼を受けて数日後、私たちはリヴァプールを訪れていた。
ホテルに着き荷物を下ろすとソファに座り、旅行鞄の中から預かった資料を広げた。
資料にはリヴァプール港を使う貿易会社の名前と住所が記されている。ごまんとある倉庫を総当たりで調べるのは大変骨が折れる。
そこで私たちは関税局から仕入れた全企業の出入状記録をしらみつぶしに調査した。
「まったく、その資料を作るのに何徹したか……」
「あなたの調べるスピードが遅いだけよ」
「手伝ってくれたっていいじゃないですか!」
「徹夜は淑女の敵なのよ」
調査の末、私たちはある企業に目を付けた。
スタンダードチャード。主に石炭輸出を取り扱っていたが、年々厳しくなる環境政策の影響によって事業が縮小。
しかし、去年から鉱石の卸から金属の生成販売に事業転換することで急激に経営を回復させている。製鉄所を調査したが、スタンダードチャードと取引をしている経歴はなく出どころは不明。
そのためウテルス鉱石を変化させている可能性が高い。
「これだけの情報では完全に黒とは言えませんね」
「明日にはわかるわ。カイン、諜報局とのスケジュールは?」
「万全です。午前9時に税関局に集合。細かい打ち合わせは現地で行うとのことです。あと、クローゼットの中にある服を着てくるようにとのことです」
クローゼットを開けると、中には税関局員の制服が2着用意されていた。
「私の好みじゃないわ」
「潜入するわけですから文句は言わないでください」
「作業着だなんて淑女のドレスコードに反するわ?」
「ただ作業服が嫌なだけでしょう。
それにドレスコードを言うなら場に合った服装をするのが大事と誰かさんから教わりましたが?」
「私は探偵。探偵は探偵らしい衣装を着るべきじゃない?それに……」
今回会う諜報員はマレットではない。彼の部下ではあるが、私をよく思わない人間だ。そして
※
日付が変わり午前9。
私たちは税関局に訪れていた。客間に通され、待つこと数分。3人の作業服に身を包んだ男たちが現れる。
「フラウト探偵事務所から来たカノン フラウトです。よろしく」
「助手のカインです。本日はよろしくお願いします」
名刺を差し出す。諜報局の人間たちは顔色変えず、金髪の男がソファに腰を掛ける。差し出した名刺を名刺入れにしまい、私たちもソファに腰かけた。
年齢は30代前半。
作業服越しでもわかる引き締まった筋肉質な体つき。おそらく工作員といったところか。
「諜報局のロベルト・テイラーだ。カノン フラウト、助手に伝えたはずだ。なぜ指定の服でこない?」
その言葉を聞いてカインはため息をつきながら頭を抱えた。
「やっぱり」と言わんばかりに。
カインは作業服に身を包んでいるが、私はいつもの服装でここに来た。作業服はホテルに置いてきた。
「私はマレットから依頼を受けた。その中に服装の指定はなかった。あなたたちの支持を聞けとは言われてない」
「これからスタンダードチャード社の積み荷を調査するというのにその服装では目立つといっているのだ。まったく、局長から聞いていたが貴様勝手が過ぎるぞ」
「あらジャックから聞いているのなら話が早い。私は私のやり方でやらせてもらう」
「貴様のようなエクソシストに任せられるか」
「フリーランスですので。それに、上司の言葉に背くのはどうなのかしら」
腕時計を拭きながら私は返す。皮肉が感が触ったのかロベルトは怒りを醸し出すほど歯を食いしばる。
ストレス耐性のなさ。そしてこの若さからミッションを任せられるということはおそらく出世頭なのだろう。マレットの意図が手に取るようにわかる。つまり私で場数を踏ませるつもりか。
「(チッ)——作戦を伝える。関税局に協力してもらい、スタンダードチャードの積み荷を検査する。
次の貿易船が出るのは今夜の22時。
それまでにスタンダードが黒であることを突き止める」
「頼んでいた情報は?」
「リヴァプールを訪れた輸送トラックのGPS情報と、積み荷のリストだ」
私はロベルトから受け取った資料に目を通した。数あるトラックの中から一日に一度、ロンドンを経由したトラックが訪れていること。そしてテムズ川にて密輸船が逮捕された日の積み荷の量が少ないことが記されていた。
ロンドンからこのリヴァプールまで詰め替えを行わずこのトラックは移動している。
「まさか、ロンドンからここまでトラック一台で来たとでも?積み替えも行わず?」
「その情報の通りだ。まったく、局長はなぜこんなやつを、本部に挙げればすぐさま動いてもらえるのに……」
密輸はリスクを抑えるために何度も積み替えを行い操作の目を混乱させるのがセオリーだ。あまりにも露骨と言える手口。
たしかにロベルトが言うようにこれだけの情報があれば、本部のエクソシストを動かすことはできる。
「時間だ。その服装でいい、さっさと終わらせるぞ」
私とカインは関税局が用意してくれた車でロイヤルシーフォース港へ移動を始める。
「ちょっと怖い人ですね」
「下に見られてるのよ」
「師匠がその恰好で来るからです」
「そうかしら?初めて会う人にあんな態度をとるようではだめね」
「それはそうですけど——あとさっきから浮かない顔してますけど、どうしたんです?」
「ん……?いや別に。ちょっと虫の居所がね。まあ、今は仕事に集中しましょう。そろそろね」
まるで誘い込まれているような。そんな一抹の不安を今は吞み込む。そして車を降りると、そこには規則的に並んだ色とりどりのコンテナの山が広がる。
ほのかな潮の香りと、照り付ける光。
きっと、仕事でなければ楽むことができるだろうが、今はべたつくこの感覚が嫌になる。
作業服に身を包んだ人々の中に、スーツを着込み、サングラスを掛けた男たちが紛れ込んでいた。おそらく彼らがスタンダードチャードの人間たちだろう。
中でも一人見るからに羽振りがよさそうな奴がいる。近年までの経営不振が嘘のように下品に金の時計やブランド物のアクセサリーをジャラジャラと身に着けていた。
ロベルトが成金男と握手を交わす。先ほどまでの高圧的な態度は嘘かのようにロベルトは笑顔で対応する。
「お疲れ様です
「他の積み荷で異常が出たもので。すぐ終わりますから」
タンカーが出港するのは22時。
それまでに調査を終わらせて逮捕しないといけないのだから突貫もいいところだ。40フィートサイズのコンテナが山のように積まれている。
果たしてどこからこんな量のウテルスを仕入れたか。
「そこのお嬢さんは?随分とお若いように見えますが」
「現場監督官です。彼女も積み荷を見ますけど気にしないでください」
「——わかりました。ささ、ちゃっちゃと終わらせてくださいよ」
一瞬男の表情が曇る。だが平然とそして猫をかぶったように笑顔を見せる。
まるで“やつらにわかるはずがない”と慢心したかのように。
成金男が部下にハンドサインを送る。
多分私を見張れとかそういうものだろう。
「早速調査を始めてくれ」
コンテナを開き、棒状の機械をもった作業員たちが積み荷を次々と開き確認していく。
ウテルスは特定の放射性を帯びている。棒状の機械は放射線探知機でもし積み荷から放射線が検知されれば、スタンダードチャードは黒だ。
確認したいものはもう一つ。それはジャックが言った詰められた子どもたちだ。おそらく荷物量を見るとおそらくここにはない。
検査が始まって30分が経過したころ。
ロベルトがスマホを確認するとハンカチを額に当て、左から右へ拭うような仕草をする。
ウテルスが検知された合図だ。
私は積み荷に近づいて箱の中に詰められたウテルスを手に取る。その姿を見てロベルトは焦ったような顔をする。
「さぞ儲けてらっしゃるんでしょうね」
「ええ、いい馬に乗れましたよ」
「どこで生まれた馬か私も教えてほしいですわ。それで積み荷の量が足りないようですが、どこにあるんでしょうか?」
「すこし到着が遅れていましてね。今夜の出港には間に合う予定ですよ」
「左様ですか。それでは私はこれで。ロベルト検査官、作業員を一人借りていきます。それではチャオー」
私はカインを連れて車に乗り込む。後ろをそっと確認するとスーツの男たちが、どこかに連絡をする仕草をする。
カインは作業服のジッパーを下げて汗で蒸れた体に風を送った。
「もういいんですか?それに師匠、完全に目をつけられましたよ」
「確認したいことは分かったからいい。それに重要なのは“目”をつけさせることだから」
「まさか、それを含めた格好だと?」
「探偵は探偵らしく。私は私よ」
税関局に到着して少しお茶をしてから、私たちはホテルへと向かった。道中明らかに尾行されていたが、そんなことは気にもせず歩いた。
ホテルに到着すると、エントランスには誰一人としていなかった。カインは不思議そうにキョロキョロと周りを見回していたが、私は受付カウンターに置かれたカギを取り、エレベーターに乗り込む。
「ちょっと待ってくださいよ。なんで誰もいないんですか!」
「……」
私は一言も喋ることなく部屋へと入り、鍵を閉める。落ち着かないカインをそのままにテーブルの下に置いておいたスーツケースを開ける。そして拳銃とスタンガン、トランシーバーそしてホテルマンの服を取り出しカインに投げる。
びっくりしたように飛んでくる物体をあたふたしながらキャッチする。
「落ち着きなさい。もうすぐここにスタンダードチャードの私兵が来るわ。手分けして対処するわよ。殺すことは許さないわ」
「人がいないのはここが戦場になるからですか。了解です」
カインはすぐさま着替え武器をジャケットにしまい部屋を出る。鍵を閉め、私は冷蔵庫の中にある飲料水を飲んだ。
静まった屋内に、トトトと小さな物音が廊下側のドアから聞こえてくる。
ドアに固いものを押し付ける音が響くと同時にダンという火薬がはじける音が響いた。ドアが勢いよく開いた瞬間手榴弾のようなものが部屋に投げ込まれる。
強い閃光と破裂音が部屋を支配する。
スタングレネードだ。
「ムーブ!」
掛け声とともに3人の武装した兵士が部屋に入り込む。そして意味深に立てられたテーブルとタンスに向かって発砲する。
鉄のドラムを弾くような発砲音が静寂の空気を支配する。
そして鳴りやむころにはモダンなインテリアの数々は穴だらけになっていた。
テーブルは食い破られたように割れ、そこからは無数の弾痕が打ち付けられたスーツケースが現れた。
兵士達はマガジンを交換しゆっくりとスーツケースへと近づいていく。
右端の兵士がスーツケースの裏側を覗こうとする。
——瞬間引きずり込まれたように兵士は体勢を崩す。
そして暗い部屋の中を何かが駆け抜ける。
女だ。兵士たちは彼女を殺すためにここに来たのだ。
兵士たちは銃を掃射するが、ことごとくが外れてゆくまるで幻影をなぞるように。
マガジンが空になった瞬間再装填のタイミングを狙ったように女は素早く近づき、急所を蹴り上げる。
「ああああぁぁぁぁ!」
とらえることのできない残影。そして簡単に制圧された二人の仲間。
——きっと自分は獣の檻に放り込まれたのだ。
恐怖に駆られた兵士はか細い悲鳴を上げながら扉のほうへ情けなく走り出す。
しかし獣がそれを許すことはなかった。頭を掴み地面へ勢いよく打ち付けられた。静寂の中にただ独り佇む。
ポケットからトランシーバーを取り出す。
「終わったわよ」
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