藤嶌古書店2


「キジムナー?」

「沖縄の妖怪」


 ペラリ、と、手元の古本のページが繰られる。


 どこか自堕落そうで、どこか厭世的な雰囲気を持つ、銀髪の大学生――ユーレイ君は、古本に目線を落としたまま言葉を続ける。


「ガジュマルの木の精霊とも言われる妖怪で、『全身が赤い子供の姿』『真っ赤な髪に覆われた姿』『顔が赤い子供の姿』と、その姿の特徴として“赤い体”が上げられる事が多い。性質はどちらかと言えば人畜無害で、人間と仲良くなれば一緒に漁に出たり魚をくれたりと、あまり恐ろしい妖怪としてではなく、類別的には河童や座敷童に近い存在として語られている」

「………」


 滔々と。


 まるで、人造音声のように。


 ユーレイ君の口から紡ぎ出されていく言葉を、私は黙って聞き入る。


「ただ、住処の古木を切り落としたりすると祟りがある。家畜を全滅させられたり、船を沈められたり、酷い目に遭うとされている。友好的に接すれば害は無いが、逆に退けたり遠ざけたり虐げたりした場合、徹底的に報復を受けるという伝承も多い」

「く、詳しいね……」


 語り終えた彼に、私は何とかそう返す。


 人見知りで他人に無愛想……というか、興味が無い感じだと思っていた青年のいきなりの変貌に、正直面食らってしまっている。


 私の毒にも薬にもならないリアクションに対し、ユーレイ君は「本に書いてあったから」と、姿勢を変える事無く言う。


 私は、店内を見回す。


 自分の淹れたコーヒーを堪能しつつ、私達のやり取りには興味が無いのか、ラジオから流れるBGMに耳を傾けている様子のマスター。


 その向こうに立ち並ぶ、古書の詰まった本棚の数々。


 彼は……ユーレイ君は、大学をサボってはこのお店に入り浸り、本を読み耽っているという。


 まさか――。


(……ここにある本の知識が、彼の頭の中に?)

「全部読み切ってるわけないでしょ」


 まるで、私の妄想を読み取ったかのように、ユーレイ君がそう言った。


「ここ、一万冊近い蔵書があるんだよ。何十年掛かると思ってるの」

「で、ですよねー……」

「でも、もう数百冊は読んだかな」


 私は改めて、ユーレイ君と向き合うように姿勢を戻す。


 何だか、彼に興味が湧いてきた。


「読んだ本の内容は、全て覚えてるの?」

「覚えてたり覚えてなかったり、うろ覚えだったり」


 返答は曖昧だけど、少なくとも、本嫌いのマスターよりは頼りになるかもしれない。


「その中に、妖怪とかに纏わる本もあったの?」

「……厳密には、民俗学の本」


 堰を切ったように質問をぶつけてくる私に対し、ユーレイ君は鬱陶しそうな、どこか変な人間を見るような視線を向けてくる。


「他にも都市伝説辞典とか、近代ホラー書とか、そういうのは読んだ記憶がある」

「なるほど……」


 そこで、私の頭の中に一つの閃きが浮かんだ。


 そうか、妖怪。


 もしくは都市伝説や怪異譚。


『イワナベミズコ』を、そういう視点から調べるという手もある。


「ユーレイ君、ちょっと知恵を借りてもいい?」


 私は、手元の書類――『イワナベミズコ』に関して、現在私の掴んでいる情報を纏めた資料を、彼の前に差し出す。


「私、この『イワナベミズコ』っていう存在について調べてるんだけど、例えば、近い特徴を持つ妖怪とか、都市伝説上の怪人、伝承の中の怪物、怪異っていたりするかな」


 ユーレイ君は、本に落としていた視線を上げ、数秒ほど私をジッと見た後、机上の資料に目線を向ける。


 私は、彼が資料のどこを読んでいるかを視線から推測しつつ、所々、口頭で補足を述べた。


「……とりあえず」


 大した情報量の無い資料なので、読み終わるのに一分も時間は掛からなかった。


 コーヒーを一口含むと、ジッと姿勢を変えずに返答を待つ私に、ユーレイ君はゆっくりと語り出した。


「この『イワナベミズコ』……“赤い姿”の変なのが多く登場するんだよね」

「うん」


“真っ赤な人”は、『イワナベミズコ』の怪談の中核を成す要素だ。


 この怪人……怪異は何者なのか、どういった存在なのか、それが重要な情報となる。


「赤い姿、赤い体の妖怪と言えば、代表的なところでは“赤鬼”、“朱の盤”、“天狗”、“オドロシ”、“枕女”……それに“猩々”なんかが上げられるかな」


 妖怪の名前を列挙していくユーレイ君。


 私はうんうんと頷きながら、それらの名前をメモ帳に走り書きしていく。


 かつてはオカルト系専門のライターをしていたため、私も名前だけなら知っているものが多い。


「あと、赤い皮膚っていうなら麻疹の症状が近いから、何らかの疫神に纏わる可能性もあるかもね」

「なるほど……」


 疫神。


 確かに、そういうアプローチもありかもしれない。


「都市伝説でいうと、赤い怪異といえば大小含めれば全国にいっぱい噂話や怪談があるみたいだけど、一番特徴に合致しているのは“アクロバティックサラサラ”なんかか。海外だと、“血塗れのブラッディメアリー”とかもある。単に“赤”っていう色だけに着目するなら、“赤い部屋”辺りが有名どころじゃないかな」

「うーん……」


 確かに、都市伝説には赤い服や、血に塗れた姿をしている怪異が登場する事が多い。


 だが、それらの特徴は、『イワナベミズコ』の“真っ赤な人”とはどこか一線を画す気がする。


「姿は置いといて、“話し掛けてくる”“語り掛けてくる”怪異とか、妖怪は?」

「……“のっぺらぼう”はこちらから声を掛けるように誘導するからちょっと違う、か。“うわん”、も、語り掛けてくるとは違う気がする」


 そこで、ユーレイ君が「ああ……」と思い出したように言う。


「いる。語り掛けてくる怪異で、尚且つ赤い姿の怪異」

「それは?」

「超有名どころ」


 ユーレイ君は私を真っ直ぐ見て言った。


「“口裂け女”」

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