【怪談】ホームレスの集会【東京都足立区.2015】


 どう、ここ?


 最近見付けた穴場なんだよ。


 見た目ボロいけど、値段は安いし味も結構良いんだよね。


 いやぁ、それにしても久しぶりだねぇ、永羽ちゃん。


 で、どうなの? 仕事の方は。


 あー、まぁねぇ、最近どころかずっと不景気だからねぇ、この業界。


 まぁ、そうやって手広くやってくしかないよねぇ。


 ん? まぁね、俺はいまだにこの道一筋。


 オカルト、ホラー系のウェブライターとしちゃあそれなりに名も知れ渡ってきたかな。


 どうよ、永羽ちゃんもこっちの方面に戻ってこない?


 あれよ? 何だったら、俺が仕事回してあげるからさ。


 まぁ、業界の重鎮とまではいかないけど、顔も広くなったし。


 また昔みたいにさ、こうやって頻繁に会って酒飲みながら仕事についてあーだこーだ相談するのも楽しいじゃん?


 永羽ちゃんもさぁ、もう若いって歳でもないんだし、今後の事とか真剣に考えた方がいいんじゃない?


 まぁ、46の俺が言えた口でもないんだけど。


 あははは、まぁまぁ、前向きに考えてよ。




(以降20分程、ビールを呷る河瀬氏と雑談が続く)




 はーあ……あれ? 永羽ちゃん飲んでる?


 何か俺のジョッキばっか溜まってない?


 三杯目? 本当~?


 え?


 んー……あ、そうね、そうそう、『イワナベミズコ』ね。


 も~、特別よ? これ、永羽ちゃんだから話すんだからね?


 いずれ、ネタが纏まったらこれで一つ特集組もうと思ってんだから、先走って微妙な内容の記事とか書かないでよ?


 そこはちゃんと空気読んでね? まぁ、永羽ちゃんだから信頼してるけどさ。


 じゃあ、一つだけ。


 俺が聞いた、『イワナベミズコ』の怪談をご披露します。


 これは、数年前……確か、2017年くらいだったかな?


 当時、俺はある出版社で雑誌の制作に携わってたんだけど、その雑誌で読者から怪談や恐怖エピソードを募集しててさ。


 ある時、都内に住む一人の若者から応募があった。


 と言っても、その彼、家出中らしくてね。


 家に居場所が無いんだって。


 謝礼目当てに応募してきた感じさ。


 ま、それは別に、こっちも仕事だし、ギャラについても条件として提示してたからどうでもいいんだけど。


 出版社近くのファミレスで待ち合わせしてさ、ドリンクバー奢らされたりしたな。


 そこで話されたのが、彼が家出したばかりの頃の話。


 コンビニで安酒煽って、行く当てもなく夜の町をフラフラしてたんだと。


 場所は、足立区のどこかだったかな?


 ある公園の前を通り掛かった時、そこでホームレスの宴会が開かれてたんだって。


 公園内で焚き火して、浮浪者のおっさん達がそれを囲って、どこの路地裏で拾ってきたのかもわからない日本酒瓶を傾けてる。


 夜だし寒いし酔いも回ってるしで、その提供者、何を思ったか勢いでその宴会に参加したんだって。


 そりゃ、いきなり通りすがりの若造に声掛けられたもんだから、ホームレス達も最初は怪訝そうにしてたんだって。


 けど、居場所の無い者同士、シンパシーが働いたのかな。


 気付いたら普通に輪の中に入ってた。


 ホームレス達も、自分達の話を否定するでもなく聞いてくれる若者が現れて嬉しかったのかもな。


 俺は昔町工場の社長だったとか、俺は昔ワルで女に苦労しなかったとか、そんな自慢話が飛び交う。


 提供者も、ただただ火に当たりながらそんな話を聞き流してた。


 すると、そこで、気付いたそうだ。


 その場に、いつの間にか、新しい参加者が増えてる事に。


 男だったそうだ。


 スーツを着たサラリーマン風の男が、焚き火を囲うホームレス達の輪の後ろに立ってた。


 ニコニコと笑みを湛えて、ただ突っ立ってる。


 ホームレス達はそいつの存在に気付いてないようだった。


 男の表情は笑顔のまま、微動だにしない。


 座りもせず、移動もせず、ただ突っ立って、まるでホームレス達を観察しているかのように、ずっとそこにいた。


 とはいえ、提供者も別に、そいつに何か文句を言うとか追い払うとか、そういう気もなかったらしい。


 酔いも回って意識もフワついていたし、眠気もあったし、そもそも自分も部外者だし。




 ――まぁ、多分、こいつも酔っ払いなんだろう。




 ――顔も真っ赤だし。




 そう思った事は覚えてるそうだ。


 そんな中、ホームレスの一人が自分の身の上を話してる途中で、何だか感極まっちゃったらしくてな。


 いきなり「あの頃に戻りたい」「家に帰りたい」って、号泣し始めた。


 そうしたら別のホームレスも「家族とよりを戻したい」とか言い出して。


 他のホームレス達も共感している様子で、うんうんって頷いて。


 そんで、涙流しながら寝転がって、そのまま一人、また一人ってイビキ掻き始めたそうだ。


 おいおい、泣き疲れた子供かよって、提供者もその光景に呆れて……。


 そこで、意識が飛んだ。


 ふと、次に目を覚ました時、消えた焚き火の前で横になってた。


 ああ、自分も寝オチしちまったのかって気付くと同時に、提供者の視界に異様な光景が飛び込んできた。


 恐らく、寝入ってたのは数十分か、一時間くらいだったんだろう。


 まだ暗い深夜。


 周りには、眠りに落ちたホームレス達。




 ――あの異様な男が、一人のホームレスに覆い被さっていた。




 ニコニコ笑顔を浮かべた、酔っ払いのサラリーマン。


 そいつが、目の前で、横たわったホームレスの上に被さってる。


 何をしてるのかと思ったら……そいつ、ホームレスの顔に自身の顔を寄せて、何か呟いてるんだと。


 ぶつぶつと、何て言ってるのかわからないけど、何かを口にしている。


 これは夢なのか? それとも現実?


 酒の影響で頭が痛むし、目前で何が起こっているのか理解できないまま、提供者はただただその光景を見ている事しかできなかった。


 やがて、囁きを受けていたホームレスが「ぅ……ぅ……」と苦しげに呻いたと思うと、男が体を剥がし、立ち上がる。


 そして、ゆっくり、提供者の方に近付いてくる。


 次は、自分?


 この男は一体何なんだ?


 自分は何をされてしまうんだ?


 鈍った脳で周回遅れの思考をしている内に、男は目と鼻の先に。


 そして瞬く間、その体を降下させ、先程のホームレスと同じく、提供者の上に体を乗せて来た。


 男の顔が、耳元に近付く。


「『イワナベミズコ』」


 まるで、加工された低音ボイスのような、明らかに人のものではない声。


 それを聞いた瞬間、やっと、提供者の全身に危機感というものが働いた。


 気付けば絶叫を上げ、男の体を撥ね除け、ふらつく足を走らせ公園から逃げ出していた。


 提供者は、近くのコンビニの前で朝方まで震えていたそうだ。


 そして朝日が顔を出し、空が少しだけ明るくなった頃。


 やっと酒も抜けた提供者は、恐る恐る公園に戻った。


 一晩だけの付き合いとはいえ、ホームレス達の安否が気になったから。


 だが、公園に戻ると……そこに、ホームレス達の姿は無かった。


 焚き火の跡や、酒瓶も転がっている。


 昨夜の宴会は夢じゃなかった。


 近くには段ボールやブルーシートで建てられた粗末な家もある。


 彼等は間違い無く、この公園を根城にしていた。


 そのホームレス達が、一人残らず、綺麗さっぱり消えていた。


 ………。


 あの夜、あの公園に現れた、あの異様な男は。


 明らかに人間ではない声を発したあの男は、一体何だったのだろう。




 ――以上。これが、俺が聞いた話。




 ん?


 そう、ホームレスの宴会に現れた謎の男。


 この男が発言した、謎の言葉。


 それが、『イワナベミズコ』。


 これって、何かの呪文なのかな?


 ホームレス達は、住処の公園を捨てて消えちゃったらしいから……人を連れ去る効果がある的な?


 もしかしたら……現代の、ハーメルンの笛吹き男?


 って、ホームレス攫ってどうすんだよって話だけど!


 それに、『イワナベミズコ』が呪文なんだとしたら、この提供者はなんで無事だったのかとか、色々疑問も残るしなぁ。


 ………。


 ………ひひ。


 永羽ちゃん、悩んでるねぇ。


 昔から、永羽ちゃんの考え込んでる時の顔って、結構セクシーだと思ってたんだよね。


 おっと、今の発言ってセクハラ?


 ま、俺と永羽ちゃんの仲だし、こうして情報提供してあげたんだから、多少は大目に見てよ、ね。


 あ、ビール無くなっちゃった。


 おねーさん、注文ー。


 あとジョッキ片付けてもらっていい?

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