第39話 襲撃事件

 階段を上がって居酒屋を出ると、屋外はそこまで寒くないことに気づいた。3月中旬になり、春の兆しが見えてきた。

同時に花粉が増えてくる、ということだけど。


 拓馬さんは走って赤坂署に戻り、悠さんは華麗にタクシーに乗り込んで帰っていった。


「そんなに寒ないですね。わたし今日は、信濃町まで歩いてってJRで帰ります」

 美咲さんがそう言うと、すかさずあおいさんが反応した。

「今の時間、そのルートはちょっと薄暗いで、私も一緒に行くわ」


 あおいさん、友人想いだな、と考えつつ、男のボクもついて行った方が良いんだろうか、でも花粉の中を歩くのやだな、と躊躇していると、2人はどんどんと歩き出していた。


「あ、待ってください。ボクも行きます」

 慌てて2人の後を追う。



 明治神宮外苑のいちょう並木を、青山一丁目から絵画館方面へ3人で並んで歩いた。


 いちょう並木中程のハンバーガー屋を過ぎたあたりで、あおいさんの顔つきが変わった。

「わたしが少し先を歩くから、2人は50メートルぐらい、離れてついてきて」


 どういうことだろう、と考えていると、美咲さんが素直に「はーい」と言って止まった。ボクもつられて立ち止まる。


 あおいさんが50メートル先を行ってから、ボク達は歩き出した。


「離れてついてきてって、どういう意味なんでしょうか?」

「たぶん、殺気を感じたんやないかなー」

 美咲さんがサラッと物騒なことを言う。


心配になってあおいさんの方を見たまさにその瞬間、あおいさんの左右の暗がりの中から黒い影が2つ飛び出してきた。


「あっ、危ない!」


 ボクが叫びながらあおいさんに向かって走り出そうとすると、美咲さんがボクの右肩を捕まえながら言った。

「近づくと危ないよ」


 右肩はまだ痛いけど、そんなことは言ってられない。あおいさんを助けないと!


 でもその1秒後、ボクは信じられないものを見ていた。


 右からあおいさんに近づいて来たのは、身長170cm中肉中背の、たぶん男。黒のスエット上下に黒いキャップ、黒のスニーカー。白いマスクが暗闇の中に浮かんでいた。

右手であおいさんに掴みかかろうとする。でもその手は空を切り、あおいさんの左側にひっくり返って飛んでいった。


 左から近づいた男は、身長180cm、体重100kgありそうな巨漢。

こちらも黒のスエット上下に白いマスク。その大男はふっとんできた右側の男を受け止める形になり、尻もちをついた。


 道路に転がされた黒ずくめの2人を、あおいさんが冷静に見下ろす。


 そこへすかさず、美咲さんがスマホを録画モードにして近づく。ボクも美咲さんを追ってあおいさんに駆け寄った。すると、男たちは顔を隠しながら走って逃げていった。


「追わなくていいよ」

 あおいさんが美咲さんとボクの方を見て言った。


「だ、大丈夫ですか?あおいさん」

「それは、あの男たちに言ったりゃーて。あはは」

 美咲さんが笑って言う。

「あおいさんは今でも、実家に帰ったときには必ず合気道の道場に通っとるでね。あれぐらいの素人2人では相手にならんよ」


 あおいさんは肩で息をしていた呼吸を整え、美咲さんに向き直った。

「どう?あいつらの顔、動画で撮れた?」

「うーん。暗かったし手で隠してたんで、顔は判別できそうにないですねぇ」

「そっか。どうせ雇われた下っ端だろうから、まあいっか。でも意外に早くコンタクトしてきたね。警戒レベルを上げないとダメだな……」


 どうやらあおいさんはこの襲撃を予測していたようだ。


 昨日ジャカルタの倉庫に潜入し、循環取引の証拠を掴んだ。そして今日、東京で襲われた。


 どうやらボクたちは、ただのデューデリジェンスでは済まされない闇まで足を踏み込んでしまったようだ。そんな迫りくる実感が、まだ冬の名残がある夜風よりも冷たく、背筋をぞわりと這い上がってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る