第12話 推理は青山の居酒屋で
青山の裏路地にある居酒屋の前で、あおいさんと一緒にタクシーを降りると、ちょうど別のタクシーが目の前に止まった。高級なスーツに、ぴかぴかの革靴、長身でさわやかなイケメン。九条悠さんが降りてきた。
その数秒遅れて、ガタイが良い短髪の男性が近づいてきた。西岡拓馬警部だ。
「お、ジャストタイミングだな!」
拓馬さんが走ってきて、軽く手を上げる。
あおいさんが店の看板を指さして、「懐かしいでしょ」と笑った。
ここへ来るまでのタクシーの中で、この居酒屋についてあおいさんから聞いていた。あおいさんたちが学生時代、ゴルフサークルの練習後によく通っていた店だった。
あおいさん、悠さん、拓馬さんの三人は、東大ゴルフサークルの同期だ。学生時代のあおいさん、どんな人だったのだろうか?
「今日は個室予約したんだって?個室があるのは学生の時から知ってたけど、使うのは初めてだなあ。感慨深いな。来年30歳だし、オレ達、大人になったんだな」
そう言って拓馬さんが笑う。
階段を降りると、揚げ物の香ばしい匂いと、楽しそうな酔客の喧騒に包まれる。
地下一階の受付で、予約していた旨を伝える。案内された個室の引き戸を開けると、すでに美咲さんが席についていた。長方形の6人がけテーブルの上には、すでにおしぼりとお通しが並んでいる。
「うわ、美咲、早いね!」
「あおいさんが奢ってくれるなんて、楽しみすぎて早く来ちゃいました!」
あおいさんが、悠さんと拓馬さんに美咲さんを紹介する。
「ふたりともすでに知ってるかもしれないけど、西野美咲。アリジオ電子の社員で、受付兼総務をしてるの。私の地元の後輩なんだ」
「あおいさんの地元の後輩ですー。あおいさんはこんなちっこいのに、地元では敵なしだったんですよ」
「ちょっと美咲、それだけ聞いたら、私が地元でけんかっぱやかったみたいじゃない。合気道の話ね」
あおいさん、合気道をやってたんだ。また知らない一面が知れて、ボクは嬉しくなった。
ちょうどそのとき、店員がビールジョッキを運んできた。
「じゃ、とりあえず——」
「乾杯!」
ジョッキがぶつかり合う音が心地よく響いた。ボクは冷たいビールを口に運びながら、あおいさんと他の3人を見回す。
この3日間で知ったあおいさんは、切れ者のコンサルタントで、口調はキツめ。でも、プロジェクトの成功のために一切の妥協をしない。けれど今、こうして旧友たちと笑い合うあおいさんは、どこか違って見える。
「で、拓馬」
ビールを一口飲んだところで、あおいさんが唐突に話しかけた。
「覚醒剤の入手ルート、見つかった?」
「ぶほっ……!」
拓馬さんが盛大にむせた。
「ちょ、おま、飲んでる最中にそんなこと聞くなって」
「ふふ。そんなにわかりやすく反応しなくてもいいのよ」
「捜査情報は外部に漏らすわけにはいかないんだよ」
「言わなくても、顔に書いてあるわよ。そういうバカ正直なところ、からかいがいがあって、好きだけどね」
拓馬さんの顔が赤くなった。まだ一口しかビール飲んでないのに。
あおいさんは、拓馬さんの赤い顔を眺めながら、涼しい顔でビールを飲んでいる。もうジョッキが空になりそうだ。
「えっと……高森CFOの死因が覚醒剤だって、どうしてわかったんですか?」
ボクが思わず聞く。
「簡単よ」
あおいさんが、ブラウスの左腕をまくり上げる。
「わたしたちが高森さんを発見したとき、スーツを着ているのに左腕をまくりあげてたでしょ。ということは、死ぬ直前に注射で何かを注入したか、注入された可能性が高い」
高森CFOがスーツを着て左腕をまくりあげていたのは、ボクの映像記憶にもはっきり残っている。
「加えて、美咲の社内情報。警察が何人もの社員に、高森さんと反社とのつながりについて聞いてた。となると、注入された物質は、毒物じゃなくてドラッグの可能性が高い。そして、注射器で入れるドラッグといえば?」
「……覚醒剤」
「正解。状況から洞察すれば、このくらいはそんなに難しくないよ」
あおいさんが、まくり上げたブラウスを戻しながら言った。
「あおい、すごいね。名推理だよ!」
悠さんがおだてる。
「東大の卒業生なら、これくらい当然でしょ」
タッチパネルでビールの追加注文をしながら、あおいさんが追加質問をする。
「で、自殺なの?他殺なの?」
今度は、拓馬さんは慎重に答えた。
「捜査情報は話せない」
「三枝玲子にZoomで質問してあげたのにー。けちー」
いじけた顔をするあおいさんは、小学生にしか見えない。
「たしかに、肝心な初動捜査を助けてもらったのはありがたかったよ。感謝を伝えたくて今日は来たんだけど、こんなんなら来なきゃよかった」
ちょっとだけ、個室の空気が冷えた感じになる。
「あっはっは」
悠さんの笑い声が冷えた空気を吹き飛ばす。
「拓馬おまえ、今日この居酒屋であおいと飲めるの楽しみだなって、Lineで言ってたじゃん!」
「おい悠!それを言うなよ」
じゃれあっている男たちをよそに、あおいさんは美咲さんに話しかけた。
「仮に他殺やったら、第一容疑者は誰になるんやろね?」
「たぶん、片桐さんやないですかね」
美咲さんがぽつりとつぶやいた。
「警察の方が、片桐さんの出退勤時間とか、目撃情報とか、何度も何度も聞いてたんですよ。社内では、高森さんとの関係はもともと噂になってましたし」
「あの二人って、ほんとのところどうなの?」
「私から見れば……あの二人は、恋愛というよりは、師弟関係に近い感じやったんです」
美咲さんはグラスを見つめながら、高森CFOと片桐課長の関係について説明してくれた。
「高森さん、子供がいなくて、奥さんも5−6年前に亡くされて……それから、ずっと一人で生きてきたって聞いてます」
全員がグラスをテーブルにおいて、美咲さんの話に聞き入っている。
「奥さんが亡くなってすぐ後に、片桐さんがアリジオに入社して。最初は、全然目立たん人やったそうです……でも、高森さんが手塩にかけて育てて、気づけば財務経理のこと、何でも彼女に任せるようになってたそうです」
ボクは黙って聞きながら、今日の片桐課長の姿を思い出していた。忠雄さん、という呼び方。震える指。あの感情の揺れは、単なる上司の死では説明がつかない何かを、確かにはらんでいた。
「でも最近は……あの二人、なんかよそよそしかった。すれ違ってるっていうか、距離があるっていうか。見てて、ちょっとつらいくらいやったんです」
美咲さんの声が、ふっとかすれた気がした。
美咲さんが話し終わると、個室の中がしんと静かになってしまった。悠さんが、ふと思い出したように言った。
「そういえば、アリジオ電子って、もともとどういう経緯でできた会社か知ってる?創業者の三枝宗山と高森忠雄のストーリーなんだけど……」
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