好きの定義は、もういらない
@Yururinngo
第1話 ︰ 恋愛研究プロジェクト始動
白石ほのかは、クラスでいちばんの優等生だ。
定期テストは常に上位、ノートは教科書より整っていて、遅刻も欠席もない。
そんな彼女が唯一、不得意とする分野がある。
――それは、「恋愛」。
「白石って、誰か好きな人いないの?」
昼休み、親友のまゆに聞かれたとき、ほのかはペンを止めずに答えた。
「そんな非合理的なもの、今の私には不要かな」
「うわ、出た。“非合理的”とか言っちゃう系」
まゆが呆れたように笑う。
「でも、いつか痛い目見るよ? 恋って理屈じゃないんだから」
「だから困るのよ。理屈で説明できないことなんて、信用できないでしょ」
「理屈で説明できたら恋じゃないでしょ」
そのやり取りを、隣の席から聞いていた男子がにやりと笑った。
黒川蒼真。
茶色がかった髪をゆるく流し、いつもネクタイがゆるい。
軽いノリで女子に話しかけては笑いを取る、典型的なモテ男子だ。
「理屈で恋がわかんないって、勉強足りてないんじゃない? 白石さん」
挑発的に言う蒼真に、ほのかは眉をひそめた。
「黒川くん、恋愛に“勉強”なんてあるの?」
「あるよ。生物学的に見たら、恋って脳内物質の反応だし。
ドーパミンがどうとか、アドレナリンがどうとか。要するに“化学反応”だよ」
「……それ、どこかで聞きかじったのね」
「ま、俺の経験のほうが上だけど?」
「くだらない」
ぴしゃりと切り捨てたつもりだったのに、蒼真のニヤついた顔が頭に残った。
その日の放課後。担任の田口先生が職員室から顔を出した。
「おーい、白石、黒川。ちょっと来い」
二人は同時に首をかしげる。
「はい?」
「お前ら、今日昼に変な口論してただろ。“恋愛は科学で説明できるか”とか」
「えっ、聞いてたんですか!?」
「教室の壁、薄いんだよ」
田口先生はにやりと笑うと、手にしていたプリントを二人に渡した。
《文化祭・自由研究テーマ申請用紙》。
「ちょうど文化祭で自由研究の発表やるだろ。
お前ら、そのテーマで出してみろよ。“恋愛の定義を科学的に検証する”ってやつ」
二人の間に沈黙が落ちる。
「え、いや、先生。それはちょっと……」
「決まり。はい、ペアね。期限は文化祭までの三週間」
にっこり笑って、田口先生は去っていった。
「……最悪」
「……最悪だな」
珍しく意見が一致した瞬間だった。
---
翌日、図書室の隅。
ほのかは机いっぱいにノートと資料を広げていた。
黒川蒼真は対面で欠伸をかみ殺している。
「なあ、白石。こんなに真面目にやる必要ある?」
「あるに決まってるでしょ。提出物だもの。私は最高評価を狙うわ」
「俺は最好評価を狙いたいんだけど」
「はいはい。ふざけるなら帰って」
「まじかよ、冷てぇ……」
ほのかは真剣に考えていた。
*恋愛の定義*。
何をもって人は“好き”と判断するのか。
それを論理的に示せたら、自分にも理解できるかもしれない――そう思っていた。
「まず、“恋愛”をどう定義するかよね」
「そりゃ、ドキドキしたら恋じゃね?」
「それじゃ曖昧すぎる。生理的反応か、感情か、動機づけか。根拠が必要よ」
「根拠って……恋にそんなもんある?」
「あるはず」
「じゃあさ、実験してみる?」
蒼真の声が軽く響いた。
「実験?」
「例えば、ドキドキする状況を作って、心拍数を測る。
“恋をしてる時の体の反応”を数値化するんだよ」
「はあ……まさか、理科の実験みたいに?」
「そうそう。俺とお前でやれば公平だろ?」
ほのかは思わず固まった。
「は?なんで私とあなたが実験対象なのよ」
「他にペアいないし。恋愛研究なんだから、恋愛っぽい状況作んないと」
「“っぽい状況”って何よ」
「デートとか」
「はああ!?」
図書室の司書が「静かに」と注意する声。
ほのかは真っ赤になって口を押さえた。
「そ、そんなの冗談でしょ」
「いや、真面目に。文化祭で発表するならインパクト必要だし」
「……ふざけてる」
「半分は」
「半分って何よ」
ふっと、蒼真が笑う。
その笑顔が、思いのほか近くて、ほんの一瞬だけ胸が跳ねた。
“まさか、これがドキドキ……?”
すぐに頭を振って否定する。
「違う違う。これは驚いただけ」
「なに独り言?」
「なんでもない!」
---
翌週、二人は放課後に会議室を借りて“研究ノート”をまとめていた。
タイトルは仰々しく――
**『恋愛の定義と科学的検証:ドキドキのメカニズム』**。
「これ、発表したらウケるかな」
「ウケ狙いじゃないの。ちゃんと結果を出すの」
「結果って、俺が白石に惚れるとか?」
「……惚れないで」
「じゃあ白石が俺に惚れる?」
「ありえない」
「賭ける?」
「賭けない!」
軽口を叩くたびに、蒼真の笑い方が心に残る。
ほのかは焦ってペン先を動かした。
“仮説:恋愛感情は脳内物質による化学反応である”
“検証方法:心拍測定・観察・被験者AおよびBによる体験記録”
……被験者A:白石ほのか
……被験者B:黒川蒼真
書きながら、なんだか嫌な予感がした。
---
数日後。放課後の教室。
まゆが興味津々で顔を出す。
「ねぇ、ほんとにデート実験するの?」
「しないわよ!」
「黒川くん、準備してたけど?」
「えっ?」
廊下の向こうから蒼真がピースサインをして現れた。
「心拍計、買ってきた。スマホ連動型」
「本気でやるつもり!?」
「そりゃ研究だろ? 科学的にやらなきゃ」
先生の無茶ぶりが、どうやら本格的な騒動になってきた――。
「次の土曜、遊園地集合な」
「え、ちょ、ちょっと待って!」
「実験だよ、白石。恋愛の定義を探すための、な」
その言葉に、ほのかの心臓がまた一拍だけ跳ねた。
これは、ただの研究のはず。
なのに、なぜか胸の奥が、ほんの少しだけ熱い。
---
そして、彼女のノートの最後のページに、こっそり書き添えられた文字。
> “恋とは、未知の現象である。観察を続ける必要がある。”
その研究が、やがて“恋”そのものになることを、まだ誰も知らなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます