おじさんSEがゲームの世界に転生して世直し(バグ修正)していく
芹沢
プロローグ
「キモいんだよクソ親父」
綾は吐き捨てるように言って雨の中歩道橋の階段を駆け降りて行った。
「ま、待ちなさい綾……!」
クソオヤジ……もとい、
雨の中傘もささず、おじさんが女子高生を追いかけている姿は通報されてもおかしくない。頼むから止まってくれと思いながら運動不足の体を揺らして走る。
「ま、待ちなさい……って……言ってるのに……ハアハア」
優は息も絶え絶えになりながら追いかけるが、次第に綾の姿は雨の中に消えた。
* * *
その日綾を街で見かけたのは偶然かあるいは必然か。いつもなら家に直帰するところを、今日は最寄り駅の一つ前の駅で降りて花屋へと向かっていた。その日はちょうど優の亡き妻との結婚記念日だった。
毎年同じ花屋で同じ花を買う。たまには他の花を、と思わないこともないが、死んだ者に好みを聞く術はない。生前から妻はこの花を喜んでいたから、今もあの頃と変わらず愛していると示すように毎年同じ花を選び続ける。違う花を選んだら、痛みを忘れてしまいそうだから。
花屋を出ると、少し小雨が降り出していた。タクシーを捕まえようか迷っていたとき、妻が傘をさしながら通りの向こうを歩いていた。手を振りそうになり、思い出す。妻のわけがない。
よくみると、それは妻ではなく娘の綾だった。最近少し妻に似てきたと思っていたが、遠目から見ると瓜二つだった。そして隣にいるのは……スーツ姿の男……?
なにか良くない予感がして、小雨に濡れながら後をつけた。二人はどんどん歩いていく。この先にあるのは……。
妖しいネオンサインが霧雨に吹かれ滲む歓楽街。その街の一角にあるホテルに、二人は入ろうとしていた。
優は駆け寄り、綾の手首を掴む。
「綾、こんなところに入っちゃいけない」
綾が振り返り、目を見開いて優の顔を見た。こんなふうに目が合うのはいつぶりだろうか。こうして間近で見てもやはり母親似だった。
「綾ちゃん、このおじさん誰? てか花持ってるのウケる」
隣にいるスーツ姿の軽そうな男がバツが悪そうに笑っている。綾は悲しそうな目で花束を見やった。
「この子の父親です。この子は未成年ですよ。警察に……」
「やめて」
綾が遮った。そして踵を返し、歩き出した。
「え、ちょっと。お、おい金!前払いしただろうがよ!」
優はスーツ姿の男を睨みつけながら札を数枚財布から抜き、男に押し付けた。
「もう二度とあの子に近づくな」
ぽかんとした顔の男を置いて、優は泥水がズボンにはねるのも厭わず綾の後を全速力で追った。
* * *
「クソ親父……か」
もう見えなくなった綾の姿を探しながら優はよたよたと歩いた。
何を間違えてしまったのだろうか。そういえば最近綾は全く目を合わせようとしない。ただの思春期だと思っていたが、何かあったのだろうか。考えがグルグル回る。
優は横断歩道を渡る。すぐそこまで迫っているトラックに気づかない。猛スピードで近づくヘッドライトの明るさに目を細めたときにはもう遅かった。
大きな衝撃が身体中に走り、宙を舞う。
なにがよくなかったんだろう。もっとちゃんと勉強を見てやればよかったのか、あるいは母親の居ない家庭で寂しさを募らせてしまったのか。うざがられると思わずに、もっと学校や友達のことを聞いてやればよかったか。そういえば綾の友達の名前を一人も挙げられない。妻に対する変わらぬ愛を見せていれば、それを汲んで真っ直ぐ育ってくれると信じていた。だがそれも自分の身勝手な願望だったのか。なにをすれば綾は彼女自身を傷つけずに済んだだろう。なにを言えば――
地面に叩きつけられた瞬間に絡まった思考の糸はプツンと切れた。
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