第11話
いつの間にか寝ていた。
まだ頭が重い。ぬるくなった冷却シートをゆっくり剥がす。空咳をすると、朝よりは身体が軽い。もう夕方になるのだろうか。閉じたカーテンから、オレンジ色の光が漏れている。そっと引くと、西陽が差し込んだ。
休んでなければ、今日も部活だった。オレンジ色に照らされた視聴覚室を思い浮かべる。橘くんは、どんな一日だったのだろう。水野くんと二人きりだとどんな話をするのか、寝起きの頭では想像できなかった。
ふと、スマホが光ってるのに気がついた。ハッとして手に取ると、メッセージの通知がある。受信時刻は一時間前。彼からだった。ドッと心臓が動いた。
とにかく、メッセージを開こうとタップしたと同時に、下の階が賑わってるのに気づく。
『お見舞い行く』
というメッセージと猫のスタンプが送られていた。指が、無意味に画面の上を何度も滑る。立ち上がり、スマホを握りしめたまま右往左往した。
「お友達来てるわよー」
下から母の声がする。
それから、足音が聞こえて、慌てて電気をつけた。コンコンと扉が叩かれる。もしかして、もしかして。頭がぐるぐると混乱して、足がもつれた。
扉が遠慮がちに、静かに開く。
「お邪魔しまーす…」
急いで、転んだのを誤魔化すようクッションの上に不恰好に座った。
すると彼がドアの隙間から顔を出して、中に入ってきた。
一瞬で、部屋の空気がガラリと変わった。さっきまでくたびれていた机やカーペットやポスターが輝いて、彼のために胸を張ってるように見えた。西陽が、彼を照らしてるようにも見える。
まるで自分の部屋じゃないみたいだ。驚いていると、彼は珍しそうに部屋を眺めていた。何故か大きなビニール袋を持っている。彼を立たせたままだったと気づき、咄嗟にベッドにあったクッションを置くと、彼は腰を下ろした。
「あの…メッセージ、気付けなくてごめん…」
隣に座って見上げると、彼は一瞬ハテナマークを浮かべて、すぐに首を振った。
「いや、寝てたと思ったし」
少し笑って、僕の頭に手を伸ばした。右側の、跳ねた髪を撫でつけた。彼の手の存在を、ありありと感じた。ふと、既視感。何かを思い出しそうになって、乳白色が頭に浮かぶ。
(ダメだ…!)
その先を思い出さないように意識をそらすも、顔に熱が集まる。彼の手が離れてく。寝癖を直してくれたと気付いて、どんな顔をすれば良いか分からなかった。
顔を見られないように下を向くと、ビニールのガサガサした音が聞こえる。目線だけ動かすと、何かがテーブルに置かれていた。ゆっくり顔を上げると、ジュースが何本もあった。
差し入れ、と言って彼は袋から次々と飲み物を出してくる。何度瞬きをしても、そこには大量のペットボトルと缶とゼリーがある。よく見ると、スポーツドリンクと栄養ゼリーが多めだ。記憶に新しい、公園での出来事が蘇る。
「ふふっ…」
あの時の彼も、こんな気持ちだったのか。胸のあたりがこそばい、じんわりあったかくなる。お礼を言って、炭酸ジュースを手に取った。
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