婚約破棄された上に、追放されて、冤罪で処刑ダンジョンに送られた侯爵令息マークスは、前世の記憶を思い出したので、復讐します!

山田 バルス

第1話 婚約破棄され、追放され、処刑された男

スキル《通勤ラッシュ》で追放された男


 ――それは、王立学院の卒業祝賀会の夜のことだった。


 煌びやかなシャンデリアが照らす大広間で、貴族子弟たちが談笑していた。ワインの香り、絹の衣擦れ、そして祝福の笑い声が響く中、ひとりの赤髪の青年が壇上に立たされていた。


 マークス=エルディーン。

 侯爵家の嫡男にして、将来を嘱望された若者――だったはずだ。


「マークス=エルディーン、あなたとの婚約を――ここに破棄しますわ!」


 その声が響いた瞬間、会場の空気が一瞬で凍りついた。

 声の主は、彼の婚約者だった公爵令嬢エリシア=リヴェラだ。白金の髪を揺らし、蒼い瞳に軽蔑の色を宿している。


「え……エリシア、何を言ってるんだ?」


 マークスは混乱した。婚約破棄? そんな話、聞いていない。


「私は恥ずかしいですわ、マークス。あなたの“スキル”のせいですわ」


 彼女は扇子で口元を隠しながら、侮蔑の笑みを浮かべた。


「――《通勤ラッシュ》? そんな奇怪なスキル、聞いたこともないわ。何に使えるの? 人を押しのけるの? 走り回るの? 王立学院一の落ちこぼれスキルですわ!」


 ざわっ、と観衆がざわめく。


 スキル。

 この世界では生まれながらに一つだけ、神から授かる力があった。

 攻撃魔法を強化する《炎帝》、あらゆる毒を無効化する《浄化》、空を飛ぶ《飛翔》――それらは生涯を左右するほどの“運命の印”だ。


 だが、マークスに与えられたスキルは、《通勤ラッシュ》。


 意味不明だった。

 発動条件もわからず、何をしても使えない。学院でも笑いの種にされた。


「待ってくれ! 俺は……努力している! 剣術も魔法も、誰にも負けないつもりで――!」


「みっともないですね、マークス。努力なんて、才能のない者の言い訳ですわ」


 エリシアの声は冷たく、完璧に計算された残酷さを帯びていた。

 背後に立つ彼女の父、公爵リヴェラも腕を組んで見下ろしている。


「お前のような愚鈍な者に、我が娘はやれん。婚約は破棄だ。すでに王族の承認も得ている」


「な……っ!?」


 周囲の令嬢たちが口元を押さえ、令息たちは嘲るように笑った。

 かつて彼の友と呼んでいた者たちでさえ、目をそらす。


 誰も、味方はいなかった。


★ ★ ★


 ――そして翌日。


「マークス=エルディーン。お前を、家から追放する」


 侯爵家の執務室。

 父親の低く冷たい声が響く。


「ち、父上様……それは、どういう……」


「恥を知れ。リヴェラ家との縁談を破棄されたばかりか、学院でも嘲笑の的。エルディーン家の名に泥を塗った。お前に居場所はない」


 その言葉は、剣よりも冷たく胸に突き刺さった。


「お前のスキルは役立たずだ。今さら鍛錬しても無駄だ。――今日限りで勘当とする」


「ま、待ってください! 俺が……何をしたというのですか! せめて、家のために何か――!」


「うるさい。二度とエルディーンの名を名乗るな」


 机の上に投げられたのは、追放の証文。

 父の視線には、一片の情もなかった。


 ――マークスの人生は、その日で終わった。


 表門を出たとき、屋敷の使用人たちは一様に顔を背けた。

 かつて慕ってくれていたメイドの少女さえ、そっと目を伏せた。


(……終わったんだな)


 歩き出す足は重く、胸の奥が焼けるように痛かった。

 だが、さらに非情な運命が彼を突き落とす。


★ ★ ★


 追放の三日後。王都広場にて、王国の法官が高らかに宣言した。


「平民マークス。スキル悪用の疑いにより、罪人として《死者のダンジョン》へ送致する!」


「なっ……!? そんな馬鹿な!」


 抗議の声は無視された。

 誰が訴えたのかもわからない。だが、リヴェラ家が関わっていることだけは、容易に察せた。


 両手を縛られ、魔法陣の上に立たされる。


「罪人マークス、転移開始――!」


 その言葉と共に、眩い光が彼を包み込む。

 次の瞬間、マークスの姿は消えた。


 ――転送完了。


◆ ◆ ◆


 冷たい風が頬を撫でる。

 マークスが目を開けると、そこは暗い洞窟のような空間だった。


 湿った岩壁、腐臭、遠くで水の滴る音。

 そして――耳をつんざくような獣の咆哮。


「……ここが、《死者のダンジョン》またの名を処刑ダンジョン」


 噂に聞く、王国でも最凶のダンジョン。

 罪人を送って“処刑”するためだけに存在する場所だ。脱出者は誰もいない。


 目の前の部屋を覗き込むと、緑色の肌をしたゴブリンが二十体ほど、うごめいていた。

 刃物を持ち、牙を剥き、よだれを垂らしている。


 マークスは武器を持っていなかった。

 どうやってゴブリンを倒すのだ。

 このまま、終わるのか?

 マークスは絶望した。


(……無理だ。数が多すぎる、まるで満員電車のようだ……電車?)

 その時だった。


 ――脳裏に、閃光のような記憶が走る。


(あれは……?)


 電車。

 混雑したホーム。

 人々の波に押されながら走る自分。

 そして、どこかで見た黒いスーツの男――。


(……そうだ。思い出した……! 俺は、前世で“ブラック会社に勤めていた会社員”だったんだ!)


 世界が反転するような感覚に包まれながら、マークスは膝をついた。


(通勤ラッシュ……! あれは、俺が毎日味わっていた“地獄”だったじゃないか!)


 朝の満員電車で押し潰されるように耐えていた、あの時間。

 電車が停車すると共に、人混みの中を駆け抜け、階段を飛び降り、改札を突破し、会社に向かう――。

 そうだ、《通勤ラッシュ》とは、あの速度を再現するスキルなのだ!


「……試してみるか」


 頭の中にスキルの使い方のイメージが浮かんだ。

 深呼吸し、マークスは立ち上がった。

 マークスを縛っていた縄は、近くの岩に擦り付けて解いた。

 それから、体中に力を込め、心の中で唱える。


「スキル――《通勤ラッシュ》!」


 瞬間、世界が歪んだ。


 風が爆発する。

 視界が線になる。

 足が勝手に動き、身体が弾丸のように前へ――。


「うおおおおおっっ!?」


 気づけば、ゴブリンの群れの中に突っ込んでいた。

 凄まじい速度で駆け抜け、拳で一体を吹き飛ばし、その隙に床に落ちた剣を拾う。そして、剣で二体を斬り裂く。

 振り返る間もなく、背後の風圧で別のゴブリンが転倒する。


「な、なんだこれ……止まらねぇっ!」


 まるで風そのものになったような感覚。

 踏み込み一つで岩が砕け、視界の敵が線のように消えていく。


 ――十秒後。

 静寂。


 部屋の中には、動くものはひとつもなかった。


「……はぁ……はぁっ……俺、勝った……のか?」


 全身汗まみれになりながら、マークスは剣を握りしめた。

 倒れたゴブリンたちの身体が光に包まれ、経験値が流れ込んでくる。


『レベルアップしました』


『レベルLv3からレベルLv4』


「……っ、来た……!」


 胸の奥が熱くなる。

 世界が変わった気がした。


(俺のスキルは、役立たずなんかじゃなかった。……俺は、生きてみせる)


 そう誓いながら、マークスは再び前を見た。


 暗闇の奥――さらなる階層へと続く道が、静かに彼を待っていた。



マークス=エルディーン ステータス変化表


項目 Lv3(戦闘前) Lv4(戦闘後) 備考

名前 マークス=エルディーン 追放済みの元侯爵嫡男

クラス 剣士(スキル適応中) 剣士+ 《通勤覚醒者》 《通勤ラッシュ》が覚醒開始


項目   Lv3(戦闘前) Lv4(戦闘後) 備考

HP(体力) 118 / 118   162 / 162 激しい移動で全身強化

MP(魔力) 56 / 56     78 / 78   スキル発動に伴う集中力向上

STR(筋力) 42       61     通勤ラッシュ発動中の加速力が筋力値に反映

VIT(耐久) 35       49     高速移動時の身体補正により自然強化

AGI(敏捷) 39       80     通勤ラッシュ時上昇(5倍以上)

DEX(器用)31       40     瞬時の反応速度・バランス感覚が向上

INT(知力) 28       34     前世の記憶の一部が覚醒し、判断力が上昇

LUK(運) 22       28     生存本能と偶然の回避率上昇


【注意】まだエルディーン侯爵家のマークスの追放手続きが終了していないため、マークス=エルディーン表記となっています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る