026 - 予言
何度か魔物との交戦を繰り返しながらも、無事に一日目の移動が終了した。
日があるうちに野営地を構え、皆で食事。
またノーチェが用いる夜の隠密魔術は鍛冶師たちに評価され、野営地全体に施されることになった
昼の道中では何度か襲撃があったが、魔術のおかげか夜の間は一切の接敵がない。相変わらず日が落ちてからの効力が強い魔術である。
……とはいえ無防備に眠れるほどの安全保証はないので、もちろん見張りは必要だ。
深夜、自分が見張りを担当する時間帯。
周囲の物音に気を配りながら、焚き火の光でメモ紙を照らす。
さて、考えることが多い。
新たに身体に刻む予定の魔術刻印をいかにするか、さらにインクの "増殖能力" を加味しなくてはならなくなったからだ。
「……今までアレが大規模に発動していなかったのは、魔力の反射能力のおかげだろうな」
フルーム霊銀から取り込んだ特性のおかげで、インクは外部に漂う魔力を受け付けなくなった。
昼間ノーチェにお願いしたような「魔力を流し込む」という明確なアクションがなければ、インクを強制的に増殖させるトリガーは引かれない。そこはひとつ安心だ、勝手に増えられても困るし。
だが一方で、俺が知らないところでインクは少しだけ嵩を増していた。きっかけは何だったのだろう。
「ペンダントを作ったことか……?」
ノーチェに渡したペンダントの材料として、インクの身体を少し拝借した。
もしかすると、インクは嵩の減った分を元に戻そうとしたのかもしれない。
「いずれにしても便利に使えそうだな」
インクの量が増えれば、その分だけ応用の幅が広がる。
無秩序に増えられるのは困るが、制御さえできてしまえば問題ない。
まずはインクを増殖させるトリガー、増殖を停止させるトリガーをそれぞれ整備する。
さらに応用魔術を模索……たとえばレヴィ家のように "信仰" や "なぞらえの魔術" を取り入れてみるというのもまだやったことがないし、試してみてもいい。
それらを魔法陣や魔法式の形に落とし込んでいく。
そんなふうにメモ紙の上にペンを走らせていれば、ふと荷馬車のほうで人の動く気配がした。
……誰か起きたか?
俺の感覚は正しかったようで、眠たげな様子で馬車から降りてくるのはエギーユだった。
樽から水を汲みに出てきたらしい彼女は途中で俺に気付くと、ふらふらと寄ってきては隣に座った。
「……ハロくん、何描いてるんすか?」
寝起きでぼーっとしているのか、呼び名が「ハロさん」から「ハロくん」に変わっている。
別になんだっていいので、俺は気にせず答えた。
「魔術の考案」
「ま、魔術? うわっ、それ絵かと思ったら、まさか魔法陣っすか……?」
ぎょっとしたように図面を覗くエギーユ。
魔法陣と魔法式を敷き詰め、それによってさらなる図形を描いている。遠目に見れば、たしかにこれは絵にしか見えない。
……それにしても、この人が鍛冶師か。
小さな口でこくこくと水を飲みながら、さらりとした横髪を耳の上にかきあげ、真っ白い長耳を露出させる──美人だ、とても力仕事に従事する人種だとは思えない。
「……君はどうして鍛冶師に?」
「ど、どうして? そうっすねえ……美しいと思ったからとしか……」
「美しい?」
「ええ、まあ。鍛えられた鉄や、それを打つための炎が……綺麗だったんです、きらきらして見えました。憧れなんてそんな漠然としたものっすよ」
……その気持ちは痛いほどによく分かった。
魔術は美しい。神秘的で、非現実的で、けれど機能的な存在。俺にはそれがきらきらして見えた。
憧れなんてそんなものだ。
「ジルモザさんの様子はどう?」
「し、師匠っすか? 様子とは……?」
「俺たちへの好感度、というか。ザリアが剣を欲しがっててさ、今回は鍛冶師とのコネを作るために依頼を受けたんだ」
おお、なるほど、とエギーユは頷く。
「それなら悪い印象はないんじゃないっすか? 師匠、新しいもの好きですし」
「……新しいもの?」
「はい。師匠は "新しい" が大好きっす」
……言っている意味が分からない。俺が首を傾げれば、エギーユはどこか誇らしげに説明を続けた。
「ドワーフは鍛冶に優れた種族、みたいな……そういう古い考えが嫌いなんすよ。だから獣人だろうがエルフだろうが弟子に取ります」
「へえ」
「あとは自分が知らない技術とかも大好きっすね。世界各地から武器を買い集めたり、頭を下げて他所の工房を見学させてもらったり……」
おいおい、あんな頑固オヤジみたいな顔して、中身はずいぶん柔軟だな。
職人には特に珍しい……というか俺の前世でさえ通用してしまいそうな現代的価値観の持ち主だと感じる。
「冒険者の公爵令嬢とか、
……さらっと魔術の構成がバレている。
さすがエルフ、鍛冶師といえど魔術への造詣は深いようだ。
俺は苦く笑い、一方エギーユのほうも「まあ何考えてるかは分かんないっすけどね」と照れくさそうにする。
「師匠は無口ですし、兄様方もいつも難しい顔してるので、慣れるまではちょっとだけ気まずく感じるかもっす」
「兄様方? ああ、兄弟子ってことか」
「そうっすね。今日は特に考え込んでたっす。ゴブリンがあまりにも多すぎやしないかって」
まあ、たしかに。俺も同じことを感じた。
遭遇した魔物はほとんどがゴブリンで、それもどこか恐れ知らずな、何かに背を押されて勢いづいているような──そんな様子だった。
「……これも魔王出現の予兆ってやつか?」
ゴブリンの数が増加傾向にあることはギルドでも確認していたが……それにしても露骨だ。
「魔王っすか……ハロくん、知ってます? かつての魔王の中には剣を扱うものがいたそうですよ」
「そうなの? 全然知らない」
どうやら眠気は覚めてしまったようで、調子のノってきたエギーユは饒舌だ。
「"
「へえ、初耳だ。そいつも当時の勇者が倒したのか?」
「倒したというより、封印したというのが正しいみたいっすね。剣の身体から霊体を引きずり出して、いくつかに分割して封じ込めたとか」
霊体を分割って。
勇者、さらっととんでもないことをしているな。
それにしても、剣そのものを肉体とする魔王とは……いわゆる「呪いの剣」みたいなことなのだろうか。
「近頃よく囁かれる予言、七柱の魔王が現れるという話。その中には "過去に封印された魔王が蘇り、七柱を満たす" という説もあるそうです」
「……剣の魔王が復活するってこと?」
「いや、まあ。わかんないっすけど。そうだったら嫌だなって」
そんなふうにエギーユは言葉を綴じ、ゆっくりと立ち上がった。
長々と喋ってしまった、いつの間にかコップは空になっている。
「じゃあ、明日も早いんで」
「ああ、おやすみ」
「おやすみなさい。引き続きよろしくお願いします」
深々と頭を下げて馬車に戻るエギーユを見送り、俺は再びペンを取った。明日には目的地へと到着する予定だ。
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