022 - 異世界曼荼羅


 冒険者や学者たちがやたらと出入りするためか、森までの道はよく整備されていた。


 踏み均されて禿げかけた土の上を歩き、徐々に木が増えていく草原。

 やがてその様相は森へと移り変わり、ときおり木陰の涼しい場所に生えている目的の薬草を摘んでいく。


「けっこう集まりいいな」


 この調子なら時間に余裕がありそうだ。

 恒常依頼の魔物討伐に手を出してもいいかもしれない。


 そんなふうに歩いているうちに、俺は第二の目的地に辿り着いた。


 年代は不明ながら、それはずいぶんと古い遺跡らしい。

 ややオレンジ色がかった石材はトンネルのようにアーチを造り、雨風をしのいだ内側には今も壁画が残されている。


「ドゥーラの街に来たからには、ここを観光したかったんだ」


 たまらず笑みがこぼれる。

 描かれる広大な世界観をゆっくりと目で追っていく。


 壁画に描かれているのは、おおむね神話の世界の話である。


 この世界は多神教が主流だ。

 さまざまな神をいろんな場所に見出す。

 たとえば大地を司る巨神であったり、風を司る大鷲おおわしであったり、とにかくさまざまな属性に別の神が対応している。



 これは俺の予想だが──

 おそらくこれは、魔術の発動を容易にするための工夫であるように感じる。



 魔力には、生き物の思考や認知に反応するという性質がある。炎を操ろうとする思考に反応して、魔力は炎を生成する。

 だが思考というのは不安定なもの。思考の伝達を補強するための創意工夫を凝らし、魔術師たちはこの世界を発展させてきた。


 その創意工夫のひとつが信仰だ。

 自らの扱う属性を "神の力" と信じ、敬うことで……もっと言えばすることで、思考の純度を上げている。


 つまりは神が魔術を作ったのではなく、魔術のために人が神を創作した──

 そういう考え方も、ひとつの可能性として心に留めておくのはいいかもしれない。俺個人としてはロマンのあるほうを信じたいところだけれど。

 

「これは火鯨ひくじらか、ザリアの詠唱によく出てくるやつだ」


 壁画を追っていけば、最近よく名前を聞く神の姿がそこにあった。燃える鯨のようなシルエットが天高く昇ろうとしている。


 "火鯨" と呼ばれるこの神は太陽の象徴だ。

 水平線からゆっくりと浮上する太陽を、古代の人は息継ぎをする鯨に見立てた。


 一方、天を昇る火鯨から逃げるように描かれるのは藍色の大梟おおふくろう

 こちらは夜空を象徴する神だ。火鯨が昇れば世界の裏側へと逃げ出し、逆に火鯨が沈む頃には大翼たいよくを広げ、世界を闇に包み込む。


 たしかレヴィ家の貴人紋は、この梟を模したものだったか。


「すさまじい描き込みだ。なんだか曼荼羅みたいだな……」


 壁画に刻まれる神話の時代。

 さまざまな神がそこに舞い踊る。


 大地の巨神、火山の下に眠る赤ん坊。

 嵐を起こす大鷲に、雨雲と雷を司る竜。

 光を司る有翼の女神、闇を司る悪魔神、世界樹とそれを守る大蛇、船旅の守護神である美しき人魚に、その対となる悪神、深海に沈む大蛸おおだこ──



 これを見ることができてよかった。

 俺がそう言葉にしようとした、そのときだった。



「こんなところでお散歩かよ、竜殺しサマ」


 背後からそんな言葉が聞こえて、俺は振り向いた。


 木々の生い茂る遺跡の入口には知らない男が三人ほど立っていた。いや、よく思い出せばまったく知らないわけでもないかもしれない。さっきギルドで見た覚えがある。

 にやにやとこちらを見下す彼らはいずれも治安の悪そうな人相をしていて、おそらく俺は今「絡まれている」のだろうとすぐに分かった。


 ……いきなりC級へと駆け上がってしまったことで、俺のことをよく思わないやつらが出てくるのは想定していた。

 けれど、まさか仕事先まで尾行してくるようなやつまで出てくるとは。


「以前ならば弾いていたようなチンピラまがい、か……」


 ドードウィン支部長の言葉を思い出して復唱すれば、男たちは「ああ?」と威嚇の表情を見せた。


「こいつッ……公爵家の女どもに手柄譲ってもらっただけの分際で!」

「……手柄?」

「そうだろうが! テメエみたいなガキに竜なんぞ殺せるかよ! どうやって令嬢姉妹に取り入った? 顔か、それとも身体でも売ったか?」


 身体は売っていないような気がする。

 一緒にお風呂には入った……というか入らされたけれど。それにしても──


「……その文句は俺だけでなく、ザリアとノーチェをも侮辱する言葉だということに自覚はあるのかな?」


 つい語気が強くなってしまっただろうか。

 俺が言い返してきたことに驚いたのか、一瞬怯んだようにしたチンピラたちだったが、すぐにこちらを睨み返す。


「ち、チクる気か? やってみろよ、今ここで口利けなくしてやったっていいんだぜ」

「俺たちはついさっきにもブラックウルフを討伐してきたところだ、それも四体の群れをたった三人で! 詐欺野郎にはできねえ仕事だ」


 そう言って血塗れの魔石を取り出して見せる冒険者。なんだ、一応仕事はしていたのか。

 ブラックウルフ、まさに恒常依頼のターゲットになっていた魔物だ。たしかに最近の出没地域はこのあたりだとか依頼書に書かれていたな。


「ちょうどいいな、俺も恒常依頼にチャレンジしてみたいと思っていたんだ」

「……ああ?」

「喧嘩はよくない。ここはひとつ、オオカミ狩り競走といかないか」


 そして俺は、ポーチから取り出した笛を吹いた。

 ぴいと音がなるわけでもなく、ただ空気を掠めたような音だけを響かせるそれ──けれど獣たちには聞こえたはずだ。


 

 それはつい最近、とある御者の男が俺たちにオオカミをけしかけるために使った魔道具であり、危険物として彼から回収しておいたもの。その名の通り、犬に似た魔物を呼び寄せる能力がある。


「な、なんだ……?」

「おい、あちこちから魔物の気配だ! 一体どうなってる!?」


 四方八方から獣の足音が迫る。

 

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