020 - 公爵家姉妹は一緒にお風呂に入りたい


 ドードウィンの言っていたのは、たしかエギーユという鑑定士だったか。

 言いつけどおりにカウンターへと向かい、魔石を返してもらう。


「は、ハロさんっすよね……お待たせ致しました、魔石の調査が完了しました。間違いなく本物っす」


 エギーユはおどおどしたエルフの女だった。

 官帽じみた形の黒帽子から薄いプラチナ色の短髪を覗かせ、緊張気味な笑みを浮かべるその顔つきは中性的。

 背丈もすらりと細長く、けれど各所で丸みを帯びたその体格から女性であると分かった。


 ザリアたちにとっても珍しいことだったのか「女の子だ」「女の子だね」とふたりは顔を見合わせる。


「……前までは違ったのか?」

「ウチらが仕事してたときはヨボヨボのお爺ちゃんだったよ」

「ぜ、前任者は腰を悪くしたそうで……お休みの間、自分が穴埋めのバイトっす」


 バイトに竜の魔石を鑑定させたのかよ。

 一瞬不安になったが、まあギルド支部長があの審美眼だ。きっとこのエギーユも優秀な人材なのだろう。


「竜の素材はなるたけ高値で買い取るようにと支部長から言われてまして……い、いかがします?」

「あー……今は保留で」

「り、了解っす。竜血は魔術触媒や魔法薬の他、鋼に混ぜて錬ることで金属の魔力伝導性を高めるといった用途にも使えます。ご参考までに!」


 そうなのか。それは知らなかった。

 さすが専門家だ。


 ありがとう、と言って俺たちはギルドを後にする。ギャラリーたちの視線は強まる一方だったが、ザリアたちの牽制のおかげか最後まで声をかけられることはなかった。



 ギルドでの諸々が長引いてしまったが、いよいよ長旅も終わりだ。


 ザリアたちについていって辿り着いた先は、ドゥーラの街の中でも中央区に近い貴族街。

 最初はさぞお高い宿に泊まっているのだろうと予想していたが、目の前に現れたのはそれどころではなかった。


 屋敷だ。

 一軒家だった。


 大きな鉄柵の門をくぐらせるように、ザリアは俺の背中を押す。


「……この屋敷、買ったのか?」

「まさか、さすがに実家の財産だって」

「旅に出ることを話したら、兄様が好きに使っていいと言ってくれた」


 ……別荘みたいなものか?

 まったく、お嬢様め。


 庭はお世辞にも手入れされているとは言えない、草花の生い茂った広い敷地。

 その中央には俺の実家よりも大きな屋敷が佇み、ザリアが玄関扉を開けた。


「前までは侍女たちがいろいろやってくれてたけど、今日からはウチらで掃除とかしないとなあ」

「私、お風呂を洗ってくる」

「おねがいノーチェ」


 ぱたぱた駆け出していくノーチェ。

 ザリアは壁にめり込まれた宝石に手をあて、すると廊下の燭台には一斉に炎が灯った。点灯の魔道具だ。


「書籍が欲しければ図書室がある、魔道具や魔物素材もいくつかコレクションあったかな。ただ今のところ実験室がないから、好きな部屋を好きに改造して使ってね」

「……いいのか?」

「そりゃあね。ウチらはそういう契約でお前を連れてきた」


 屋敷の中を軽く案内して回りながら、そう説明するザリア。そういえばそうだった。

 ならばお言葉に甘えさせてもらおう、と俺が頷いたそのとき、背後からぎゅうっとザリアが俺を抱き寄せた。


 ……背中に当たるやわらかな感触。

 俺より頭ひとつかふたつ背の高いザリアの髪が眼前に降りて、ふわりと甘い薔薇の芳香がする。


「じゃあ、一緒にお風呂入ろっか」


 とザリアは当たり前のように言った。


「その話……冗談じゃなかったのか?」

「冗談なわけないだろ。お前、右腕動かないんだからさ」

「ひ、左手があれば十分……」

「だめ。ウチらにやらせろ」


 どこか圧のある声色で言う。こんな様子のザリアは初めてだ。少しだけ怖くなって、俺は上を見上げた。


 いつになく "本気" の瞳が、俺を見下ろしている。


「その腕はウチらがダメにしたようなものだ。魔力のないお前から、右腕まで奪ってしまった。呪いを解いてくれた恩人だというのに」

「…………」

「だからウチらはお前になんでもしてやる──なんでもやらせろ」


 ──ぞくり、と背筋に痺れが走った。

 逃げられない、逃がしてくれない。そんな捕食者に睨まれたような咄嗟の感覚。


「それじゃ、いこっか」

「んむっ……!?」


 そんな一瞬の恐怖をかき消すように、ザリアは俺の身体を持ち上げた。

 いわゆる "お姫様抱っこ" のような形で、けれど抵抗する俺を黙らせるように頭を胸元に突っ込ませる。


 むにゅんっ──とやわらかく変形する乳肉のかたまりに鼻元がうずまり、濃く甘い匂いに脳が痺れる。声が出ない。


「……!?」


 ザリアはゆったりと歩いた。

 歩くたびに肉厚な胸元が揺れて弾み、たぽんっと波打つその有り様が布の上からでも分かるようだった。


 暗い視界では自分が今どうなっているかも分からない。

 そのうちちゃぽちゃぽとした水の音が聞こえてきて、目的地に到着したのだと俺は悟った。そして──


「はい、脱ぎ脱ぎしま〜す」


 ──脱がされた。それはもう情けなく。


 ザリア、さらに背後からはノーチェの手が伸び、四本の腕がテキパキと布を取り払う。

 やがて肌に当たるのは、すべすべもちもちとした直接的な肉感だけ。



 風呂に入る──

 それは当然ながら、俺以外のふたりも脱いでいる、ということなのだ。



 せめて隠してくれ、という言葉さえも出なかった。


 すらりと細長い手足にウエスト、痣や毛のひとつもない白肌。

 ふたり並んで芸術品のようなその造形に、けれど胸と腰だけは、たぷたぷとして形のいい肉を垂れ下げている。


 ザリアは硬直した俺の背後に回るとその肩を捕まえ、そのまま浴室へと俺を押し込んだ。


「ハロ、なんも言わなくなっちゃった。大丈夫〜?」

「大丈夫だと思う。俯いていても、目がこっちを追ってる」


 ふふ、と嬉しそうに笑うノーチェ。

 バレている。仕方ないだろ。そんな身体、誰だって目で追ってしまう。



 艶やかな大理石を切り出して造ったような豪勢な浴室だ。

 普通なら先に水を浴びるところだが、清浄クリンを幾度もかけ重ねた俺たちの身体には、実際にはほとんど汚れがついていない。ただ気分をよくするためだけの入浴なのだ。


 湯をたっぷりと蓄えて蒸気をあげる石の浴槽の中に、ザリアとノーチェは丁寧に俺の身体を浸からせた。

 抱きかかえ、そのまま身を沈め、三人でもまだ余裕のある大きな浴槽の中──だというのに、彼女らはぎゅうぎゅうと肌を寄せ合う。


 案の定、水に汚れが浮いてくることはない。

 ただ熱い湯が身体と心をほぐす。そしてそれ以上に、やわらかな女体に前後をプレスされる──その凶悪極まりない肉の暴力に、暴れ出しそうになる腰さえぎゅうっと抑え込まれる。


「気持ちいいっしょ?」


 にやにや笑って言うザリアに、俺は顔を背けた。ここで頷いたら、別の意味になってしまいそうだったからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る