第2話 創造主の記憶

頭の奥が焼けるように熱い。

 視界が歪み、耳鳴りが止まらない。

 ――まるで、誰かが無理やり記憶を押し込んでくるような感覚だった。


 黒い光が脳裏を走る。

 そして、脳裏に浮かんだのは、一冊のノートパソコン。

 薄暗い部屋。コーヒーの香り。

 ――あれは……俺の部屋だ。


 キーボードを叩く音。

 画面には、見慣れたタイトルが表示されていた。


 《闇を継ぐ者たちの記録 - Chapter 79 “公爵家の崩壊”》


 「……は?」

 目を見開いた。

 ――ああ、思い出した。俺は“この物語”の原作者だった。


 前世の名前は天城蓮(あまぎ れん)。

 カクヨムで活動していた平凡なWeb作家。

 深夜に小説を書いて、更新ボタンを押して、コメントを気にして。

 その繰り返しだった。


 だが、ある日突然――俺は死んだ。

 事故か、病気かも覚えていない。

 気づけば、目の前には異世界の空があった。


 そして今、10年の時を経て、すべてを思い出した。

 ここは、俺の創った“物語の世界”。

 けれど、どこかが違う。


 登場人物たちの行動が、微妙に原作とずれている。

 時間軸も、設定も、細かい描写も――一致しない。

 「……修正された?」

 いや、違う。これは“未完成部分”だ。

 俺が途中まで書いて、未投稿のまま放置していた章。


 この世界は、未完の物語が自動で動いている。

 つまり、俺が放棄した世界が“自律的に続いている”ということだ。


 「面白ぇ……」

 思わず笑みが漏れた。

 この理屈、誰も理解できないだろう。

 でも俺にはわかる。

 **創造主の残滓(ざんし)**が、いまだこの世界の根幹に残っている。


 そして、俺が今その“残滓”の一部――いや、“継承者”なのだ。


 ◇


 夜。

 公爵邸の書斎。

 薄暗い蝋燭の光の中、ノアは机に向かって一冊の本を開いていた。


 それは、王国史に関する記録書。

 けれど、読めば読むほどおかしい。

 文法も、記述の順序も、まるで“誰かが書き換えたような”不自然さがあった。


 ――やっぱりな。

 この世界は、誰かが“続きを書いている”。

 俺が死んだ後、何者かが俺の物語を“上書き”しているのだ。


 「なら……奪い返すしかないだろ。」


 その瞬間、視界がわずかに歪んだ。

 机の上の文字が、黒い靄に包まれる。

 ノアの瞳が、深く沈んだように見えた。


 《深淵眼》が、反応していた。

 紙に刻まれた“物語の構造”を、視認している。

 そして、手を伸ばす。


 「……飲み込め。」


 ふっと、文字が消えた。

 代わりに、ノアの脳裏に“新たな一文”が浮かぶ。


 ――『悪役貴族ノアは、己の意志で運命を書き換える』。


 その瞬間、世界がわずかに震えた。

 蝋燭の炎が揺れ、窓の外で風が止まる。

 まるで、世界が“上書き”されたように。


 ノアはゆっくりと息を吐いた。

 「……やっぱりな。俺の《深淵眼》は、創造主の筆だ。」


 思考が静まり返る。

 原作者としての直感が告げていた。

 この世界を正せるのは、俺だけだ。


 闇を継ぐ者は、再び筆を握る。

 今度は――“救済の物語”を書くために。

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