第2話「反発と共鳴」
黄金の印が刻まれた翌日、アウレリア魔法学園はかつてないほどの興奮と混乱に包まれていた。廊下を歩くだけでユキには数えきれないほどの視線が突き刺さる。それは好奇心、嫉妬、そして侮蔑が入り混じった居心地の悪いものだった。彼が「地味なベータ」として得ていた平穏は、一夜にして砕け散った。
「おい、あれがカイ様の……」
「オメガだったなんてな。それでカイ様をたぶらかしたのか?」
「運命の番だなんて、信じられない……」
心無い囁きが鋭いナイフのようにユキの心を抉る。必死に隠してきた秘密が暴かれただけでなく、最悪の形で伝説の番となってしまった。ユキは俯き、ぎゅっと唇を噛みしめた。こんなことを望んでいたわけじゃない。
食堂でリオと向かい合っていても、周囲の視線は止まらなかった。
「ユキ、大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
リオが心配そうに声をかける。
「……大丈夫じゃない。どうして、あんな奴と……」
ユキはトレーの上の食事に全く手を付けられずにいた。体の奥で昨日からずっと続く微熱と疼きが不快感を増幅させている。これはカイというアルファに、ユキのオメガとしての本能が共鳴している証拠だった。認めたくない忌まわしい繋がりだ。
その時、食堂の入り口がひときわ騒がしくなった。カイ・フォン・エーレンベルクが数人の取り巻きを連れて現れたのだ。彼の登場で食堂の空気は一瞬で張り詰める。カイは周囲を一瞥すると、迷いのない足取りでまっすぐユキのテーブルへと向かってきた。
生徒たちが息をのんで成り行きを見守っている。
「おい」
カイはユキの前に立つと、見下すような視線で言った。
「いつまでそんなところで油を売っている。来い」
「……断る。君と一緒に行動する理由はない」
ユキは毅然とした態度でカイを睨み返した。しかしカイが近づくにつれて彼の放つ力強いアルファのフェロモンがユキの鼻腔をくすぐり、意識がくらりと揺らぐ。抑制剤を飲んでいるにもかかわらず、その効果を打ち消すほどカイのフェロモンは強烈だった。
カイはユキの抵抗を鼻で笑うと、おもむろにその腕を掴んだ。
「理由がない? お前は俺の番だろう。所有者である俺の言うことを聞くのは当然だ」
「所有物なんかじゃない!」
ユキは思わず声を荒げた。掴まれた腕が熱い。そこからカイの体温とさらに濃いフェロモンが流れ込んでくるようで、ユキは必死に抵抗した。
「見苦しいぞ。いいか、よく聞け」
カイは周囲に聞こえるように低い声で宣言した。
「こいつは俺の番だ。俺の所有物だ。こいつに手を出す愚か者がいれば、俺が相手になる。覚えておけ」
その言葉は食堂にいた全ての生徒に向けられた、絶対的な王の宣告だった。嫉妬の視線を向けていた一部の生徒たちは、カイの威圧感に気圧されて慌てて目を逸らす。しかしその宣言はユキにとって屈辱以外の何物でもなかった。彼はカイの所有物になるためにここにいるのではない。
「ふざけるな!」
ユキはありったけの力でカイの腕を振り払った。
「僕は君の番になんて、絶対にならない!」
そう言い捨てるとユキは食堂を飛び出した。背後でカイが忌々しげに舌打ちをする音が聞こえたが、振り返らなかった。涙が滲み視界がぼやける。悔しさと自分の体に起こる抗えない変化への恐怖で、胸が張り裂けそうだった。
そんな騒動の真っ只中、学園の一大イベントの開催が告知された。
「双星杯(そうせいはい)」
それは二人一組でペアを組み、魔法の技を競い合う学園最大のトーナメント。優勝したペアには最高の栄誉と、卒業後の進路における多大な便宜が約束される。
告知の掲示板を目にした瞬間、ユキの心に新たな炎が灯った。
(これだ…!)
このトーナメントで優勝すれば、オメガである自分が誰の庇護も受けず己の力だけで頂点に立てることを証明できる。カイというアルファの番としてではなく、「ユキ」という一人の魔法使いとして皆に認めさせることができるはずだ。
ユキはすぐに出場登録のため事務局へと向かった。
一方、カイもまた「双星杯」の告知に口の端を吊り上げていた。エーレンベルク家の嫡男として、彼が学園最強であることを改めて知らしめる絶好の機会だ。負けることなどあり得ない。
しかし二人がそれぞれ登録用紙を提出しに行った先で、残酷な現実を突きつけられることになる。
「申し訳ありませんが、ユキ様とカイ様は既にペアとして登録済みです」
事務員の言葉に、二人は同時に眉をひそめた。
「どういうことだ。俺はまだ誰とも組むなどと……」
「『運命の印』を持つ番は本人の意思に関わらず、自動的に『双星杯』のペアとして登録される、というのが学園の古くからの規定でして……」
規定。その一言が二人の反論を封じ込めた。学園の、いやこの世界の理が、彼らが共に戦うことを強制しているのだ。
ユキとカイは事務局のカウンターを挟んで互いを睨みつけた。
「……足を引っ張るなよ」
カイが吐き捨てるように言った。
「それはこっちのセリフだ。君の独りよがりな戦い方こそ、僕の足を引っ張る」
ユキも負けじと言い返す。
こうして互いに強烈な反発心を抱いたまま、二人は学園最強の座を目指すという皮肉な道を共に歩み始めることになった。その道がいかに険しく、そしていかに二人の心を変えていくことになるのか、彼らはまだ知る由もなかった。体の奥で共鳴する不思議な熱だけが、否応なく繋がれた運命の始まりを告げていた。
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