第2章 "彼"の姿

学校が終わり、私は病院へ向かう。

病院の白い廊下を歩きながら、必死に理解しようと、主治医の先生から出る言葉を追う。母の病状や様子についてのことだ。その後私は、カーテンが揺れる窓際のベッドで寝ている母の元へ向かう。病室の棚には私が幼い時に亡くなった父の写真と、小さな花瓶が飾られている。

その写真を眺め、すこし寂しそうな表情を浮かべる母の元へ、私は元気を出して近づく。


「お母さん、今日も絵書いてきたんだ!」


「いいじゃない!見せて!」


バッグからスケッチブックを取り出し見せると母は一気に真剣な顔で絵を眺める。

母は、私の母であると共に絵の師匠でもある。


「…構図はとてもいいのだけれど、すこしこの色が微妙ね。」


母が指さしたのは、私がこの前美しいと思い描いた、夕焼けの色だった。


「私もそう思ってたの。でもなんかしっくり来なくて…」


頭をかく私をみて、母はクスリと笑う。


「最初はそういうものよ。何度も何度も描いて試して、見つけるものなの。」


母は手を伸ばし、私の頭を撫でる。


「大丈夫よ。あなたは私の子だもの。きっといい画家に…ゴホッゴホッ…」


母が咳き込む。私は慌てて母の背を撫でる。

信じたくなかった。けれど、心の奥底で理解していたと思う。

母の病状がだんだん悪くなっていることに。


私は母のアドバイス通り、もう一度あの土手へ向かった。

やっぱりここから見る景色は素晴らしかった。

川に反射する沈み掛けの太陽。それが淡い赤色に世界を染め上げる瞬間。この色をどうにか収めようとした時、私の目に1人の男の子が写った。

彼は、私と同じようにこの風景を焼き付けていた。小さなストラップを揺らし、カメラを構える彼はとても輝いていた。

私はそれから彼とこの風景を共有したい。彼との距離を縮めたいと思い、私は毎日土手へ足を運んだ。

彼は次の日もまた次の日もそこにいた。

今日も土手へ向かうため、彼と会うため、浮き立つ気持ちで帰りの支度をしていると、幼なじみの寺島千紗 (てらしまちさ)が話しかけてきた。


「ひーろ!最近やけに楽しそうだね〜どったの?」


「うーん…内緒!」


「なんじゃそりゃ!」


ややオーバーリアクションにずっこける千紗に、私は思わず笑顔が綻ぶ。

すると教室の後ろのドアから千紗に声がかかる


「寺島さん!今度の試合の件で少し話が…」


「あーはいはい!ひーろごめんっまた今度聞かせて!」


そういうと彼女は手を振り、声の方へ駆けていった。スポーツが得意な彼女は、助っ人として呼ばれることが多い。私と違って、他人に必要とされることが多い。

私は、さっきより少し重くなったバッグを背負い、あの土手へ向かった。

ある日、医師との面会で、『母の病状が悪化しつつある』と聞いた。

心臓が嫌な風に鼓動した。分かっていたはずなのに、改めて突きつけられた事実に吐き気がした。

医師がこれまで言ってこなかったのは経過を見ていたのか、はたまた私に気を使ってくれたのか…

私は少し、風に当たりたくて土手へ向かった。彼にも、会えるかもしれないから。

私が土手に着くと、彼はカメラを構え、またこの美しい風景を収めようとしていた。

今なら、話しかけれるかもしれない。

私は思い切って話しかけた。


「ねぇキミ、ここで何してるの?」


心臓の音が、辺りに響いているのではないかと錯覚する程、私の鼓動は高鳴っていた。

彼と話しているうちに彼…真瀬蓮くんはとても辛い思いをしているとわかった。

私なんかよりも、ずっと。

だから私は心から尊敬したし、惹かれた。


私も彼のように、なれるだろうか。


いつしか私は、夕焼け色を探すことよりも、蓮くんと話す為に土手へ向かっていた。

恋の色は、あの夕焼けよりもずっとずっと赤い色だった。

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