第5話

「してねえよ。冗談でこんな話……」

「とすると、つまり、こういうことやろか?」

 冬也は俺を遮るようにして、低い声を発した。「隼人は男が好き。今現在も男とつき合っている。海江田さんは、そいつと隼人を別れさせたい。自分の利益のために」

「おい、それだけじゃないぞ。ちゃんと説明しただろ」

「会社のために」

 平坦な口調を崩さないまま、冬也は付け足した。

「それに秀行のためでもある」

 俺は素早く言い添えた。

「秀行……」

 冬也はつぶやいた。

 俺は頷いた。

「もしかして、今日俺が話す前から、秀行のことを知ってたか?」

「うん。隼人に聞いたことがある」

「会ったことはないよな?」

「ない」

「だよな」

 冬也の答えを、俺はおおよそ予測できていた。同じような答えを、秀行からも聞いていたからだ。

 隼人の秘密に関しての調査を始めたとき、俺がまず接触したのは秀行だった。さすがに、双子の片割れである隼人への義理立てのためか、秀行の口は最初重かったが、酒を何杯も酌み交わすうちに、やつもぽつりぽつりと話すようになり、結果、ある一つの事実を俺に打ち明けたのだった。

 新たに発見された重大事項。それは、隼人がつき合っている相手は、秀行がつき合っていた相手だった、ということだった。

 つまりは、略奪されたのだ。

 俺は驚いたが、その事実をすんなりと受け入れた。隼人の秘密のおかげで耐性ができていたのだろうし、俺が迷惑をこうむりそうにない秀行の秘密は、余談でしかなかったからだ(これまでつき合ってきた他の相手はすべて女性である、という秀行の告白(要するに、男を好きになったのは気まぐれのようなものなのだろう)が、俺を無関心にさせたということでもある)。

 だから、最近隼人に会ってるか? と酒のつまみ代わりに聞いたとき(隼人は一人暮らし。秀行は実家暮らしだが、職場の近くにマンションの一室を借りているそうだ)、

 ――少し前に会った。実は俺たちに弟がいるらしいんだ。いや、名前とかは聞いてない。その存在を、忘れろって隼人が。でも、向こうも俺がいることは知っているらしいから、いつか会ってみたいような気はするけど……――

 そんなふうに秀行が語った冬也の話も、まあ、つまりは余談だった。説明中、冬也に、秀行が異母弟の存在を知っていることはそれとなく匂わせても、わざわざ秀行のセリフを伝える必要はないだろうと判断する程度の。

「ほな、こういうことやな。誰のためであれ、隼人とその誰かさんとの仲を、俺に邪魔させたいってことやな」

 秀行について何か尋ねることなく(興味を寄せるような素振りもまったく見せず)、冬也は両目を左右に動かしてから、俺に焦点を当てて言った。

「そう。もちろん、兄弟ってことは隠してだぞ」

「なあ、そいつ、ほんまに俺が隼人と兄弟やって知らんのか?」

「隼人は教えてないって言ってる。ああ、でも、知り合いであることは隠してないみたいだ」

「ほな、兄弟だってばれるようなこと、隼人が気づいてないだけで、つい言ってもうてるって可能性ないか?」

「それは……」

「そこや」

 冬也は俺に、人差し指を向けた。「なあ、なんでわざわざ俺やねん。兄弟だってばれとるリスク考えたら、隼人と赤の他人の海江田さんが、自分で邪魔した方がええんちゃう?」

 俺は首を横に振った。

「言ったろ、つき合ってる相手は大学生なんだ。つまりさ、自分と同じぐらいの年齢のライバルの方が、そいつには打撃になるってことだよ」

「よう分からんけど」

 冬也は顔をしかめた。「ほな、俺でなくてもええやん。そこら辺におるやつ、スカウトすればええ」

「ダメだろ、それじゃ」

 俺も顔をしかめた。「ライバルは強力じゃなきゃダメなんだよ。というか、ライバルどころか、そいつから隼人を奪える人間じゃないとな。自分では敵わないってそいつに思わせられる存在が必要なんだよ。冬也、お前なら打ってつけだろ? アイドルだし。特上のライバルが現れれば、並のやつはすぐに引っ込む」

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