第25話
ルカがイヴァンと暮らし始めてから約10年。案の定、イヴァンは自分の寝床を見つけることができなかった。
さらに20年ほど経ったところでルカは諦め、二人で暮らせる小屋を建てた。幸い、材料となる木はそこら中に生えていた。雪が積もらないように作った三角形の屋根は、人間の集落を真似たものだ。
30年経ったころ、イヴァンは自分たちのように居場所を失った子供を拾ってくるようになった。最初ルカは、「そんなに拾ってこられても面倒を見きれない」と言った。しかしイヴァンが弱者を放っておけないのは、ルカがイヴァンに手を差し伸べたのを真似しているのだと気づいた。ルカは仕方なく小屋を増築し、ある程度の人数で暮らせるように環境を整えた。
しかし魔族は独り立ちして一人前とみなされる。ルカは父親が面倒を見ていたが、それは大変稀なことだ。ルカは子供たちに一人で生きる術を教え、強くなった者から外の世界へ送り出した。見送りのたびに、イヴァンは「元気でね。頑張ってね」と涙を流した。
そして50年の月日が経ち、ルカもイヴァンも立派な青年へと成長した。
ルカは普通の人間と遜色ない姿になることもできるようになり、その姿で人間の街に買い物に出かけるようになった。食生活は少し豊かになった。
イヴァンは相変わらず要領が悪いが、花を生み出すイヴァンの魔法は、生活に彩を与え、拾ってきた子供たちを安心させるのに役立った。
ルカはこの生活にすっかり慣れて、これから先もイヴァンと生きていくのだろうと、漠然と思っていた。
そんなある日、外に魚を捕りに行ったイヴァンが、明け方になっても帰ってこなかった。
いつもは夕方に出かけると、夜が明ける前に帰ってくる。イヴァンはルカより夜目が利く。暗いからと心配する必要はないはずだ。
心配する子供たちに、ルカは「野垂れ死んだならそれまでだ」と言いながらも、内心不安が広がっていた。
昼頃になり、イヴァンはようやく帰ってきた。その足には血の滲む白い布が巻かれていた。
「遅くなってごめんね。雪崩に巻き込まれちゃって」
イヴァンは足を引きずりながらも、子供たちを安心させるように笑った。
子供たちに食事の準備を任せ、ルカはイヴァンの足の傷を診ることにした。イヴァンを椅子に座らせ、ルカはイヴァンの足元に屈み、真っ赤に染まった布を捲る。少し範囲が広いが、そんなに大した傷ではなかった。数日したら治るだろう。
「随分丁寧な手当だな。自分でやったのか?」
ルカがそう言うと、イヴァンは上機嫌で答えた。
「ううん。助けてくれた人間の女の子がやってくれたんだ」
ルカは驚いてイヴァンの顔を見た。人間が魔族を助けるなど考えられない。
ルカにとって人間は、己の都合で約束を反故にするような、身勝手な生き物だった。
魔族と人間の混血が生まれたきっかけも、生贄に捧げられた人間が死を恐れ、生き延びるために魔族に話を持ちかけたと言われている。
自分のためにいくらでも相手を騙せる、最低な生き物だとルカは認識していた。
信じられないという顔のルカに、イヴァンは「本当だよ」と笑った。
「雪崩に巻き込まれて、雪から手だけ出したらひっぱり上げてくれたんだ。もちろん、その人は僕の角を見て驚いたけど、僕が何もしないって分かったら手当してくれた。お礼に魔法で花を作ったら、喜んでくれたよ」
イヴァンは嬉しそうに語るが、ルカは心配で仕方がなかった。純粋な性格のイヴァンが騙されているのではないかと思った。
「……その人間は信用できるのか?」
ルカの問いに、イヴァンは「うん!」と元気よく答えた。
「だって自分が汚れるのも構わず、また雪崩が来るかもしれないのに僕の手当をしてくれたんだよ!自分のことしか考えてない人なら、僕を置いて逃げるでしょ?」
イヴァンはいっさい疑う様子もなくそう言った。それでもルカは信用できなかった。
というのも、最近は有角種が人間に乱獲されているのを知っていたからだ。どうやら有角種の角が、道具に魔法を込める技術、魔道具の材料に適しているのだと言う。
ルカはその女性が、イヴァンを騙して角を奪い取ろうとしているのではないかと疑っていた。
しかし角を奪うだけなら、その場でイヴァンを殺すのが自然な気もする。イヴァンの言う通り、本当に親切な女性なのだろうか。
「……お前はなぜ人間を信用できる」
ルカがそう言うと、イヴァンはルカの顔を見てにこりと笑った。
「だって、ルカは半分人間でしょ?」
その答えは、ルカにとって衝撃だった。ルカは自分を人間だと思ったことはなかった。
驚くルカの様子に気づくことなく、イヴァンは話を続けた。
「ルカは僕に一緒に住もうって言ってくれたけど、それは魔族にはあり得ないことだと思うんだ。魔族は一人で生きていくものだから。自分で小屋を建てるとか、身寄りのない子を一人前になるまで育てるとか、それもルカの人間らしい発想だと思う。僕はルカのそんなところが大好きだから、きっと人間はいい生き物なんだと思ってる。ルカを見てると、人間と魔族は分かり合えるんじゃないかって思えるんだ」
イヴァンは大きな緑色の瞳をキラキラと輝かせた。
「ルカ、僕ね、目標があるんだ。それは、魔族と人間が一緒に暮らす街を作ること!」
イヴァンは足の手当をするルカの手を取り、両手で握りしめた。
「ねえルカ、良かったらルカもあの人に会ってみない?ルカとあの人と一緒なら、夢を叶えられる気がするんだ!」
イヴァンが期待に満ちた瞳でルカを見る。しかしルカはその目を直視できず、ゆっくりとイヴァンの手を離した。
「……すまない。私は、そこまで人間を信用できない」
ルカの言葉に、イヴァンは少し寂しそうに目を伏せた。
「……そうだよね。ルカは人間に裏切られたことがあるんだもんね。ごめん。先走っちゃった」
ルカはイヴァンのその目に罪悪感を覚えながらも、言葉を撤回することはできなかった。
けれどイヴァンを悲しませたいわけではなかった。ルカは立ち上がると、イヴァンの肩に手を置き、正面から目を合わせた。
「イヴァン、簡単には協力できないが、お前の夢を否定するつもりもない。その女性が本当にお前のことを大切にしてくれると実感できたら、私もお前の夢に協力しよう。だから、その……」
ルカはだんだんと恥ずかしくなり、イヴァンから目を逸らした。
「……応援、している」
ルカの顔に熱が集まってくる。ルカはイヴァンに背を向け、早足で家の奥へと向かった。特に用事があるわけではない。気まずさに耐えられず、その場から離れただけだった。
背後から、嬉しそうなイヴァンの声が聞こえた。
「ありがとルカ!!!僕がんばるねー!!!」
肩越しにちらりとイヴァンを見ると、イヴァンは満面の笑みでルカに手を振っていた。
正直なところ、イヴァンの願いは夢物語だと思う。けれど報われてほしいと、自分にできることは協力したいと、ルカは思うのだった。
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