第21話
「うーん、これもダメか」
前足だけが異形と化したネズミを見ながら、エマは天気の話をするような調子でそう言った。
エマは腕を生やす薬を試作しては、実験のために捕まえたネズミに投薬している。今回の薬は切り口の肉が異常に膨れ上がるのみで、きれいな形では生えてこなかった。
ルカの腕を生やすにあたり、エマが最初に注目したのはトカゲだった。トカゲは逃げるときに尾を切り、そしてそこからまた尾が生えてくる。これを応用して腕を再生することはできないかと考えたのだ。
しかし実験するうちに、トカゲの尾も万能ではないことがわかった。人為的に切ったとき、尾は再生しなかったのだ。
しばらくトカゲを参考に薬を調合していたが、そろそろ方針を変えるときかもしれない。
「イモリも再生するっておばあちゃん言ってたっけ。捕まえてこようかな」
「……エマ」
後ろから声を掛けられ振り返ると、少々青い顔をしたルカが険しい表情で立っていた。
「どうしたの?またどこか痛む?」
「いや、その……」
ルカは目だけで部屋をぐるりと見回した。
「……大丈夫なのか、この部屋は」
そう言ったルカの足元には、様々な生き物を入れた壺が所狭しと並んでいた。
今エマたちがいる部屋は、地下に作られた実験室である。エマが研究のために森から捕ってきた生き物を保管する場所であり、村人に見られると気味悪がられる研究を行うときにも訪れる。
保管しているのは虫やトカゲ、ネズミなど、あまり人々から好かれていない生き物が中心だ。見て気分を良くする人はあまりいないからと、基本的には部屋に人を入れないようにしている。
この日は地下室の存在に気づいたルカが、エマのことだからまた散らかしているのではないかと心配したため、置いてあるものに許可なく触れないという条件で入室を許可した。
何せこの部屋にはムカデも毒蜘蛛も毒トカゲもいる。噛まれるどころか、触れただけで一大事になりかねない。エマは幼いころから噛まれすぎて何事も起きないが、それは決して普通ではない。
入室したルカは固まったまま動かなくなった。そう言った反応はよくあることなので、エマはそんなルカを気にも留めず、先日投薬したネズミの経過を見た。そして発したのが冒頭の言葉である。
この部屋が大丈夫かと聞かれると、エマにしてはかなり整頓している方だと思っている。危険な生物が多く、少しの油断が命取りになり得ることはエマも理解しているからだ。
衛生面にもかなり気を遣っている。地下であるが故に汚れや湿気が溜まりやすく、きちんと手入れしないと捕まえてきた生き物たちが死んでしまうためだ。
「大丈夫だと思うけど。ちゃんと生きていける環境は整えてるよ」
エマの答えに、ルカは少々しどろもどろになりながら言葉を返す。
「そうではなくて、倫理観の問題というか……。蠱毒でも作るつもりか?」
「こどく?」
聞いたことのない単語に、エマは首を傾げた。
「蠱毒は東方の呪術で……いや、知らないならいい」
呪術とはまた聞き慣れない単語である。ルカの言いたいことがわからず、エマはますます首を傾げる。
ルカは頭を抱え、大きなため息をついた。
「エマは、優しいのか残酷なのかわからないな……」
ルカの言葉に、エマはきょとんとした顔を向けた。
エマは自分は「優しくはない」と思っている。少なくとも、エマを優しいという人は少数派だ。ルカがエマを優しいと思っていたなら、その方がエマには不思議なことである。
しかしこの地下の生き物たちとの関わりについては、エマは優しさをもって接していると自負していた。
エマは虫が入った壺の近くにしゃがみ、愛おしそうに目を細めた。
「この子たち、特に毒のある虫たちは、薬の材料になるの。で、ネズミたちは薬の効果を試すのに必要な存在。どちらも大切で、必要不可欠だから捕まえてる。無暗に閉じ込めたり殺してるわけじゃないんだよ」
エマがそう言うとルカは少し驚き、神妙な顔つきに変わった。
エマはルカが聞いてくれていることを感じながら話を続ける。
「食肉を生産する人は、将来殺して売るために家畜を育てることがあるでしょう?それと感覚としては同じかな。生活のために、生きていくために、感謝して、愛情をもって命をもらうの。庭で薬草を育ててるけど、それと同じことだよ。仕事のために育てて、摘んで、命を奪って薬に変える」
エマは顔を上げてルカの方を見る。ルカは真剣に、エマの話に耳を傾けていた。
「残酷なことだと思うよ。でも、そうやって自然は回ってる。小さな生き物が植物を食べて、その生き物を大きい生き物が食べて、大きい生き物が死んで土に還って、その土からまた植物が生える。あたしたちもその大きな循環の中の一つなんだと思う。もちろん、必要だからって捕りすぎちゃいけないけどね」
ルカがエマの隣にしゃがみ、虫たちを見る。その顔は部屋に入った直後とは一転して、穏やかなものになっていた。
「……エマが魔族を恐れない理由がわかった」
「そう?」
「ああ。……もっと早く、エマに会いたかったな」
そう言ってルカは寂しげに目を細めた。
エマがルカの顔を覗き込もうとすると、ルカは先ほどの表情は嘘だったかのように、いじわるそうな目をエマに向けた。
「だが、もう少し部屋を整えような?」
「えー……。これでも結構整えてる方なんだけど」
「全然足りないな。少し気を抜いたら足元の壺を蹴りそうじゃないか。大事な生き物たちなんだろう?」
そう言ったルカの目には、有無を言わさぬ強い力がこもっていた。
エマは観念して、その日は丸一日、地下室の整備をして過ごした。
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